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出会い
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僕が生まれたのは深い森の奥の奥。
ダークエルフ一族の族長の子として生を受けた。
ダークエルフは繁殖能力が極めて低いため希少で、他の種族から身を狙われる危険と常に隣り合わせだった。
だから、僕たちは身を守る為に、生まれ持った類まれな身体能力や魔法の才能に加えて幼少期から戦闘訓練を行う。
特に僕は族長の子として、大切に、しかし厳しく鍛え抜かれた。
僕の他に子が居なかったのもあるけれど。
結果、世にも美しく誰よりも強く気高いダークエルフが誕生した。
そう、それが、この僕。
長老たちさえ僕の素晴らしさの前には平伏した。
ダークエルフの頂点と言っても過言では無い程に成長した僕は一族の希望の星だ。
「はぁ……どこにもいないじゃないか……」
僕は、族長、いや一族の命運を掛けた旅に出ていた。
一族の命運とは何か。
今、我が一族の青年期、つまり繁殖可能な若者は、僕唯一人である。
若者とは言っても既に100歳は超えているのだが。
寿命の長い我らダークエルフは長寿故に繁殖期間は人間よりも長くなる。
だが、我らが特性の為に純粋なダークエルフを増やすことは非常に難しい。
よって、僕の使命は唯一つ。
一族を繁栄させる伴侶を見つけること。
『お前の血が教えるのだ。全ては血に従え』
それが族長の教えであり、僕の使命の全て。
他には何も情報は無い。
長老たちも頷くだけの役立たず。
「そんなもの……ほんとに、血なんかで分かるのかねー……はぁ……」
僕は美しい。
そして賢い。
また、尋常じゃなく強い。
これまで、どの種族と出会っても、僕に勝てる相手など見たことが無い。
伴侶を絶対に見つけて、すぐに連れ帰ると勇んで森を出て、あちこちと旅をして……早50年。
いい加減、僕の残りの青年期も短くなってしまう。
とは言っても、あと50年はあるけれど、早くしないと一族が滅びる。
長老たちは既に干からびてるが、そういう問題じゃない。
色々な種族を見て来たが、やはり特に繁殖能力の高い人間が良いかと、ふらりと人間の街を渡り歩いた。
面白半分でギルドとかいう所に登録して魔物を狩ったりしてはみたが、あっという間にSSランクとかいう一番偉いものになった。
お陰で金は腐る程増えた。
当然といえば当然だ。
僕はそもそも人間では無いし、ダークエルフの頂点に君臨する僕と脆弱な人間とを同じにして欲しくは無い。
「きゃーーっ!!ザアル様~っ!!」
「こっち見てぇ~っ!ああーっ、素敵♡」
道を歩けば煩い女の集団に必ず当たる。
どの女も気色悪いし、香水臭いし、邪魔でしかない。
ついでに男にも当たる。
「一晩だけで良いから……思い出が欲しい♡」
なんてナヨナヨとした男の多いこと、多いこと。
人間は、何故こうも男も女も愚かで醜いのか。
媚薬を盛ろうとする店員もいた。
こんなものに、僕が引っ掛かると思うことが腹立たしい。
ダークエルフは嗅覚も聴覚も視覚も、その他全てにおいて優れているというのに。
人間は浅はか過ぎて反吐が出る。
どいつもこいつも、姿も心も醜い奴らばかり。
もう人間の街は出て、別の種族を探しに……
「あ、この席、空いてます?」
「………え?はぁ……」
「おーい!ここ空いてるってよ!」
街の居酒屋で、ぶつぶつと不満を溢しながら一人酒を飲んでいると、ふいに大柄な男に話しかけられた。
いつもなら、近寄る人間は必ず、ひと睨みして追い返すのに、何故か僕はしなかった。
「え!この人、噂の……」
「ん?なに?さっさと食おうぜ!!俺さ、すげえ腹減ってんだよなー!肉ちょーだい、マスター!!」
ゾロゾロと四人で僕と同じテーブルについた彼らは、魔物を倒す為に組まれたパーティらしかった。
ギルドには、こういうパーティが溢れている。
僕は当然、一人だが。
愚かな人間と徒党を組むなんて、ダークエルフの名が廃る。
「ちょっと、ディーってば、こんな凄い人と相席とか、悪いわよ」
そう言いながら、やたらに胸を強調して僕へ見せてくる女は、化粧が濃くて香水臭くて……吐き気がする。
だが、その女にディーと呼ばれる大柄な男からは良い香りがした。
まるで森の奥の澄んだ空気を纏っているような、ずっと嗅いでいたいような爽やかで魅力的な香り……
「うん?ヘラ!それよりさ、飯が来る前に俺の傷、ついでに治してよー」
「んもう、バカディー!しょうがないわね」
そのヘラと呼ばれたゲス女はヒーラーらしかった。
僕に胸を強調して見せてきた、あの気色悪い女。
その香水臭い女の手がディーという大柄な男に伸ばされる。
バカと罵りながらも、満更でもない表情で、ディーに対して伸ばされる白くて細い指先。
それが、無性に腹が立った。
「僕が治そう」
さり気なく、ディーに向けて伸ばされた女の手を払い除けて、僕が手をかざす。
ふわっと光ると同時に完全に傷が無くなる。
息をするよりも簡単な治癒魔法だ。
「え!!なんだこれ!痛くも痒くも無いぞ!傷跡さえ無い!まじか!!あんた、すげぇな!」
「うそ、こんなの見たことないわ……」
ディーは、僕の治癒魔法に手放しに感心して、大袈裟に僕を褒め称えた。
僕を見て興奮したように話しかけてくる彼の笑顔がかわいい。
それだけで、僕の心は満ち足りた。
クソ香水女もディーの隣でギャーギャーと何か言っていたが、僕の耳には入らなかった。
目障りだ。殺そうか。
「大袈裟だな、ただの治癒魔法だよ。でも、こんなに効きが良いなんてね。余程、君と僕とは相性が良いみたいだ。そう思わない?」
僕は、普段は絶対にこんな事は言わない。
これでは、まるで僕が自分から彼を口説いているみたいだし、きっと彼も、彼の仲間も、そう思ってしまう。
僕の美しさに彼はきっと、うっとりと見惚れて……
「へぇー!相性良いと魔法って効き易いんだ!知らなかった~。な!ヘラ、勉強になったよなぁ!」
バシバシとヒーラー女の背中を叩いてガハハと笑うディーと、パーティメンバーの啞然とした顔。
どうやら僕の言葉に含まれた意味に気付いて無いのはディーだけらしい。
そんなところも可愛い。
ゴホン、と咳払いする。
僕は、彼のことがもっと知りたいと自然に思った。
これが、もしかしたら血が教えるというやつかもしれない。
「なんだか、君とは初めて会った気がしないな。せっかくの出会いだ。ここの支払いは僕が持つよ。好きな物を食べて飲んでくれ」
自然と彼に微笑みかけていた。
僕から微笑みかけた相手なんて、これまで50年、一人もいなかったし、この美の塊である僕の微笑みを見て倒れない人間なんて間違い無く存在しないはずだ。
ほら、皆、阿呆みたいに口をぱっかりと開けて呆けて涎を垂らしている。
「ほんとに?!いいの?やったー!ラッキー!マスター、一番高い酒くれ!あとデカい肉な!」
うん。彼だけは、通常運転。
なぜだろう。
隣に座る僕とは至近距離で、目と鼻の先で僕の美の集約された微笑みを見たはずなのに。
「……ゴホン。君は、ディーって呼ばれてるの?僕はザアルだよ。見ての通り、世界一のダークエルフさ☆」
テーブルに肘を突いて顔を傾けウインクする。
流石に、これで落ちない奴はいない。
いない……よな?
「へぇー!初めてダークエルフに会ったなぁ。そうそう、俺はディー、戦士なんだ。よろしく!んで、こいつらは……」
明るく楽しそうにパーティメンバーを紹介するディーに、頭の中が混乱していく。
ディーに仲良さそうに肩を組まれる魔法使いやら剣士?やら、例の香水女やら、どいつもこいつも弱そうで、僕よりも醜い。
なんで、この僕よりも、そいつらとばかり話すのか。
「凄いんですね!ザアル様って、SSランクなんですってね!!」
「ああ、まあね。君たちは?パーティを組んで、どれくらい経つの?」
「みんな、組んだ頃はまだ17歳くらいだったから、もう5年は経ったかしら」
「そうだな、今はディーが23で、ヘラが22で……」
僕の貴重な笑顔で世間話をしながらも、ディーを見詰める。
酒を煽り、肉を喰らうディーは、僕の視線に全く気付かないのが、全く可愛い。
首筋から良い香りがする。顔を埋めたい。
なんだ、その胸の筋肉は。
僕へのアピールが過ぎるんじゃないのか。
まったく、こんな可愛い奴を放っておくことなんて出来ない。
まだ23歳の人間。
ダークエルフから見れば生まれたてのようなものだ。
だが、丁度良い。
今が人間の青年期であり生殖期間は、まだ数十年続くはず。
これからの生殖期間が長いことは、実に喜ばしい。
早く手に入れたい。
一刻も早く、他の誰にも取られないうちに。
喉が鳴る。
特に、このクソ香水臭い女には取られたくない。僕のディーに手を出したら殺そう。
そうして、しばらく楽しく飲んで食べて、頃合いを見計らって、そっと小さな革袋をクソ女に渡す。
「ごめんね、なんだか僕が四人の夕食を邪魔したみたいで。でも、不思議と気が合うから、もう少し、ディーと話したいんだ。だから……これで三人で、もっと楽しいお店にでも行ってみたら?」
ディーには聞こえないように囁いて、ポン、と銀貨の入った小袋を三人に渡すと、飛び上がるように喜んで、三人で店から出て行った。
残されたディーは、ジョッキ片手にポカンとしている。
「え?なんで?なに?え、俺は?」
「三人で、楽しいところに行くらしいよ?まあ、たまには三人での息抜きも良いじゃない!僕達も、残された者同士、せっかくだから二人でもう少し話そうよ。いくらでも食べて飲んで良いからさ。もっと肉も頼もうか?」
「えー………んー…息抜きなら仕方ないか。じゃあ、食うぞ!やっほーい、マスター!!おかわり!」
少ししょんぼりとしてから、肉に釣られて見事に復活したディー。
その様が無性に可愛くて愛しくて、たまらなかった。
戦士らしい逞しく分厚い筋肉と長身、短めの黒髪に薄茶色の瞳。
頬に傷跡があって男らしい骨格は強面なはずなのに、幼さの残る笑顔に裏表の無い実直な性格が見て取れる。
なによりも僕の見た目に惑わされない所も良い。
森のようや爽やかな香りも好ましい。
ずっと嗅いでいたい程に芳しい。
いや、そんなの全部、後付けと分かってる。
要するに、一目惚れしたんだ。
僕の胸は、ディーを見てから高鳴りっぱなしだから。
まさに、血が騒いでいる。
それから、暫く食べて飲んで、楽しいひとときを過ごした。
本番はこれからだ。
「ふぁ~っ、食った食った。眠くなったな。ごちそーさん!んじゃ、俺、そろそろ帰るわ」
幼子のように目を擦るディーから目が離せない。
酔って上気した頬やツヤツヤとした唇が美味そうで、今すぐ喰い付きたい。
うん、やはり食うしかないな。
「じゃあ、僕も帰るよ。ディーの家、どの方向?」
「家じゃなくて宿屋を取ってるんだ、あいつらと。俺達、魔物が多い街をあちこちと渡り歩いてるからな。ようやく少しは稼げるようになったけど、まだまだその日暮らしみたいなもんだよ」
「へぇ…宿屋……一人部屋?」
「いーや、剣士のソールと同室だ。節約しないと武器や防具も新しく出来ないからな。ふぁ~っねむ……」
むにゃむにゃと眠そうに喋る舌足らずがかわいい。
その舌を吸って舐りたい。
酒でほんのり上気した肌が艶かしい。
その全てに僕の痕跡を残したい。
肉よりディーを食べたい。
同時に、あの剣士を殺しておけば良かったと呪う。
ディーと同室?はぁ?あり得ない。
あんな性悪そうで不潔な男が待つ部屋へ、この可愛いさの塊のディーを返す?
冗談じゃない!!僕のディーが穢される!!
「そっかぁ…じゃあ、今夜は僕の家に泊まる?結構広くて部屋も余ってるからさ」
「え?四人で泊まっていいの?」
反射的にずる、とテーブルから肘がずり落ちた。
なぜに、四人??まさか、パーティメンバー?
「……いや、ディーだけで来て欲しいな。もう皆、疲れて寝てるだろうし。二人で、もっと話がしたいんだ……ね?」
流し目で、うっとりとディーを見詰めて意味有りげに微笑む。
これだけ言えば、流石に気付くだろう。
それに、この僕の誘いを断る奴なんて存在しない。
存在しない……よな?
不安になるな、ダークエルフの頂点!!
「あー、じゃあ、止めとくよ」
「………へ?」
ぽかんと阿呆面を晒したのは僕だった。
この僕からの誘いを断る奴なんて、この世に存在しないはずなのに……ここに、居た。
「じゃ、美味かったよ、ごちそーさん!宿屋で仲間が待ってるから、俺、帰るわ!ありがとなー!」
放心状態の僕を放置して、ディーは仲間にも食わせてやりたいと大量の肉やらパンやらをマスターに頼んで包んでもらい、颯爽と帰って行った。
残されたのは、大食いディーの大量の領収書と積み上げられた皿、一人ぼっちの僕。
「は……はは……嘘だろ」
僕は生まれて初めて、敗北を味わった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やあ、ディー。偶然だね」
その後も、街で偶然を装い声を掛け続けた。
あの程度の失敗で、やっと見つけた血が選んだ相手を失ってたまるか!
何より、僕がディーと毎日会いたくて堪らない。
「あ、ザアル!この前はごちそーさん。おー、ソール、買い物終わったのか?んじゃ、帰るか。じゃあな、ザアル。またなー」
何度もお茶や食事に誘った。
いつもパーティメンバーと一緒のディーは、いつだって僕よりもパーティメンバーを優先させる。
今日なんて、何時間も待機してたのに、挨拶だけで素通りされた。
たったひと時、会話が出来ただけで嬉しい自分に嫌気が刺すのに、ディーを恨む気持ちになんてなれない。
恨むのは、いつだってディーを独り占めするアイツらだ。
悔しくて家の壁に穴を開けたのは、既に三十回は超えた。
日に日に、壁は損傷していく。
また別の日だって。
「ごめん、今日はヘラの買い物に付き合う予定なんだ。あいつ、買った荷物が持てないからって俺を使うんだぜ?しょうがないよなぁ、全く」
文句を言っているようで、実は顔が笑っているディーは嬉しそうだった。
愕然とした。まさか、あんな香水クソ女に好意を持ってるのか?
あり得ない。あんな底辺ヒーラーよりも僕の方が全て優れていて、遥かに美しいのに!!!
僕の胸にどす黒いものが渦巻いていく。
クソ女の荷物持ちだ?
僕のディーを荷物持ち扱いなんて、何様なんだ、あの女!!
殺す!!絶対、殺す!!
「あれぇ?ディーとヘラ!偶然だね」
当然、僕は二人の買い物の後をつけた。
そして、二人連れ立って茶店へ入る所で強引に合流する。
ヘラは、僕を見るなり、胸を強調して瞬きし出す。
胸糞悪い。
こんなバカ色情魔の正体に気付かないなんて、どんだけ純粋なんだ、ディーは。
ディーが、かわい過ぎて耐えられない。
「きゃあ!ザアル様♡私たち、よく会いますね」
「そうだね、僕とディーは良く出会う運命なのかな」
「うん?俺?別に何も無いと思うぞ」
うん、今日もディーは通常通りだ。
でも、僕には、とっておきの秘策がある。
僕は、近付いてヘラの耳元で囁く。
ヘラは真っ赤になりながら、うっとりと僕の声に耳を傾けている。
ほんとにバカで香水臭くて反吐が出るが、今だけの辛抱だ。
「ヘラ、あっちのAランクのパーティの剣士が、ヒーラーを探してるらしい。なんでも、美人で優秀なヒーラーが欲しいって……僕は、君を推薦したけど…どう?」
「え?Aランク?剣士って、あのイケメンで有名な?!」
「ほら、あのパーティは人気だから、すぐ次のヒーラーが見つかっちゃうよ?早くしないと……幸運を祈るよ」
「ごめん!ディー!私、パーティ抜けるから!手続きしといて!」
「ヘラ?!なんで?!どうした?説明してくれよ!」
ヒラヒラと手を振って、ヘラは新しいパーティへと突撃して行った。
これで、もう戻っては来ないだろう。
「じゃあ、二人で入ろうか」
こうして、少しだけ強引に茶店へと二人で入ることに成功した。
完全に後ろ髪引かれてるディーの目の前で茶店の扉をパタンと閉める。
「せっかくだから、少しお茶でも飲んで行こうよ」
「いや、ヘラの様子がおかしかったから、やっぱり俺は帰るよ。急にパーティを抜けるなんて、何かあったに違いない」
「大丈夫だよ、ピンピンしてたじゃないか。どうせ、そこらへんで良い男でも見つけたんだろ。気にする必要無いさ。それより、ディー…」
「俺は仲間が一番大事なんだ。こういう事は、ちゃんと話さなきゃ。またな、ザアル」
僕を再び振り返ることなく、ディーは沢山の荷物を抱えて店を出て行った。
僕よりも、あのクソ女が大事……?
考えられない。
ダークエルフの頂点に立つ僕よりも……?
でも、誰よりも賢い僕には分かってる。
ディーが、あのクソバカ香水底辺女を大事にする理由。
ずっとディーを見てれば分かる。
あのクソ女が、ディーのパーティメンバーだから。
ディーは、仲間というものに拘って、何よりも優先させるんだ。
じゃあ……僕が仲間になれば良い。
そうすれば、僕を誰よりも大切にしてくれるんだよね?
沢山の荷物を抱えて走っていくディーの後ろ姿を見詰めて僕は決めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「くそっ、こんな所にSランクの竜が出るなんて、聞いてねぇぞ!!」
俺達は、ギルドの依頼で小型の魔物退治に森へと入った。三人で。そう、俺達は三人になった。
まだBランクの俺達は、基本的に小型の魔物以上は命取りだ。
それなのに、ようやく見つけた討伐対象の後ろからSランクの赤竜が現れた。
初めて見る竜に、全員の足が竦む。
「にっ、逃げろ!!」
「だめだ!こいつらに囲まれてる!!」
「くっ、くそぉっ………」
正面に赤竜、周りをぐるりと小型の魔物の群れ。
いつの間に群れに囲まれたのか、もはや逃げる隙は無い。
終わった……誰もが諦めた。勿論、俺も。
その時、柔らかな風が吹いた。
ズザァンンッ!!!!
赤竜が、真っ二つに裂かれた。
同時に、俺達を囲んでいた小型の魔物の群れまで一気に吹き飛んだ。
一瞬、周りから音が消えた。
何が起きたのか理解出来ずに立ち竦む。
心臓の音も止まったように、ただ目の前の状況を見ることしか出来なかった。
「大丈夫?全員、無事かい?」
赤竜の後ろから、爽やかな笑顔のザアルが現れた。
「ザ……ザアル?」
「……今のは、あんたが?」
動けない俺達の近くまで颯爽と歩み寄り、一層、爽やかな笑顔で頷く。
「丁度、近くを散歩していたら声が聞こえたから駆け付けたんだ。そしたら、赤竜がいて、君たちの姿も見えたから、必死に倒したんだよ。良かった、誰も怪我してなくて」
「あ……ありがとう……死ぬとこだった」
俺は、命の危機が過ぎた脱力感で地面へ崩れ落ちた。
恐怖で足にも腰にも力が入らない。
それは、他の二人も同じだったのだろう、誰も動けない。
誰も喋らない。
ザアルだけが、明るく笑っていた。
「おっと、ディー、大丈夫?恐かったね。歩けないだろ?無理しちゃだめだよ。あらよっと!」
「???」
ザアルはいつの間にか俺のすぐ隣りにいて、俺は荷物のようにザアルの肩にヒョイッと担がれた。
筋肉の塊の俺を担げるって、どんだけ力持ち……あぁ、そうか。
ディーは力持ちどころか、SSランクの冒険者だものな。
竜も一瞬で倒せる程の。
「街に戻るんだろ?連れて帰ってあげるよ。皆は、歩ける?」
二人を振り返ると、俯いて震えている。
余程、恐ろしかったのだろう。顔色が物凄く悪い。
「俺はっ、歩けるから!二人の方が具合いが悪そうだ」
「いっ、いいえ!どうぞ、ディーをお願いします!ディー、先に街に帰ってるからな!」
「え?おい、お前ら……」
二人は、俯いたまま走り去った。
あまりの恐怖に気が動転してるに違いない。
「あーあ、行っちゃったね。じゃあ、僕らは、ゆっくりと散策でも…」
「追いかける!まだ赤竜や他の魔物も沢山いるかもしれない!あいつらが危険だ!!」
俺はジタバタと暴れて叫び、どうにか地面へと降ろして貰う。
「助けてくれて、本当にありがとう!街へ戻ったら必ず御礼はするから!」
「御礼?ほんとに?」
「ああ!俺に出来ることなら、何でも言ってくれ!じゃ、またな!ザアルも気をつけて!」
「……分かった。またね」
俺は、ひたすらに二人の仲間を追い掛けた。
必死の俺には、ザアルの最後の言葉は聞き取れなかった。
「何でも、だね」
ダークエルフ一族の族長の子として生を受けた。
ダークエルフは繁殖能力が極めて低いため希少で、他の種族から身を狙われる危険と常に隣り合わせだった。
だから、僕たちは身を守る為に、生まれ持った類まれな身体能力や魔法の才能に加えて幼少期から戦闘訓練を行う。
特に僕は族長の子として、大切に、しかし厳しく鍛え抜かれた。
僕の他に子が居なかったのもあるけれど。
結果、世にも美しく誰よりも強く気高いダークエルフが誕生した。
そう、それが、この僕。
長老たちさえ僕の素晴らしさの前には平伏した。
ダークエルフの頂点と言っても過言では無い程に成長した僕は一族の希望の星だ。
「はぁ……どこにもいないじゃないか……」
僕は、族長、いや一族の命運を掛けた旅に出ていた。
一族の命運とは何か。
今、我が一族の青年期、つまり繁殖可能な若者は、僕唯一人である。
若者とは言っても既に100歳は超えているのだが。
寿命の長い我らダークエルフは長寿故に繁殖期間は人間よりも長くなる。
だが、我らが特性の為に純粋なダークエルフを増やすことは非常に難しい。
よって、僕の使命は唯一つ。
一族を繁栄させる伴侶を見つけること。
『お前の血が教えるのだ。全ては血に従え』
それが族長の教えであり、僕の使命の全て。
他には何も情報は無い。
長老たちも頷くだけの役立たず。
「そんなもの……ほんとに、血なんかで分かるのかねー……はぁ……」
僕は美しい。
そして賢い。
また、尋常じゃなく強い。
これまで、どの種族と出会っても、僕に勝てる相手など見たことが無い。
伴侶を絶対に見つけて、すぐに連れ帰ると勇んで森を出て、あちこちと旅をして……早50年。
いい加減、僕の残りの青年期も短くなってしまう。
とは言っても、あと50年はあるけれど、早くしないと一族が滅びる。
長老たちは既に干からびてるが、そういう問題じゃない。
色々な種族を見て来たが、やはり特に繁殖能力の高い人間が良いかと、ふらりと人間の街を渡り歩いた。
面白半分でギルドとかいう所に登録して魔物を狩ったりしてはみたが、あっという間にSSランクとかいう一番偉いものになった。
お陰で金は腐る程増えた。
当然といえば当然だ。
僕はそもそも人間では無いし、ダークエルフの頂点に君臨する僕と脆弱な人間とを同じにして欲しくは無い。
「きゃーーっ!!ザアル様~っ!!」
「こっち見てぇ~っ!ああーっ、素敵♡」
道を歩けば煩い女の集団に必ず当たる。
どの女も気色悪いし、香水臭いし、邪魔でしかない。
ついでに男にも当たる。
「一晩だけで良いから……思い出が欲しい♡」
なんてナヨナヨとした男の多いこと、多いこと。
人間は、何故こうも男も女も愚かで醜いのか。
媚薬を盛ろうとする店員もいた。
こんなものに、僕が引っ掛かると思うことが腹立たしい。
ダークエルフは嗅覚も聴覚も視覚も、その他全てにおいて優れているというのに。
人間は浅はか過ぎて反吐が出る。
どいつもこいつも、姿も心も醜い奴らばかり。
もう人間の街は出て、別の種族を探しに……
「あ、この席、空いてます?」
「………え?はぁ……」
「おーい!ここ空いてるってよ!」
街の居酒屋で、ぶつぶつと不満を溢しながら一人酒を飲んでいると、ふいに大柄な男に話しかけられた。
いつもなら、近寄る人間は必ず、ひと睨みして追い返すのに、何故か僕はしなかった。
「え!この人、噂の……」
「ん?なに?さっさと食おうぜ!!俺さ、すげえ腹減ってんだよなー!肉ちょーだい、マスター!!」
ゾロゾロと四人で僕と同じテーブルについた彼らは、魔物を倒す為に組まれたパーティらしかった。
ギルドには、こういうパーティが溢れている。
僕は当然、一人だが。
愚かな人間と徒党を組むなんて、ダークエルフの名が廃る。
「ちょっと、ディーってば、こんな凄い人と相席とか、悪いわよ」
そう言いながら、やたらに胸を強調して僕へ見せてくる女は、化粧が濃くて香水臭くて……吐き気がする。
だが、その女にディーと呼ばれる大柄な男からは良い香りがした。
まるで森の奥の澄んだ空気を纏っているような、ずっと嗅いでいたいような爽やかで魅力的な香り……
「うん?ヘラ!それよりさ、飯が来る前に俺の傷、ついでに治してよー」
「んもう、バカディー!しょうがないわね」
そのヘラと呼ばれたゲス女はヒーラーらしかった。
僕に胸を強調して見せてきた、あの気色悪い女。
その香水臭い女の手がディーという大柄な男に伸ばされる。
バカと罵りながらも、満更でもない表情で、ディーに対して伸ばされる白くて細い指先。
それが、無性に腹が立った。
「僕が治そう」
さり気なく、ディーに向けて伸ばされた女の手を払い除けて、僕が手をかざす。
ふわっと光ると同時に完全に傷が無くなる。
息をするよりも簡単な治癒魔法だ。
「え!!なんだこれ!痛くも痒くも無いぞ!傷跡さえ無い!まじか!!あんた、すげぇな!」
「うそ、こんなの見たことないわ……」
ディーは、僕の治癒魔法に手放しに感心して、大袈裟に僕を褒め称えた。
僕を見て興奮したように話しかけてくる彼の笑顔がかわいい。
それだけで、僕の心は満ち足りた。
クソ香水女もディーの隣でギャーギャーと何か言っていたが、僕の耳には入らなかった。
目障りだ。殺そうか。
「大袈裟だな、ただの治癒魔法だよ。でも、こんなに効きが良いなんてね。余程、君と僕とは相性が良いみたいだ。そう思わない?」
僕は、普段は絶対にこんな事は言わない。
これでは、まるで僕が自分から彼を口説いているみたいだし、きっと彼も、彼の仲間も、そう思ってしまう。
僕の美しさに彼はきっと、うっとりと見惚れて……
「へぇー!相性良いと魔法って効き易いんだ!知らなかった~。な!ヘラ、勉強になったよなぁ!」
バシバシとヒーラー女の背中を叩いてガハハと笑うディーと、パーティメンバーの啞然とした顔。
どうやら僕の言葉に含まれた意味に気付いて無いのはディーだけらしい。
そんなところも可愛い。
ゴホン、と咳払いする。
僕は、彼のことがもっと知りたいと自然に思った。
これが、もしかしたら血が教えるというやつかもしれない。
「なんだか、君とは初めて会った気がしないな。せっかくの出会いだ。ここの支払いは僕が持つよ。好きな物を食べて飲んでくれ」
自然と彼に微笑みかけていた。
僕から微笑みかけた相手なんて、これまで50年、一人もいなかったし、この美の塊である僕の微笑みを見て倒れない人間なんて間違い無く存在しないはずだ。
ほら、皆、阿呆みたいに口をぱっかりと開けて呆けて涎を垂らしている。
「ほんとに?!いいの?やったー!ラッキー!マスター、一番高い酒くれ!あとデカい肉な!」
うん。彼だけは、通常運転。
なぜだろう。
隣に座る僕とは至近距離で、目と鼻の先で僕の美の集約された微笑みを見たはずなのに。
「……ゴホン。君は、ディーって呼ばれてるの?僕はザアルだよ。見ての通り、世界一のダークエルフさ☆」
テーブルに肘を突いて顔を傾けウインクする。
流石に、これで落ちない奴はいない。
いない……よな?
「へぇー!初めてダークエルフに会ったなぁ。そうそう、俺はディー、戦士なんだ。よろしく!んで、こいつらは……」
明るく楽しそうにパーティメンバーを紹介するディーに、頭の中が混乱していく。
ディーに仲良さそうに肩を組まれる魔法使いやら剣士?やら、例の香水女やら、どいつもこいつも弱そうで、僕よりも醜い。
なんで、この僕よりも、そいつらとばかり話すのか。
「凄いんですね!ザアル様って、SSランクなんですってね!!」
「ああ、まあね。君たちは?パーティを組んで、どれくらい経つの?」
「みんな、組んだ頃はまだ17歳くらいだったから、もう5年は経ったかしら」
「そうだな、今はディーが23で、ヘラが22で……」
僕の貴重な笑顔で世間話をしながらも、ディーを見詰める。
酒を煽り、肉を喰らうディーは、僕の視線に全く気付かないのが、全く可愛い。
首筋から良い香りがする。顔を埋めたい。
なんだ、その胸の筋肉は。
僕へのアピールが過ぎるんじゃないのか。
まったく、こんな可愛い奴を放っておくことなんて出来ない。
まだ23歳の人間。
ダークエルフから見れば生まれたてのようなものだ。
だが、丁度良い。
今が人間の青年期であり生殖期間は、まだ数十年続くはず。
これからの生殖期間が長いことは、実に喜ばしい。
早く手に入れたい。
一刻も早く、他の誰にも取られないうちに。
喉が鳴る。
特に、このクソ香水臭い女には取られたくない。僕のディーに手を出したら殺そう。
そうして、しばらく楽しく飲んで食べて、頃合いを見計らって、そっと小さな革袋をクソ女に渡す。
「ごめんね、なんだか僕が四人の夕食を邪魔したみたいで。でも、不思議と気が合うから、もう少し、ディーと話したいんだ。だから……これで三人で、もっと楽しいお店にでも行ってみたら?」
ディーには聞こえないように囁いて、ポン、と銀貨の入った小袋を三人に渡すと、飛び上がるように喜んで、三人で店から出て行った。
残されたディーは、ジョッキ片手にポカンとしている。
「え?なんで?なに?え、俺は?」
「三人で、楽しいところに行くらしいよ?まあ、たまには三人での息抜きも良いじゃない!僕達も、残された者同士、せっかくだから二人でもう少し話そうよ。いくらでも食べて飲んで良いからさ。もっと肉も頼もうか?」
「えー………んー…息抜きなら仕方ないか。じゃあ、食うぞ!やっほーい、マスター!!おかわり!」
少ししょんぼりとしてから、肉に釣られて見事に復活したディー。
その様が無性に可愛くて愛しくて、たまらなかった。
戦士らしい逞しく分厚い筋肉と長身、短めの黒髪に薄茶色の瞳。
頬に傷跡があって男らしい骨格は強面なはずなのに、幼さの残る笑顔に裏表の無い実直な性格が見て取れる。
なによりも僕の見た目に惑わされない所も良い。
森のようや爽やかな香りも好ましい。
ずっと嗅いでいたい程に芳しい。
いや、そんなの全部、後付けと分かってる。
要するに、一目惚れしたんだ。
僕の胸は、ディーを見てから高鳴りっぱなしだから。
まさに、血が騒いでいる。
それから、暫く食べて飲んで、楽しいひとときを過ごした。
本番はこれからだ。
「ふぁ~っ、食った食った。眠くなったな。ごちそーさん!んじゃ、俺、そろそろ帰るわ」
幼子のように目を擦るディーから目が離せない。
酔って上気した頬やツヤツヤとした唇が美味そうで、今すぐ喰い付きたい。
うん、やはり食うしかないな。
「じゃあ、僕も帰るよ。ディーの家、どの方向?」
「家じゃなくて宿屋を取ってるんだ、あいつらと。俺達、魔物が多い街をあちこちと渡り歩いてるからな。ようやく少しは稼げるようになったけど、まだまだその日暮らしみたいなもんだよ」
「へぇ…宿屋……一人部屋?」
「いーや、剣士のソールと同室だ。節約しないと武器や防具も新しく出来ないからな。ふぁ~っねむ……」
むにゃむにゃと眠そうに喋る舌足らずがかわいい。
その舌を吸って舐りたい。
酒でほんのり上気した肌が艶かしい。
その全てに僕の痕跡を残したい。
肉よりディーを食べたい。
同時に、あの剣士を殺しておけば良かったと呪う。
ディーと同室?はぁ?あり得ない。
あんな性悪そうで不潔な男が待つ部屋へ、この可愛いさの塊のディーを返す?
冗談じゃない!!僕のディーが穢される!!
「そっかぁ…じゃあ、今夜は僕の家に泊まる?結構広くて部屋も余ってるからさ」
「え?四人で泊まっていいの?」
反射的にずる、とテーブルから肘がずり落ちた。
なぜに、四人??まさか、パーティメンバー?
「……いや、ディーだけで来て欲しいな。もう皆、疲れて寝てるだろうし。二人で、もっと話がしたいんだ……ね?」
流し目で、うっとりとディーを見詰めて意味有りげに微笑む。
これだけ言えば、流石に気付くだろう。
それに、この僕の誘いを断る奴なんて存在しない。
存在しない……よな?
不安になるな、ダークエルフの頂点!!
「あー、じゃあ、止めとくよ」
「………へ?」
ぽかんと阿呆面を晒したのは僕だった。
この僕からの誘いを断る奴なんて、この世に存在しないはずなのに……ここに、居た。
「じゃ、美味かったよ、ごちそーさん!宿屋で仲間が待ってるから、俺、帰るわ!ありがとなー!」
放心状態の僕を放置して、ディーは仲間にも食わせてやりたいと大量の肉やらパンやらをマスターに頼んで包んでもらい、颯爽と帰って行った。
残されたのは、大食いディーの大量の領収書と積み上げられた皿、一人ぼっちの僕。
「は……はは……嘘だろ」
僕は生まれて初めて、敗北を味わった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やあ、ディー。偶然だね」
その後も、街で偶然を装い声を掛け続けた。
あの程度の失敗で、やっと見つけた血が選んだ相手を失ってたまるか!
何より、僕がディーと毎日会いたくて堪らない。
「あ、ザアル!この前はごちそーさん。おー、ソール、買い物終わったのか?んじゃ、帰るか。じゃあな、ザアル。またなー」
何度もお茶や食事に誘った。
いつもパーティメンバーと一緒のディーは、いつだって僕よりもパーティメンバーを優先させる。
今日なんて、何時間も待機してたのに、挨拶だけで素通りされた。
たったひと時、会話が出来ただけで嬉しい自分に嫌気が刺すのに、ディーを恨む気持ちになんてなれない。
恨むのは、いつだってディーを独り占めするアイツらだ。
悔しくて家の壁に穴を開けたのは、既に三十回は超えた。
日に日に、壁は損傷していく。
また別の日だって。
「ごめん、今日はヘラの買い物に付き合う予定なんだ。あいつ、買った荷物が持てないからって俺を使うんだぜ?しょうがないよなぁ、全く」
文句を言っているようで、実は顔が笑っているディーは嬉しそうだった。
愕然とした。まさか、あんな香水クソ女に好意を持ってるのか?
あり得ない。あんな底辺ヒーラーよりも僕の方が全て優れていて、遥かに美しいのに!!!
僕の胸にどす黒いものが渦巻いていく。
クソ女の荷物持ちだ?
僕のディーを荷物持ち扱いなんて、何様なんだ、あの女!!
殺す!!絶対、殺す!!
「あれぇ?ディーとヘラ!偶然だね」
当然、僕は二人の買い物の後をつけた。
そして、二人連れ立って茶店へ入る所で強引に合流する。
ヘラは、僕を見るなり、胸を強調して瞬きし出す。
胸糞悪い。
こんなバカ色情魔の正体に気付かないなんて、どんだけ純粋なんだ、ディーは。
ディーが、かわい過ぎて耐えられない。
「きゃあ!ザアル様♡私たち、よく会いますね」
「そうだね、僕とディーは良く出会う運命なのかな」
「うん?俺?別に何も無いと思うぞ」
うん、今日もディーは通常通りだ。
でも、僕には、とっておきの秘策がある。
僕は、近付いてヘラの耳元で囁く。
ヘラは真っ赤になりながら、うっとりと僕の声に耳を傾けている。
ほんとにバカで香水臭くて反吐が出るが、今だけの辛抱だ。
「ヘラ、あっちのAランクのパーティの剣士が、ヒーラーを探してるらしい。なんでも、美人で優秀なヒーラーが欲しいって……僕は、君を推薦したけど…どう?」
「え?Aランク?剣士って、あのイケメンで有名な?!」
「ほら、あのパーティは人気だから、すぐ次のヒーラーが見つかっちゃうよ?早くしないと……幸運を祈るよ」
「ごめん!ディー!私、パーティ抜けるから!手続きしといて!」
「ヘラ?!なんで?!どうした?説明してくれよ!」
ヒラヒラと手を振って、ヘラは新しいパーティへと突撃して行った。
これで、もう戻っては来ないだろう。
「じゃあ、二人で入ろうか」
こうして、少しだけ強引に茶店へと二人で入ることに成功した。
完全に後ろ髪引かれてるディーの目の前で茶店の扉をパタンと閉める。
「せっかくだから、少しお茶でも飲んで行こうよ」
「いや、ヘラの様子がおかしかったから、やっぱり俺は帰るよ。急にパーティを抜けるなんて、何かあったに違いない」
「大丈夫だよ、ピンピンしてたじゃないか。どうせ、そこらへんで良い男でも見つけたんだろ。気にする必要無いさ。それより、ディー…」
「俺は仲間が一番大事なんだ。こういう事は、ちゃんと話さなきゃ。またな、ザアル」
僕を再び振り返ることなく、ディーは沢山の荷物を抱えて店を出て行った。
僕よりも、あのクソ女が大事……?
考えられない。
ダークエルフの頂点に立つ僕よりも……?
でも、誰よりも賢い僕には分かってる。
ディーが、あのクソバカ香水底辺女を大事にする理由。
ずっとディーを見てれば分かる。
あのクソ女が、ディーのパーティメンバーだから。
ディーは、仲間というものに拘って、何よりも優先させるんだ。
じゃあ……僕が仲間になれば良い。
そうすれば、僕を誰よりも大切にしてくれるんだよね?
沢山の荷物を抱えて走っていくディーの後ろ姿を見詰めて僕は決めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「くそっ、こんな所にSランクの竜が出るなんて、聞いてねぇぞ!!」
俺達は、ギルドの依頼で小型の魔物退治に森へと入った。三人で。そう、俺達は三人になった。
まだBランクの俺達は、基本的に小型の魔物以上は命取りだ。
それなのに、ようやく見つけた討伐対象の後ろからSランクの赤竜が現れた。
初めて見る竜に、全員の足が竦む。
「にっ、逃げろ!!」
「だめだ!こいつらに囲まれてる!!」
「くっ、くそぉっ………」
正面に赤竜、周りをぐるりと小型の魔物の群れ。
いつの間に群れに囲まれたのか、もはや逃げる隙は無い。
終わった……誰もが諦めた。勿論、俺も。
その時、柔らかな風が吹いた。
ズザァンンッ!!!!
赤竜が、真っ二つに裂かれた。
同時に、俺達を囲んでいた小型の魔物の群れまで一気に吹き飛んだ。
一瞬、周りから音が消えた。
何が起きたのか理解出来ずに立ち竦む。
心臓の音も止まったように、ただ目の前の状況を見ることしか出来なかった。
「大丈夫?全員、無事かい?」
赤竜の後ろから、爽やかな笑顔のザアルが現れた。
「ザ……ザアル?」
「……今のは、あんたが?」
動けない俺達の近くまで颯爽と歩み寄り、一層、爽やかな笑顔で頷く。
「丁度、近くを散歩していたら声が聞こえたから駆け付けたんだ。そしたら、赤竜がいて、君たちの姿も見えたから、必死に倒したんだよ。良かった、誰も怪我してなくて」
「あ……ありがとう……死ぬとこだった」
俺は、命の危機が過ぎた脱力感で地面へ崩れ落ちた。
恐怖で足にも腰にも力が入らない。
それは、他の二人も同じだったのだろう、誰も動けない。
誰も喋らない。
ザアルだけが、明るく笑っていた。
「おっと、ディー、大丈夫?恐かったね。歩けないだろ?無理しちゃだめだよ。あらよっと!」
「???」
ザアルはいつの間にか俺のすぐ隣りにいて、俺は荷物のようにザアルの肩にヒョイッと担がれた。
筋肉の塊の俺を担げるって、どんだけ力持ち……あぁ、そうか。
ディーは力持ちどころか、SSランクの冒険者だものな。
竜も一瞬で倒せる程の。
「街に戻るんだろ?連れて帰ってあげるよ。皆は、歩ける?」
二人を振り返ると、俯いて震えている。
余程、恐ろしかったのだろう。顔色が物凄く悪い。
「俺はっ、歩けるから!二人の方が具合いが悪そうだ」
「いっ、いいえ!どうぞ、ディーをお願いします!ディー、先に街に帰ってるからな!」
「え?おい、お前ら……」
二人は、俯いたまま走り去った。
あまりの恐怖に気が動転してるに違いない。
「あーあ、行っちゃったね。じゃあ、僕らは、ゆっくりと散策でも…」
「追いかける!まだ赤竜や他の魔物も沢山いるかもしれない!あいつらが危険だ!!」
俺はジタバタと暴れて叫び、どうにか地面へと降ろして貰う。
「助けてくれて、本当にありがとう!街へ戻ったら必ず御礼はするから!」
「御礼?ほんとに?」
「ああ!俺に出来ることなら、何でも言ってくれ!じゃ、またな!ザアルも気をつけて!」
「……分かった。またね」
俺は、ひたすらに二人の仲間を追い掛けた。
必死の俺には、ザアルの最後の言葉は聞き取れなかった。
「何でも、だね」
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