ダークエルフと触手と

にじいろ♪

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「え?パーティを抜ける?なんで?」

いつもの居酒屋での夕食が、とんでもなく暗い雰囲気なのは、このせいか。

「……悪い。故郷に帰るわ、オレたち」

「……すまない、ディー。今まで世話になった」

あの赤竜の件から、様子がおかしいと思っていたら、急に二人からパーティを抜けると言われた。
あんなに恐ろしい思いをしたのだから、それもそうか……

「ディーのことは信頼しているし、このパーティは本当に居心地が良かった。だが……もう、潮時だと思う」

「……命は大事にしないと」

既に誰か死んだのかというくらいに空気が暗くて重い。
二人とも俺に気を遣ってか、沈痛な面持ちという言葉がピッタリだ。

「そうか……なら、仕方ないな。この前の赤竜は本当に恐かったもんな……ごめんな、俺が力不足で……」

「違う!ディーのせいじゃ……!」

「あれぇ?偶然だね、三人お揃いなんて運が良い。僕も同席していいかな?」

そこへ、偶然、ザアルが現れた。
あの赤竜の件以降、会うのは初めてだった。

「何の話?随分と深刻そうだけど」

あの森の時と同じように爽やかな笑顔で俺の隣に座る。
やけに距離が近いが、まあ男同士だし、こんなものかと流して話し始める。

「それが…二人が故郷へ帰ることになって……」

「え?!ほんとに?残念だな、せっかく仲良くなれたのに~」

明るいザアルの声に、俺も胸が痛んだ。
二人とも肩を震わせて下を俯いている。
そうだよな、残念だよな。
俺も、5年もの間、苦楽を共にしてきた仲間と別れるのは、寂しくて寂しくて泣きそうだ。

「何もしてやれなくって、ごめんな……ぐすっ」

「………ディー…今まで、ありがとう……じゃあ、これで」

絞り出すように呟き、二人は席を立つ。
5年もの間、苦楽を共にして来た仲間が居なくなるのは辛い。
胸にポッカリと大きな穴が開いたようで、もう何も言えない。

「こちらこそ……ありがとう…気をつけてな」

「あ、じゃあこれ、餞別あげるよ」

ザアルが二人へ、小さな袋を一つずつ渡す。
それは綺麗なリボンが掛けられた革袋。

「僕やディーと仲良くしてくれた御礼ね。それで家族にご馳走してやりなよ」

「!!え……白金貨……?」

「こんなに?!……あ、ありがとう……ございます!ザアル様!!」

カタカタと二人が震えて袋の中を覗き込んでいる。
白金貨?まさか!
普通の人間は白金貨なんて見たこともない。
それ一枚で一生遊んで暮らせる程の金額だから、庶民は一目も見ることなく生涯を終える。

「ザアル?!なっ、なんで、そんなことまで?!」

「なんでって、二人は君の大事な大事な仲間でしょ?ああ、もう元、だけど。ディーの大切な人は、僕にとっても大切な人だから、ね?これくらい感謝してるんだよ、僕も」

俺の手をしっかりと握り締め、爽やかに笑うザアルは、本当に良い奴なんだと俺は感激して涙ぐむ。
ただ皆の為に走り回るだけで、金も無くて、故郷へ帰る二人のために何も出来ない金欠の俺なんかより、余程、ザアルは二人のことを考えてくれていた。
俺はザアルには生涯、頭が上がらないかもしれない。

「あっ、ありがとうっ、ザアル!!君は、命だけでなく、俺達のために、そこまでっ、本当に、ありがとうっ……」

「いいんだよ、気にしないで。じゃ、二人とも、道中、気をつけてね。間違っても街へ戻ろうとしちゃだめだよ?……戻り道では魔物の罠にかかることもあるからね」

「………はい、絶対に戻りません」

「……この御恩は忘れません。ザアル様、ディー、お幸せにな」

「ぐすっ、元気でな……頑張れよ」

二人は白金貨入りの袋を大切そうに抱えて店を出て行った。
テーブルの上の料理は、すっかり冷めていた。
温くなった酒を煽るが、一人では、あまり美味くない。
そう、俺は一人になった。
パーティメンバーは俺一人。
これから、新しいメンバーを探さないと……

「ねぇ、ディー。僕をパーティに入れてよ」

「え?なんて?」

急な隣からの提案に、聞き間違いかと聞き返す。

「ディーは一人になったでしょ?じゃあ、僕を仲間にしてほしいな」

すり、と左の肩にザアルの綺麗な銀髪がかかり、ザアルの頭の重みを感じる。
ザアルと俺は身長は同じくらいだから、見ればすぐ目の前が旋毛だ。
なんだろう、やけに距離が近い。
眠いのか?まだ、それほど夜も更けてないはずだが。

「でも、俺とザアルじゃ実力差がありすぎるだろ?」

「そんなこと僕は気にしないよ。それに、何でも願いを叶えてくれるって約束したじゃない」

ぐりん、と旋毛から急にザアルの薄紫色の宝石のような瞳に間近で見上げられて、何故か緊張する。
強い魔物と近接するような心持ちになって喉がヒュッと音を立てる。

「や、約束?」

「忘れてないよね?赤竜を倒した時に、何でもディーに出来ることはするって約束したよね?ディーは嘘をついたりしないでしょ?じゃあ、僕を仲間にしてよ」

気付けば、お互いの唇が触れる程の距離で話していて、思わず後ろに仰け反ろうとしたら真後ろは壁だった。
逃げられない。
ダラダラと汗が流れ出す。
ザアルは、急にどうしたんだ?
確かに良い奴だし、親切で強い。強い、が。

「だめなの?僕は君を助けたよ?あの二人にも白金貨の餞別を渡した。あれだけあれば、田舎で家族と一生遊んで暮らせるよ。それに僕は強い。魔法だって使えるし、勿論、治癒魔法も得意。剣も弓も誰にも負けない。ねぇ、ディー、僕のどこがだめ?」

「だっ、だめなんかじゃない!俺の方がダメダメだからっ、そのっ、釣り合いが取れないんじゃないかって!」

無性に焦る。
全身から汗が噴き出して背中を流れ落ちていく。
なんで、こんなにも緊張するんだ。
赤竜よりも、カタカタと全身が鳴る。

「なんだ、そんなこと?ディーはかわいいなぁ。僕と釣り合う人間なんて、この世にディーだけなのに。とにかく、そんなこと気にしないで!僕、ずっとパーティを組みたかったんだ、ディーと。ね、決まりね?明日、ギルドへ行って手続きしよう」

壁とザアルに完全に挟まれて、俺は頷く以外の方法を知らなかった。
蛇に睨まれた何とかだ。
この状況から、一刻も早く抜け出したくて、頷いた。

「ああ……分かったよ。じゃあ…よろしく……?」

「うんっ、よろしくね!これで僕たち仲間だね!!」

晴れ晴れとしたザアルの笑顔を見て、俺は気付いた。
ザアルは珍しいダークエルフだ。
これまで、ずっと一人でやってきたと聞いた。

彼だって仲間が、拠り所が欲しかったのかもしれない。
そう思うと、ザアルの言動も納得が出来た。
一人ぼっちで寂しかったんだな、こいつも。
俺と同じだ。
親近感が湧き、仲間として大事にして行こうと自然と思えた。

「……よし!これから俺達は仲間だ!!景気付けに飲もうか!」

「マスター!一番強い酒持ってきて!」

俺達は、通い慣れた居酒屋で二人きりの宴会を開いて朝まで飲んで騒いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「……なんでそんなに酒に強いの」

「うん?いつもこれくらい平気だな」

翌朝、二人で意気揚々とギルドへ向かう。
ザアルは、少しだけ顔色が悪い。
俺より飲んで無かったのに。

「あんなに強い酒ばかり飲ませたのに……潰れないなんて……」

「最高に美味かった!ごちそうになってばかりで、悪いな!でも、これから稼いだら返すから!いや、ザアルからの恩には一生掛かっても返し切れないから、この身体で返すしか無いな!!」

ワッハッハと冗談を言って笑ってザアルの背中を叩く。
ザアルが俺を振り返り、頬を染める。
尖った耳の先も紅い。
二日酔いか?

「……嬉しい」

「ん?何が?」

「なんでもないよ、ほら早く行くよ」

二人でギルドまで笑いながら、何故かザアルに手を掴まれ、大柄な男二人で手を繋ぎながら歩いた。
道は混雑しているのに、俺達の周りだけは空いていて、真っ直ぐギルドまでの道が出来ている。不思議な光景。

「なんだ?この道、やけに歩きやすいな」

「そう?いつもこんなだよ」

少し顔色が悪いのに、楽しそうにスキップするザアルに釣られて、思わず俺もスキップしながらギルドへ到着する。
ザアルは良いけど、筋肉ダルマの俺のスキップは誰もが目を逸らす。

「おはよう、パーティメンバーの変更をお願いしたいんだけど」

ギルドに到着すると、朝早く人もまばらだ。
顔なじみの受付のミーナに声を掛けると、すさまじい速さで書類を渡されて、ズザアッと離れられた。
なんだ?いつもなら、どうでもいい世間話を長々とするのに。

「うん?ここに書けばいいのか?」

コクコクと頷くミーナ。
全然、俺と視線を合わせようとしない。

「僕も署名するね。はい、完成♡」

上機嫌なザアルがサラサラと記入して、ミーナに書類を差し出すと、ガバッと直角に頭を下げたミーナが、両手で震えながら受け取っている。
何かの新しい儀式だろうか。

「ミーナ?どっか具合いでも悪いのか?」

思わず声を掛ける。
ぎぎ、と音がしそうな程に固く首を上げて、恐すぎる笑顔で俺を見る。

「問題ありません。これでパーティ登録は完了です。SSランクのザアル様とパーティを組まれたディー様。お二人のご多幸をお祈りしております」

「ご多幸?ご武運だろ、そこは。大丈夫か、ミーナ」

「面白いね、彼女。じゃ、君も元気で」

上機嫌なザアルに再び腕を組まれて、ミーナを振り返りながらもギルドを出る。
ミーナとは、ついぞ視線が合うことは無かった。腹でも下したんだろうか。

「やった!これでディーと正式に仲間だね!」

「うん?ああ、そうだな。これからよろしく」

歩きながらクルクルと道端で廻るザアルの周りは一定の距離を空けて人垣が出来る。
見たことも無い程の笑顔で踊るザアル。
皆、見たいけど、あまり近付きはしない。
なる程、ダークエルフも寂しいもんなんだな。

「おい、ザアル?踊っても良いが、その辺で」

「あ、ごめんごめん。嬉しくて」

声を掛けると、再び飛びつくように俺の腕を取り、満面の笑みで集まった人だかりに手を振る。
キャーだかワーだか、一部から歓声が上がっている。
本当に俺なんかで良いんだろうか、仲間が。

「なぁ、ザアル。本当に俺なんかで良かったのか?お前なら、この街にいくらでも組みたい奴なんて転がってるだろ。ほら、アイツらの方が強くて……」

「ディーじゃなきゃダメなの!アイツらなんて、僕から見れば犬の餌だよ」

丁度、道の反対側を歩いていたAランクのパーティを指差すが、ザアルは首を振って吐き捨てる。

「いや、Aランクだぞ?この街に一組だけの」

「ディー……そんなランクなんて、どうでもいいんだよ……ねぇ、この街から出ようよ。狭い世界で見てるから、ディーの価値が分からないんだ。別の、もっとディーが輝ける場所に行こう?」

「俺の輝ける場所?そんなところ…あるのか?」

それは筋肉自慢の街だろうか。
俺の長所と言えば、この分厚い筋肉しかない。
ならば、筋肉だろう。筋肉だな。
筋肉の素晴らしさを理解してくれる街?
………興味深い。
というか、興味しかない。行きたい。

「あるよ!僕は世界中を旅して来たから知ってる!じゃあ決まりね!?今すぐ荷物を纏めて出発しよう!」

「へ、今?今日?これから?」

「何事も善は急げだよ!ほら、早く!」

そうして、誰もが目を奪われる満面の笑みのディーに流されるままに、二人で全ての荷物を持って街を出た。
そして、街を出てすぐの明るく魔物もいない森。
子供が薬草を取りに来る程の安全な森。 

「ディー、お腹すいたな。何か獲物を捕まえて来てよ。僕が調理するから」

「もう?!朝飯ちゃんと食わないからだろ?まったく、仕方ないな、ちょっと待ってろ」

この辺りにいるとしたら、野ウサギ位なものだ。
あちこち探して、ようやく野ウサギを仕留めた。

「ふぅ、これでなんとか……」

「うああぁぁぁぁぁーーー!!!!」

そこへ響いたのが、ザアルの叫び声だった。
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