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第一章
宰相
しおりを挟む我が国の魔王は、それはそれは強い。
強さが全ての魔国では、まさに頂点。
だから、魔王になるのも当然。
だが、私は言いたい。
魔力バカに、魔王が務まるかーーーーっ!!!
私は宰相のメリア。
吸血種族で眉目秀麗、文武両道。
何でも出来る私が宰相になるのも当然。
私は宰相の職務に誇りを持っている。
魔国の更なる繁栄のため、魔王を支える役目にやり甲斐を感じている。
しかし、しかし、だ。
この現魔王が、仕事嫌いで気分屋。
めんどくさい、と書類も視察も放棄するし、朝も起きない。
あげくに下手に強い魔力があるから、魔王にしか使えない転移術まで使って逃げる。
威張れるから魔王では居たいらしいが、実務をやらない魔王など、まさに目の上のたんこぶ。
次の総選挙では落選しろ!と願っている。
「人間の具合はどうだ?」
毎日、人間の具合を魔王様は聞いてくる。
そんなに気になるなら自分から見に行けばいいものを、勇気が出ないらしい。
「あの人間は順調に回復しております。今日から歩く練習をしていると報告を受けております」
「なにっ?!歩く練習?ならば支えてやらねば…」
「魔王様がサボるならば、人間は従魔のエサに…」
魔王様は慌てて書類に戻る。
チョロ。
「いや、我は仕事をする!だから…あの人間は大切にしろ」
この魔王様は、わずか100歳という最年少で魔王の座に就いた。
言ってしまえば、力が強いからと社会経験も無く魔王になってしまったのだ。
その為、まだまだ中身は幼い。
特に恋愛などしたことも無く、恐らく自分があの人間にどんな感情を抱いているかも、よく分かっていないんだろう。
「分かっております。あと2ヶ月であの人間は魔王様のお側に参ります故、一層、励んで下さいね」
そう言うと、魔王様は顔を赤くしながら、必死に書類をめくり始める。
目玉は既に2つ目のくずかごを満杯にしている。
回復魔術を自らに掛けながら、次々と書類をさばいていく。
これ程、魔王様が懸命に働いたことがあっただろうか。
いや、無い。絶対に無い。
あの人間は私にとっても良い拾い物だったかもしれない。
そう心の中でほくそ笑む。
カツン、カツン、と牢屋への道をフワと歩く。
さすがに、そろそろ一度様子を見ておかなくては不味いか、と私の貴重な時間を使っている。
全く、人間などのために。
「ドミル、いや人間は、ようやく歩けるようになってきたにゃ!」
世話役のフワは、そう嬉しそうに牢屋へ向かう道すがら報告してくる。
随分と人間と仲良くなったようだ。
あまり深入りしないよう釘を刺しておいたのに。
「そうか。回復水は足りているか?」
フワは、少し不思議そうな表情になる。
「足りてるにゃ…でも、なんで魔王様の魔力を回復水に混ぜて少しずつ人間に飲ませるにゃ?確かに回復は早くなるけど、わざわざ魔王様の魔力じゃなくても」
「魔王様のお望みだ。お前の知る必要は無い」
ピシャリと言い放つと、フワはビクッとして黙る。
「必ず3ヶ月で回復させるように。それより早くても遅くてもダメだ。それから、人間に絆されるな」
「分かってるにゃ…でも、あの人間は変わってて、話すと楽しいにゃ」
フワの頬がほんのり染まっている。
なんだ、この反応は。
世話役を変えるか?いや、どうせあとわずかだ。
それに、人間の世話役をやりたい魔族など、そうそういない。
「あとわずかで、あの人間は魔王様のお側へ行くことになっている。妙な気を起こすなよ」
「え?ドミルが?!どうしてにゃ?!あいつはただの人間にゃ!魔王様の側に行きたい者など他に山ほどいるのにゃ!」
フワが懸命に言い募る。
コイツ…全く面倒なことだ。
「それをお前が知る必要はない。あらかじめ言っておくが、あの人間をお前の伴侶にすることは出来ない。アレは魔王様のものだ」
フワが明らかなショックを受けてフラフラと壁に手をついている。
フワだって、見目麗しく魔力もなかなかだ。
相手など選り取り見取りだろうに、何故あんな人間などに拘るのか。
「分かったら、さっさと行け。間違っても変な気を起こすなよ。お前が消滅することになるからな」
そのまま、フワはどんより落ち込んだまま、フラフラと牢屋に辿り着く。
中の人間はちょうど背を向けて着替えていて、上半身は裸だった。
だいぶ傷は癒えたようだ。
ややふっくらして少しは見られるようになってきたか。
「ドミル!宰相様が来たにゃ!」
パッと振り返る人間と目が合う。
吸い込まれるような深い翠の瞳。
思わず息を飲む。
隣のフワも赤くなっている。
なるほど、これは…あの絵本の人間そっくりだ。
魔王様が人間の落し物を拾ったのは300年程前だったか。
それは人間の絵本で、字が読めず何が書かれてあるかは分からなかったが、そこには世にも美しい人間の男が描かれていた。
魔王様は、今でもその絵本を気に入って宝物にしている。
それの生き写しの人間が現れたのだ。
ふむ、これは使える。
「お初にお目にかかります。魔国宰相のメリアにございます。お加減を伺いに参りました」
牢屋の前で膝をつく。
人間はポカンとしている。
上半身裸で彫刻のような肉体を晒したままだ。
人間はやはり愚か過ぎて挨拶も出来ないか。
そう考えてバカらしくなってきたが、少しの間を置いて、はっとしたように人間が私の方へ身体ごと向き直る。
「こちらこそ、初めましてメリアさん。ドミルといいます。こちらですっかりお世話になって、怪我もだいぶ良くなりました。いつもフワにとても良くしてもらって感謝しています。ありがとうございます」
ふむ、愚かな人間な割にきちんと挨拶が出来て、しかも頭を下げるとは。
なかなか見どころがある。
「重傷の為、運べる部屋が他に無く至急このような所へお連れしてしまい、申し訳ありませんでした。回復されてきたようですので、あとふた月ほどで部屋を移ります。それまでご無理なさらないようお願い致します」
頭を下げると、ドミルも慌てて再び頭を下げる。
フワが不思議そうにしている。
他に部屋など山ほど余っているが、魔王様から預かったそのままに、牢屋に私が放り込んだのだ。
しかし、あそこまで魔王様が執心するならば話は別だ。
「では、私はこれで。フワよ、ドミル殿に無礼の無いようにな」
「あ、あの!すみません、お聞きしたいことが…」
人間が質問とは。
そのような知能があったとは驚きだ。
「なんでしょう?私に分かることであれば、なんなりと」
使える人間には笑顔で応える。
私の貴重な笑顔の価値など、人間には分かるまいが。
人間は、ごくりと喉を鳴らして、恐る恐る聞いてくる。
「ひと月ほど前に、勇者、いえ、たくさんの人間が、この魔王城に攻め入って来ませんでしたか?」
妙なことを言う。
この魔王城はこれまで人間に攻めいられたことなど1度も無い。
「いえ、そのようなことはありませんな。魔国は平和そのものです。ひと月前も、特に変わったことは…」
ふと報告書を思い出す。
ひと月ほど前というと…ああ。
「ああ、そういえば、ドミル殿を保護した少し後に、従魔のエサが多量に手に入ったとの報告を受けました。おかげで従魔の栄養状態が改善した、と管理者も喜んでおりましたが…もしや、あれですかな」
ドミルの顔から色が消えた。
それはそれで作られた彫刻のようで美しい。
思わず見入ってしまう。
それ以上ドミルは話さないようなので、一礼をして牢屋を去る。
自分で指示しておいてなんだが、魔王様の魔力を全身に纏うあの人間の姿は、あまりに妖艶過ぎて目の毒だ。
もはやフワを責める気持ちにもなれない。
「しかし、私は宰相だ。全ては魔国のため」
薄暗い牢屋を後に、私は少しだけ気分が良くなった。
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