美醜逆転〜男だけど、魔術師(男)に惚れました

にじいろ♪

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番外編

タルクの苦悩と煩悩と

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「尊っっ!!待っ!!ぐはぁっ!!ごぷあっ!!」

 尊から、見事なスクリューパンチを頂戴した俺は、喋ろうとしたら舌から激しく出血した。
 その時には、既に尊は服を抱えて扉から飛び出していた。
 なんたる早業……流石は尊……そういう所も好……ゴプアッ!

 俺は死にかけていた。医師とはいえ、自分の舌は自分では治療出来ない。今、現在、割と窒息しかけている。
 尊を追いかけたいが、既にベッドが血の海である。
 ダバダバと流血しながら、なんとか例の何でも箱へ辿り着く。既に瀕死である。
 そこに置かれた紙の束に『助けて』と書いて箱に血まみれの腕ごと滑り込ませた。
 そこで、俺の意識は途切れた。死ぬのか、俺……尊……た、け……


『あーー……めんどくさ』

 薄っすらと意識が浮上する。
 瞼の向こうが明るいが、重くて目が開けられない。身体も何もかもが鉛のように重い。

『はぁ……せっかく箱庭まで用意させて、こんな速攻で死にかけるとか、どうしたらいいのやら……あ、でもコッチが死んでも別に良いのか?却って、あの子の為には……』

 ガシッと近くに感じた気配を思い切り掴んだ。見えてないが、感じたから掴めた。明らかに相手はビクッとしているけれど。

『えっ、神を掴む??え?』

「………ゲホッ、カハッ、ハァッ、ハッ……助けろ……」

『えーー………でも、あの、尊クン的には……』

「……助けろ……でないと、お前を、呪う……ガハッ、ヒュー、ヒュー……」

『瀕死の人が何を言ってるんだか……ふぅ、まあ、でもこの箱庭は、あなたのモノだから戻しますか。本当に呪われそうだし……あ、持病の腹痛もあるんで、しばらくは本当にもう来ないですからね?今回だけ特別ですから、ね?ね?もう無茶な要求しないで下さいね?』

「わかっ……た……はや、く……たけ…る……」

 俺の意識は、再び沈み、そうして痛みと共に明るい世界へと戻った。


「タルクさん!!ねぇ、タルクさん!!」

 俺を揺さぶる手と声に、パチリと目が開いた。
 目の前には、泣き腫らした尊の顔があった。
 こんなに泣かせるなんて、どこのドイツだ。殺す。

「起きた!!~~っ、良かっ、たぁ」

 尊は、台所の床に仰向けに倒れ込んだ俺の横にへたり込んで泣いていた。
 俺の血は見当たらず、でも、俺の周りには大量の紙がばら撒かれていた。

『タルクさんが死んでる!助けて!』

『病院に連れて行って!』

『神様、お願いします』

『タルクさんを助けて』

 異国の文字だろうに、不思議と俺は全て読めた。
 俺から逃げ出した神が再び現れた理由は、これか。きっと俺だけの頼みなら無視したんだろうな。脅迫主だし。

 まだ舌は少し痛んだが、多量の出血が無くなったお陰で俺は話すことも出来た。

「つっ、たけ、る…すまない……泣かせた」

床からゆっくり起き上がって尊の目元に指先を伸すと、尊の身体がビクリと揺れた。
俺は伸ばした指先で尊に触れることなく自分の頭を掻いた。

「格好悪いとこ、見せちまったなぁ……」

頭をワシャワシャ搔きながら、自嘲して笑う。あと、どうすれば良いか、今の俺には分からなかったから。
泣かせたくない。抱き締めたい。
でも、俺が触ろうとすると尊は………床の木目が滲み始める。

「ご………」

尊が、何かゴニョゴニョと言っていることに気付いて、慌てて目元を拭う。

「ん?なんだ?尊」

「ご、…、ご、めんなさいぃ!!!」

尊が、床に頭をゴチン!と着けて謝った。
え?尊が?なぜに?頭ゴチン?

「ど、どうした?なにをしてるんだ、尊」

「ぼっ僕の、せいで、タルクさん、死にそうになっちゃって、その、僕、僕……」

床にゴチンしたまま、尊が咽び泣いている。抱き締めたい。でも、俺がそんなことをしたら、尊は余計に……

「ごめんなさいっ!!!」

「?!?!!??!!」

あまりの衝撃に俺は真後ろに倒れ込んだ。
いや、尊が重いとかではない。むしろ軽すぎる程だ。
あの尊が、俺に抱き着いて来たのだ。
号泣しながら、尊が俺にガバッと抱き着いて……俺の頭は処理し切れずに、そのまま尊ごと真後ろに倒れ込んだ。

「わあっ!大丈夫ですか?頭を打ちました?!怪我したばっかりなのに、ごめんなさい!」

尊は、慌てて俺の上から飛び起きようとした。俺は、尊を嫌がられない程度の力で抱き締めた。

「頼む……あと少しだけ、あと少しだけ、このままでいて欲しい。後で好きなだけ殴って構わないから」

「……もう殴りませんよ……僕、人を殴ったことなんて、タルクさんが初めてなんです」

「尊の、初めて……ヤバい、嬉しい……」

「……、やっぱり変態ですね」

自然と尊がクスクスと笑い出した。思えばここへ来てから、初めてだったと思う。
お互いの緊張が溶けて、俺も笑い出した。

「……クックックッ、ハッハッハッ、ハーッ幸せだなぁ……このまま、もう死んでもいいや」

ペチン、と額を柔らかい手が叩いた。

「さっき助かったばかりの命を、そんな風に言ってはダメですよ。お互い、命ある限り生きましょ。……って、僕が言ったら説得力無いか…アハハ」

「いや……尊が言うから意味がある。そうだな、二人で、命ある限り生きて行こう」

「ん……はい」

何となく二人の距離が縮まり、お互いの唇が触れ合うその時

ダシン!!!

俺の顔面に猫キックがめり込んだ。

「っっいってぇぇーーーーっ!!!」

「だっ大丈夫ですか?タルクさんっ!こらスカイ、だめじゃないか!怪我人なんだぞ?!」

「……俺の顔面、陥没してない?鼻ある?」

「あります!凄く格好良い鼻があります!」

「………目は?」

「めちゃくちゃキリッとして格好良い目があります!」

「口は?」

「分厚くてセクシーで、素敵な口があります!」

「顔は?」

「タルクさんのイケメンな顔は無傷です!」

俺は我慢出来ずに両手で顔を覆って俯いた。自分で言わせたのに恥ずかしかった。

「…タルクさん?どっか痛みます?顔、真っ赤ですよ?」

心配そうに尊が覗き込んで来るが、頭を振って否定する。もう、あのクソ猫に蹴られたことなんて、どうでも良い。

「あ……ありがとう……」

「え?………あっ!」

尊も、顔を覆って俯いた。二人とも顔が真っ赤だ。
真ん中にクソ猫が陣取って、俺をジロジロと見て、フンッと鼻息荒く去って行った。

「お、俺も……尊の可愛い目も、鼻も、口も……全部、全部、大好きだ……でも、一番好きなのは、尊の心だ」

「心?」

二人とも、いつの間にか顔を覆っていた手を降ろして見つめ合っていた。台所の床で。

「こうして、良く知らない俺の為に頑張ってくれる尊の心が好きだ」

俺の周りに散らばる大量の紙を大切に一枚ずつ集めていく。
その一枚一枚に、尊の優しさが詰まっていて愛しくて文面をなぞる。
俺は尊の気持ちを無視して一方的な行為をして、殴る程に嫌われたのに、尊は俺を助けてくれた。その上、自分のせいで、と泣きながら額を床に着けて謝った尊。
その心の清らかさに惹かれたんだと、改めて実感した。

「その、あの……僕は、まだ……」

「分かってる」

そっと尊に腕を伸すと、尊は怯えることなく、すっぽりと俺の腕に収まった。嬉しい。柔らかく温かい存在が腕の中にいる幸せ。涙が出る。あの猫、来ない。

「今更だけど、ここで俺と暮らしてもらえないか?決して尊の嫌がることはしない」

「……ほんとに?」

腕の中から、おずおずと上目遣いの尊が見上げてくる。あー……俺の理性頑張れ。

「…もちろん。神に誓う」

あ、なんか嘲笑う声が聞こえた気がしないでも無い。でも、あの神は今は持病の腹痛でいないはず。

「じゃ、じゃあ、僕も、何があっても、もうタルクさんを殴らないって神に誓います」

「そんなこと言っていいのか?俺が何かするかもしれないぞ?」

「え……嫌がることはしないんですよね?」

「あー……しない」

自分の首を締めたかもしれない。だいぶ。

「ふふっ、お互い協力し合って暮らしましょう?」

「あぁ、そうだな」

ゆっくりと尊を抱き締めた。もう尊は逃げなかった。
力を入れたら潰れてしまいそうに小さい温もり。
俺は生まれて初めての、深い幸福感に満たされていた。
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