魔族になりたい勇者〜どん底勇者と魔王様〜

にじいろ♪

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第一章

魔王城

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ぼんやりとした灯りを感じて、ゆっくりと重い瞼を開ける。
岩肌の天井が見えた。

俺…生きてる?
身体を起こそうとすると、信じられない激痛が全身に走る。

「ぐうっああっ!」

汗が吹き出して再び仰向けになるしかない。
はあっはぁっ、と肩で息をする。
ここはどこだ、と僅かに動く頭を動かして眺める。
岩をくり抜いて作った牢屋…?
狭い岩肌の部屋に俺の寝ている質素な寝台があるだけだ。
そして、牢屋としか言いようの無い鉄格子が嵌められている。
まさか、あれから国へ帰されたのか?
あの公爵家の勇者を傷付けた処罰を受けるのか?
それとも、魔王を倒せなかった罰?
報酬を返すことになったら、どうすれば…
考えると吐きそうになる。
どんなに愚弄されても、ひたすらに耐えて、耐えて…
国へなんて帰りたくなんて無かった…

「起きたにゃ?」

突然、ぴょこんと猫獣人が隣に現れた。
赤茶の耳と尻尾がついているが、あとは見た目は人間だ。
俺の心臓が口から出そうになった。

「人間、飲むにゃ。回復効果のある水にゃ」

少しだけ頭を抱えあげられ、口元へ水差しを寄せられる。
俺は、急に乾きを感じてものすごい勢いで飲む。
これが毒だっていい。
死んだほうがマシなとこなんて、この世にたくさんある。
ごっく、ごっくと飲み込む俺を猫獣人はじっと見ていた。
かなり多かったが全て飲みきった。
その水は、これまで飲んだこのが無いほどに美味しくて止まらなかった。

「へぇ、そんなに相性が良いにゃ。びっくり」

猫獣人は少し笑ったようだった。
それから手際よく全身包帯でグルグル巻きの俺の包帯を替えてくれる。

「動けないだろうし、動いちゃダメニャ」

ゆっくりと柔らかい食事も口へ運んでくれる。
初めて食べる美味しさで驚いた。

「…上手いんだな、魔族の料理って」

そう純粋に褒めると猫獣人が笑う。

「当たり前にゃ!ここ魔王城は魔国で最も料理長が優れているにゃ!魔王様には国で一番の物を捧げるにゃ」

あ、ここ、魔王城ね。
薄々、そうかと思ってた。
死んだな。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺が発見された時には、あちこち骨もバキバキに折れて内臓も破損していたらしい。
そりゃそうだ。
あの強い魔族との死闘直後に袋叩きにされて、あげくに谷底へ落とされたんだから。

「なんでも、魔王様が気まぐれで命を助けたらしいにゃ」

柔和で可愛らしい猫獣人のフワが教えてくれた。

俺が落ちたのは魔族領の従魔専用肥溜めだったとか。
お陰で即死は免れたらしい。
が、突然空から降って来た塊が肥溜めに落ちた為、周りは大惨事。
従魔の管理者はカンカンに怒ったらしい。
そこへ、偶然、魔王が通りかかり、とんでもない臭気を放つ糞まみれの俺を魔術であっという間に綺麗にし簡単に治療したと聞かされた。

「魔王城へ連れて行け」

なんで魔王がそんなこと言ったのかは分からない。
だが、その気まぐれのお陰で俺はこうして生きてる。

「魔王様に感謝するにゃ。しかも、人間なのに回復させるように命じられて、こうしてフワがお世話係をしてるにゃ。でも、こんな人間、回復させてどうするのかにゃ?大した魔力も無いのに」

俺の口にシチューを運びながら、フワは良く話していた。
人間とは、あんまり話さないように言われてるって、最初の頃に聞いたけど。

「感謝してるよ、ほんとに。フワ、ありがとう」

そう何とか口の端を挙げて笑うと、フワはポカンとする。

「なんか聞いてた人間と違うにゃ。人間は感謝の気持ちを持たない愚かで醜い生き物と教わったにゃ。ドミルが変わってるのかにゃ?」

俺は更に笑ってしまう。

「いや、同じだよ。俺も愚かで醜い生き物だ」

「うーん、まあいいにゃ。フワは、割とドミル気に入ってるにゃ。回復したら下働きにさせてもらえないか管理者に交渉してやるにゃ」

そう優しく笑うフワ。
耳がピコピコ動いていて可愛らしい。
俺の弟くらいだろうか、16~17くらいの少年に見える。
俺も18だけど、気持ち的には親代わりだった弟と重なる。

「それはありがたいな、頼りにしてるぞ。フワ殿、何卒宜しくお願いします」

動かない頭をようやく下げると、フワは笑う。

「任せるにゃ!このフワは人間と違って嘘はつかないのにゃ!」

ドンと胸を張っている。
人間のイメージ最悪だな。事実だけど。

それからも、毎日フワは俺の世話を甲斐甲斐しくやってくれた。
良く話し、良く笑うフワが心の支えになった。
そうして、あの美味い回復水と胃に優しく滋味深い料理、フワの看病のお陰で1ヶ月程で身体を起こせる程にまで回復した。

「足の骨が完全にくっ付いたら歩く練習するにゃ。人間は、ほんとに不便にゃー。魔族なら足を引っこ抜いて生やせばいいだけにゃ」

俺は苦笑する。
そんな魔族に勝てると思っていたのか、俺は。
ほんとにバカだ。
そういえば、と思い出す。
あれから1ヶ月以上が経っている。
既に俺以外の勇者達は魔王城に攻め込んでいるはず。
その割に、フワはこうして変わらず俺の世話をしていて、静かな牢屋には争う声も聞こえない。

「フワ、まだ勇者達は攻めて来ていないのか?」

ごくりと唾を飲んで、決意して恐る恐る聞くと、フワは頭に?をたくさん浮かべている。

「その…実は、俺は人間の勇者だったんだ。その時の仲間が、1ヶ月ほど前に、この魔王城に攻め込んで来たはずなんだが…その、魔王を討つ為に」

俺の手には汗が吹き出す。
俺が勇者で魔族の明確な敵だと分かれば今すぐここで殺されるかもしれない。
でも、それは事実だ。
どちらにしても、魔王に気まぐれで救われた命だ。
ここで失っても仕方ない、と目を閉じて返事を聞く。

「ゆうしゃ?ってなんにゃ?それ美味しいにゃ?」

えーーーーっそこーー??
俺は白目を剥いたと思う。
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