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引きこもり

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僕は25歳。
無職。ニート。
高校は通信教育。
中学2年から、ほとんど家から出てない。
というか、部屋からも滅多に出ない。
出るのは風呂とトイレくらいだ。

僕を指して人は言う。

立派なひきこもりニートだと。



「まーた、ゲームやってんのか。ニート晴人(はると)」

引きこもりの僕の部屋を訪れるのは、食事を運んでくれるお母さんと、この幼なじみくらいだ。

「んー、もう少しでボス倒せるから。あ、お菓子?そこ置いておいて」

幼なじみは、前島 健。タケルじゃなくてケンね?

「はぁ?俺はお前のお母さんじゃないんだぞ?せっかく有名パティシエのクリームブリュレ買って来たのに、お礼の一つも言えないのか?このニート晴人は?ああん?」

大事なボス戦なのに、ゲーム画面に入り込んで、白い箱を僕の顔にグリグリ押し付けて来る幼なじみは、ちょっとウザい。
いや、かなり面倒くさい。
だが、ここはグッと我慢する。
これも引きこもりには貴重な甘味、栄養補給、並びに目の前の高級お菓子のためだ。

「わぁーい、ありがとう~健くん♡僕、これが食べてみたかったんだぁ~っ♡うふっ晴人、嬉しい♡健くん大好きぃ~っ」

わざとらしく大袈裟に喜んで、似合わないかわいこぶりっこで箱を両手で受け取ると、健は満更でもない顔で首の後ろを掻いてる。

「ん…まあ、なんだ。丁度、仕事で近く通ったからな。ついでだ。別に、また何時でも買って来てやる」

照れてる。
なに、その顔。
頬を赤く染めるのは、こんな場所じゃないだろ。
こんな相手に頬染めるって、疲れてるのか。
僕は、普通にモッサイ引きこもり男で、ただのニートだぞ。
健は、イケメンで金持ちなのに、多分少し…いや、かなり残念な奴だ。

「よし、晴人。一緒に食べるか」

いそいそと健が皿などを用意して、僕の部屋の小さな丸テーブルで二人向かい合って食べ始める。

「んー!!うまっ!なにこれ!とろける~っ!僕さ、このクリームブリュレの中で暮らしたいよ~っ!クリームにまみれたい~っ」

健の買って来たクリームブリュレは、控え目に言っても最っ高だった。
お母さんは減塩の健康に気遣った食事しか持って来ないから、若者の僕は常にカロリーを求めていた。
脂と糖が欲しいんじゃ!若者は!!
そんな僕の引きこもり生活の甘味は全部、健が頼りだ。

「ふはっ、なんだよ、それ。クリームブリュレの中で暮らすって………うん、いいな」

健は、何だかモゴモゴと言いながら、いつものように僕の口の周りについたクリームをレロっと舐めると、直ぐにトイレへ行った。

僕は、ずっと気になってた。
健って…

頻尿なのかなと思う。
まだ若いのに。

家に来ると、やたらにトイレに行くし、とにかく一回が長い。
平日の滞在時間は大体3~4時間だけど、半分以上はトイレ籠もりだ。
休日に至っては、8時間の滞在中、トイレに居るのが4時間以上。
もはや、家のトイレに来るのが目的と言っても過言ではない。
我が家のトイレは、至って普通だから、おそらく健は…
そっち系の病気だと思う。
男は、身体の構造的にそういう病気になりやすいってテレビで観たことあるし。
芸能人の人が、とっても辛いって言ってた。

健が悩んでるなら、高級おやつの御礼に、親友の僕が聞いてあげたい。
僕は引きこもりニートだから出来ることは少ないけどね。

「ふぅ…」

「あっ、おかえりー」

長い長いトイレから、ようやく健が帰ってきた。
なんだか、やっぱり浮かない顔してる。
クリームブリュレ食べてる時は元気そうだったのに。
まさか…
むしろ、血便?
かなり具合いも悪そうだ。
前かがみになって歩いて来たと思ったら、床に体育座りしてる。
大体、いつも健は体育座りだ。
これも、実は病気の影響…?

「あのさー、健…」

「うん?なんだ?」

僕は、思い切って聞いてみることにした。
健が悩んでいるなら、放っておくことなんて出来ない。
だって、僕を支えてくれる、かけがえのない唯一の大事な親友だから。

「何かさ…悩んでることない?」

「…え?」

健が驚いて僕を見つめてる。
やっぱり、血便か…
まさか…癌?
そんな、そんな、健が!!
良くない想像が僕の脳裏をよぎって溢れていく。
余命は?

「…健…辛いよね…僕に、僕に出来ることがあれば、何でも協力したいんだ!僕にとって…健は大切な人だから」

しっかりと、健のトイレ帰りで少し湿った熱い手を握って伝える。
大きな健の手と、ヒョロヒョロの僕の手では、大人と子供みたいだけど、僕の真剣な気持ちを伝える為に、ギュッと強く握りしめる。
顔を寄せて少し下の位置から見上げると、明らかに健が動揺してる。
視線はキョロキョロと落ち着きなくて、顔も真っ赤だ。
あの健が、口をパクパクさせて返事出来ないでいる。
こんな健は初めて見たけど、やっぱりそういうことか…と僕は深く理解する。

きっと、もうだいぶ前から病気には気付いていたんだろう。
引きこもりだから病院通いには付き添えないけれど、もし新しい治療法を探し帯とか、病院選びとか…あと薬についてとか!
健に必要な情報をグーグ○先生に聞くことくらいは出来る。
それに、ちゃんとしたカウンセリングではないけれど、ニートの僕なら何時間でも健の話を聞ける。

「大切な、ひと…」

僕の言葉を噛みしめるように、小さな声で健が呟く。
まだ、顔色は冴えなくて、僕の説得を信じきれないようだ。
分かる。
僕も人の言葉を信じられない時があったもの。
でも、そんな僕に話し掛け続けてくれたのも、また、健だった。

「そう!健は、僕の一番大切な人だよ。当たり前じゃない。それに僕なら、ほら…何時間でも健の側にいられるでしょ?いつまででも一緒にいられるし。ね、健…溜まってるもの、全部吐き出して?」

健は、僕を見詰めながら、感極まっているのか、だいぶ息が上がってきたようだ。
こんなに感動してもらえて素直に嬉しい。

ニートで頼りないけど、僕の健を助けたい気持ちは本物だ。
いつもバカやって、プロレスして、子供みたいにふざけ合ってる二人で、こんな真面目な話をするのは気恥ずかしいけど、健の力になりたい。

「大切…ずっと、いられる…全部、吐き出して、いい…?」

少しぼんやりしたように健がつぶやく。
頬にも耳にも首にも赤みがさしてきた。
僕の励ましで、少し体調も良くなってきたのかも。
そういうのってあるよね!
メンタルは身体に直結するから。
僕も経験あるから分かる。
あの頃は、本当に辛くて食事も喉を通らない日々が続いたもの。

「そうだよ!全部、僕に吐き出して!すっきりするから」

僕は、これまで助けられてばかりだった健の役に立てることが嬉しくて、謎の高揚感に包まれていた。
健も、僕の言葉を繰り返し、どんどん気分が良くなってるみたい。
熱くなったのか、遂には上着を脱ぎだした。
良い反応をしてくれる健に気を良くして、次々に励ましの言葉が口から出る。

「僕の前では、何も隠さなくていいよ。僕ね…健の全部を受け止める覚悟はある」

押し倒された。

ん?

もう一度、言おう。

押し倒された。

僕が、健に。

ん?ホワイ?

「あの…?」

「夢みたいだ」

首筋に、なにか生温かいものが、ヌルリとした。
え?
まさか…
僕の部屋、ナメクジいた?

「な、なめくじが…僕の首にいない?」

恐る恐る健に聞くと、やたらに色気を振り撒く、男らしいイケメンが笑ってた。

「ひえっ」

でも、目が笑ってない。
むしろ、健の目が異様にギラギラしてるんですけど?
なにこれ、どういうこと?
グーグ○先生!至急ヘルプ!検索かけて!

「首になめくじって…くくっ…あ、いたわ」

また健が僕の身体に顔を寄せると、そこにナメクジが現れて僕の身体をヌルヌルと移動していく。
やたらに熱くて湿ったナメクジだ。

「ねっ、ねぇ、ナメクジ取って?やだよっ!」

身体を捻って逃れようとすると、なぜだか健は僕をベッドに放り込んだ。
そのまま、また上に健が伸し掛かって来たと思えば、僕の両手は、いつの間にか脱がされた僕のシャツで縛られた。

「あの…健さん?これ…なに?」

「晴人が俺から逃げられないように。ま、晴人はこの部屋から出れないから、逃げようが無いだろうけどな」

健の病気が分かった。
僕は、なんて浅はかだったんだろう。

健は…

心の病だ。

だって、明らかに目が正気じゃないし、さっきからすっかり興奮してるのか息も上がりっぱなしで、ハアハアしてて変だ。
でも、どんな病気の健も、僕は受け止めるつもりだ。
そのくらい、僕達の友情は厚いんだ。

「えと…大丈夫だよ。どんなものでも僕は逃げないし、ちゃんと健の全部を受け止めるから。だから、これ外して?」

「ほら、ケツ上げて」

なんで、ケツ?
思わず上げちゃった。
はい?

僕は、いつの間にか全裸にされてた。
全裸で腕はシャツで縛られてる。

うん?
ホワイ?
ジャパニーズピーポー。

健は服を着てるのに。
普通は逆じゃない?
患者側が脱ぐんじゃないの?
今時は、診察も医者が脱ぐの?

「えっと…?」

「晴人が俺の全部を受け止めるための準備しないとな」

なんか笑ってる。
どうしたんだよ、健…

健とは、中学から仲良くなった。
あの頃も目立つ奴だったけど、今ではめちゃくちゃイケメンに成長し、その上、某大手企業に務める超リッチマンになった。
その恩恵を今だに受けてる僕。
毎日毎日、こんなニートのところに来るよりも、可愛い彼女作ったら、とは何度も言ったけど、健は変わらず僕の部屋に通い続けてくれてる。
中学2年の時、イジメにあって不登校になり、引きこもり始めてから、1日も休まず。
今は病気で様子がおかしいけど、元々、健は、とてつもなく優しい良い奴なんだ。
健は、僕の人生の半分くらいを支えてくれた人だ。
そりゃあ、全部受け止めたいくらいには感謝してる。

「あー、えーと、うん?」

でも、なんだろう。
僕の受け止めたいという気持ちと、何かが違うような…?
健の表情を伺うと、ニヤリと悪い笑みで帰された。

「分かってるよ。でも、もう止められないから」



僕は分かったことがある。

あのナメクジは、健の分厚い舌だった。
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