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強制労働

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「······こんなとこ、住めるかよ。人間が住むとこじゃねぇだろ」

 リマ村のアルトさん家族に笑顔で迎え入れられたオレは、呆然として、そんな言葉を口走っていた。
 強制労働で、二人の故郷で働きながら様々な技術を身に付ける、というブレイブさんの恩情に、父さん母さんは泣いていた。オレだってそうだった。

『お二人の優しさに甘えるな。いいか、生まれ変わった気持ちで頑張るんだぞ』

『ミヤ、それぞれの村でお役に立てるよう努めなさい。リマ村で3年、パッカ村で2年、ですからね。村から村への移動と行き帰りだけは監督者が行きます。脱走なんてしたら二度と帰っては来れませんから、夢々忘れないように』

 父さんは涙を拭きながらオレの肩を抱いてくれた。母さんも泣いているけれど、父さんよりも目が鋭かった気がした。

『う、うん。大丈夫だよ。オレ、頑張るからさ』

 そう言ってオンボロ馬車で街を出て村へ到着したのは、出発から三日後の昼過ぎだった。どれだけ遠いんだと音を上げた。
 乗り慣れないオンボロ馬車での長旅で、身体がバキバキに痛いし、尻も痛い。
 旅が好きだが、こんなに酷い目に合ったのは、これが初めてだった。
 でも、リマ村はアルトさんの村。きっと美形揃いだと密かに胸を踊らせていた。

「やあ、君がミヤくんかい?初めまして」

村の入口らしきところで待っていた優しい笑顔の、顔の整った年配の男性に話しかけられた。うん?この人は?

「あ、はい。ミヤです。えっと」

「すぐに分かったよ。この村に知らない人間はいないからね。でも、まさかアルトが街に住んでいたとはねぇ」

「本当よ、アルトったら、何も教えてくれないんだもの。困った子だわ」

アルトさんのお母さん?も合流して、オレは困惑していた。
あまりにも二人とも似てない。いや、似てないというよりも······

「お、君がアルトの友達か!」

会話をしていたら、急に背中を死ぬ程の勢いで叩かれた。
オレは石や土が混ざった固い地面に前のめりに吹っ飛んだ。
ズザザアッ!!と顔面や手足を擦って、血が出た。信じられない。このオレに、こんなことをするなんて!!

「あっ、ごめん、ごめん。これくらいで倒れるとは思わなかったよ。君、まさかアルトより弱いのかい?そうは見えないけど」

「コラコラ、ルル兄。アルトの友達を驚かせたら可哀想だろう?ミヤくん、息子が悪かったね。びっくりして転んじゃったんだね」

「カッ、ハッ、ひ、ひえ·····」

唇が腫れて出血して、上手く発音出来なかった。怒りたいけど、それも言えなかった。
なにこの家族。笑顔だけど、全員があのブレイブさんみたいに筋肉盛々で、顔も良く似てる。
逆にアルトさんと似てる人がいない。
なんで??あれ?リマ村はブレイブさんの村?頭がクラクラして、良く分からなくなってきた。

「この、村は、アリュトしゃんの、故郷でひゅよね?」

「ハハハッ、勿論だよ。アルトは我が家の大切な息子だ。例え自立したとしても、私達はずっとアルトの幸せを神に祈っている。いずれ、街にも挨拶に行きたいと思っているが何せ村長の許可が必要だからね。さあ、ひとまず我が家へ案内するよ」

「はぁ······」

良く分からない。全然似てないのに家族だと言うし、ブレイブさんに似てるし。それに全身が痛くてクラクラするし、酷く疲れていた。
だが、ようやく酷い初対面を終えて自宅まで連れて行って貰えることになった。
早くベッドで休みたいし、冷たい飲み物で喉を潤したい。流行のお茶なんて無いだろうけど、軽いお菓子くらいは出してもらえるだろう。
朝食には柔らかいパンが食べたい。皿はどこの店の物だろう。ここは村なのだから、拘らないようにしないといけない。
今すぐ着替えもしたいけど、沢山の服は持って来ていないから考えないと。クローゼットのサイズを見てから、今後新しく服も買うかどうかを考えようと思っている。そう、ちゃんと考えるんだ。
オレは、あれから日々成長している。
前みたいに、一時の感情で突っ走るつもりは無いし、今も怒らないで我慢出来ている。

「さあ、ここが我が家だよ」

疲労困憊、怪我も負いながら重い荷物を背負って辿り着いた家は、家では無かった。
ここで冒頭に戻る。

「こんなとこ、住めるかよ。人間が住むとこじゃねぇだろ」

ピタリと皆の動きが止まった気がした。でも事実だ。
だってさ、家だと案内されたのが、草の固まりだったんだぜ?あり得る?こんなのママゴト遊びで子供でもやらない。
ムカムカとしたものが再び腹の中を這い蹲り回る。ここまで馬鹿にされて、流石のオレも我慢ならなかった。

「こんなとこに住めって·····オレが犯罪者で、これが強制労働だから、ですか?」

さては、アルトさんから『家族には友達と伝えてあるから、暖かく迎え入れられる』なんて言われていたけれど、実際は既に犯罪者だと村には知れ渡っていて、オレが住む家なんて与えられないってことか。
感謝の気持ちが消えていく。こんな草の塊を家だなんて、どうかしてる。

「?犯罪者?強制労働?それはどういうことかね」

振り返ったお父さんの目が急に鋭くなる。本当にブレイブさんみたいでオレに恐怖が蘇る。それでも、堪えきれない怒りを腹に抱えたオレは経緯を話した。分かってる癖にと思いながらも、丁寧に話すよう心掛けた。オレは成長しているから。

「····それで、オレがブレイブさんの腹をナイフで刺して、裁判で強制労働と決まったんです。でもブレイブさんが、二人の故郷で働いて仕事を覚えると良いんじゃないかって言って、それでリマ村とパッカ村に合わせて5年間、働くことになったんです」

これは、本当は父さん達から言わないようにって何度も言われていた。アルトさん達からも止められていた。でも、事情が違う。既に知られていたんだから。しかも、こんな悪質な嫌がらせまでされて。

アルトさんのお母さんが、膝を付いて泣き始めた。ルル兄という暴力男も膝を付いてお母さんの背中を撫で始めた。
え、何だこれは。何で泣いてるんだ、この女。

「······ブレイブ君はアルトの大切な結婚相手だ。新しい大切な家族だ。私達のことも歓迎してくれて、素晴らしいもてなしをしてくれた完璧な伴侶だ。それを君は、君は····」

お父さんも涙を流しながら拳を握り締めて震えている。え、それ拳?デカい石じゃなくて?全身凶器みたいで恐い。

「それに、この家は、アルトとも暮らしていた大切な思い出の家だ。今も私達夫婦で暮らしている。あちこちにアルトの思い出が残っていて、過ごした日々を思い返しては幸せを毎日噛み締めている」

「え、アルトさんもここで暮らしてたんですか?信じられないな。こんな草の固まりに入るなんて!それと、アルトさんって、お二人の本当の子供ですか?全然似てないですよね?拾って来たんじゃないですか?」

オレは思ったことを、そのまま言っただけだ。だって、誰から見ても、そうだろう?
オレは何も悪く無いはずなのに······

バキョォッ!!!

オレのイケてる顔は大石みたいな拳に殴られ、身体も宙を飛んだ。
昔の幸せだった頃の思い出や、おじいちゃんおばあちゃんの思い出が走り去って行った。走り去らないでオレを助けてくれ。

ドサッと地面に全身を打ち付けて落ちると、顔だけじゃなく全身が激痛に襲われた。ダバダバと鼻血まで溢れてる。

「ぐぅっ、痛いっ!!痛い!!ぎゃあっ!血が出てるっ!!助けてっ人殺しっ!!」

「殴られれば、少しは痛みを感じるのか。人の痛みは分からない癖に」

目の前に腕組みして立つ巨大なお父さんは、恐ろしい野生の熊のようだった。全身が恐怖でガタガタと震える。

「はあっ、はあっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

オレは泣きながら鼻を押さえて地面を這い蹲りながら謝った。何を謝ってるのか、良く分からないけれど、これはマズいと思った。
アルトさんは、とても優しい家族だって言っていたはず。おかしい。やっぱりこの人達はアルトさんの家族とは違うんじゃないか。リマ村とパッカ村が反対なんじゃないのか。そう思い付いた。

「でも、あ、あんまりアルトさんに似てないし、それに、ブレイブさんの方に、皆さんが似てるから、村を間違ったのかと」

「アルトはこの村に授けられた神の思し召しだった。そのような発言は神への冒涜だ!!!貴様、神を冒涜するつもりか!!」

ルル兄と呼ばれていた、一度オレの背中を叩いて吹き飛ばした奴が、地面に這い蹲るオレの頭を鷲掴みしてきた。あれ、こんなの前にもされたような?何か思い出しかけたが、すぐに目の前の恐怖で消し飛んだ。

「貴様、ブレイブさんの腹を刺しただと?この村では、村人同士での事件が起きたなら、害された方の家族が、報復する決まりになっている」

「私達、ブレイブさんの家族になってるのよ。分かる?」

「でっ、でもっ、裁判でっ」

頭を鷲掴みにされ、持ち上げられた先に恐ろしい形相のお父さんがいた。

「リマ村に裁判というようなものは無い。全てを決めるのは村長と重役だ」

「そっ、そんなっ!待って!監督者のところへ」

オレは藻掻いて必死に逃れようとした。こんな馬鹿げた村に居られない。
今からでも、監督者を追い掛けて街に連れ帰って貰うしかない。

「さあ、行くぞ。犯罪者」

オレは、何か間違えたのかもしれない。
村というものの恐ろしさをオレは知らなかった。
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