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第一章
絆
しおりを挟む意識が浮上すると、誰かが泣いてる声が聞こえた。
「うっ、うっ、ごめんなさい、なんてことを…」
「神様を、傷付けて、私たちは、なんと、愚かな、」
薄っすら目を開けると、豚の親子…じゃなかった、この家の家族が床に伏せて泣いていた。
「…あの…」
声が酷く掠れていた。
不思議と身体は痛く無い。
ゴホッと咳き込む。
ハッと気付いた子供が声を上げる。
「ダーダ、ダード!神様が起きたよ!ほら!」
巨体の二人も振り仰ぎ、安心したように泣きながら口々に祈り出す。
「おお、なんという奇跡…まさに神のお力…」
「ありがたいことだ、これも全て神様のおかげだ」
僕は、どうしても急いで聞きたかった。
「あのっ、ゴホッ、リアムさんは?!リアムさんは無事ですか!!」
二人とも下を向いて押し黙る。
「リアムさんって、あの悪魔のこと?」
子供が悪気なく聞いてくる。
「悪魔じゃない!血を流して外で倒れてた人だよ!彼が僕の伴侶だと思う、じゃなかった、伴侶です!!」
「「な!!!???」」
二人の巨体が、ガクガクブルブルと震えだす。
「神の伴侶に、私たちは、なんてことを」
「天罰が下る…しかし、あのような悪魔と、なぜ神様が…そのようなことが…」
僕は、少しイライラとしていた。
「あの!リアムさんはどこにいるんですか?!彼は無事なんですか?!」
巨体二人が目で会話をして、のそのそと隣の部屋へと案内してくれた。
そこは、狭くて埃っぽい倉庫のようなところで。
その床に、血まみれのリアムさんは転がされていた。
「申し訳ありません…私共も、どうすれば良いかわからずに…」
「まさか、神様の伴侶様と分かっていれば、手当ても致しましたが、その…」
さっきまで殺そうとしていたくらいの奴を家に入れただけでも、随分譲歩してくれたんだろう。
でも、リアムさんの身体の下には血溜まりが出来ていた。
それなのに、誰もリアムさんに近寄ろうともしない。
「すみません!僕が手当てをしますので、お湯やタオル…いや、柔らかい布をたくさん用意してもらえますか!もし傷につける薬のような物もあれば、あと栄養が取れるようなスープとか」
僕が言うと、皆が息を飲む。
「そっ、そんな!神様がそのような者の手当てをするなど!」
「そうです、悪魔と関わるなど、神様が汚れます!」
僕は、すっかり頭に来ていた。
誰にって、自分に、だ。
すうっと大きく息を吸って、ゆっくり吐く。
心を落ち着けて、低い声で、でもよく通る声ではっきりと断言する。
きっと彼らが、最も動いてくれそうな言葉を。
「リアムさんが死んだら、僕…神も死にます」
こめかみが、ピキピキと音を立てていた。
そこからは、血相を変えて家族全員が手際良く治療を手伝ってくれた。
僕一人では、こんな大きな人の治療なんて出来なかったと思う。
本当は、この家族は、とても良い人達なんだろうと思う。
「ふぅ、ひとまずこのくらいかな?リアムさんの顔色も少し良くなったみたいだし。ありがとうございます!お手伝いして頂けて助かりました!」
笑顔で御礼を3人に言うと、ものすごく気まずそうにしている。
そりゃ、そうだよね。
殺そうとした相手だもんね。
「それに、ごめんなさい。僕が、ちゃんと説明しておけば良かったんです。彼が僕の伴侶ですって」
白くてサラサラのリアムさんの髪を指で掬く。
まあ、僕も知らなかったんだけどね。
でも、この二人を見てて、鈍い僕にも分かった。
「僕、まだ、この世界のことを良く知らないから…でも…彼が僕の大切な人なのは、本当です」
きっと、この世界の伴侶の意味は、僕の知ってる意味と同じだ。
結婚も。
僕は、ごめんなさい、と3人に向けて頭を下げる。
「いえ!そんな!私共に頭を下げるなど、滅相もございません!」
「そうです!罰当たりが過ぎます!」
子供が慌てる二人を指さして笑う。
なんとなく四人で顔を見合わせて笑う。
「ところで、この近くに街ってあるんですか?リアムさんが回復したら、出来れば街に行ってみたくって」
僕が訴えなければ問題無いんじゃないかと思っていた。
処刑されるようなことをしたとバレなければ普通に街で暮らせるんじゃないかと。
僕の問いに、ダーダとダードの二人が少し険しい顔になる。
「それは…その、伴侶様も連れて行かれるおつもりで?」
「?はい、もちろん」
「…それは、止めた方がいいかもしれません」
暗い表情で、はっきりと言われた。
僕が全てを理解出来るまで、あと三十分。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ…なんだよ、この国」
僕は、リアムさんの隣で薄い布団に包まって横になる。
どうしても、ここで寝ると二人を説得して、ここに布団を引き込んだ。
リアムさんの下にも、同じ薄い布団。
お揃いだ。
「リアムさんが悪魔って、そんな訳あるか。ただ人種が違うだけじゃんかよ…」
ダーダに聞いたところによると、この国では美しさが何より美徳とされ、最優先される。
その美しさとは、この国が崇める絶対神と、どれだけ似通った姿か、ということ。
その絶対神というのが、こんな僕にそっくりなんだと。
黒い髪に黒いつぶらな目。
ぽちゃぽちゃの太めで、コロコロと短い手足。
要するに、小ぢんまりと丸く太った日本人。
正反対で明らかに西洋人のリアムさんは、この国では迫害の対象で…街を歩くだけでも石を投げられたり、物を買うことさえも難しいらしい。
あのマットとか、どうやって買ったんだろ。
「つーか、この国がそういう人種が多いだけだろ?リアムさんは、明らかにヨーロッパ系だもん。なんだそれ、そんなんで迫害されるとか信じらんない」
ブツブツ、と文句を言いながら熱に苦しむリアムさんのおでこを濡らしたタオルで冷やす。
汗を拭いてあげると、ほっと息をついている。
左腕は、何かの動物に噛まれたのかもしれない。
深い噛み跡があって、たくさん血も流れてしまった。
汚れは洗い流したし薬も塗ったけど、治るかどうか…
「リアムさん、早く元気になって。そして、リアムさんが格好良いって言われる国へ行こう。ううん。僕が必ず連れて行ってあげる」
僕はリアムさんの手を握り締めて、いつの間にか眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うー…苦しい…」
なんだか、身体が重い。
大蛇とか飼ってる?この家。
まさか絞め殺されたりしないよね?
こわごわと目を開けると、僕に巻き付いていたのは、あのリアムさんで。
ボロボロと泣いていた。
「尊様、尊様、尊様…」
泣きながら繰り返して僕を呼ぶ切ない声色に、僕の胸も張り裂けそうに痛んだ。
「ごめんなさい、リアムさん。ごめんなさい、ごめんなさい…」
何度も謝りながら、二人でいつまでも抱きしめ合っていた。
リアムさんが生きてることが何より嬉しかった。
「ゴホン」
部屋の外から咳払いが聞こえて、完全に忘れてたダーダ達を思い出して、二人共、慌てて離れる。
「お食事をお持ちしました。お召し上がりになりますか?」
僕もリアムさんも、ぐう、とお腹が鳴った。
ほっとして、やっとお腹が空いたのを実感した。
「あっ、ありがとうございます!いただきます!」
「…尊様、どうぞいってらっしゃいませ」
リアムさんは立ち上がらなかった。
まだ青くて汗ばんだ顔で微笑んでいる。
「え?なんで?立てないんですか?なら僕の肩をつかんで…」
僕が手伝おうとすると、リアムさんは首を振って僕の肩を優しく押し返す。
「いえ、私がいると皆様、召し上がれませんから」
僕は意味が分からずポカンとして、それから泣きそうになった。
「じゃあ、じゃあ!僕もここで食べます!待ってて!」
僕は、ダーダさん達を説得して、リアムさんと二人だけで狭い倉庫で食べた。
看病と一緒に埃は掃除してくれたから、全然平気だ。
ダーダ達も、僕が出てこないことは残念がっていたけれど、リアムさんが出てこないと聞いて、ほっとしているみたいだった。
モヤモヤとするけれど、その感覚を僕がとやかく言うことは出来ないのも分かる。
きっと恐いんだろうな、他の人種を。
多分、見慣れていないから。
「ところでリアムさん、その腕の傷…一体どうしたんですか?」
ずっと気になっていたことを聞く。
リアムさんは僕がどうして居なくなったかなんて聞かない。
それなのに、急に居なくなった僕だけが質問してる。
「これは…尊様を探してる途中、狼の群れに囲まれまして。なんとか馬は逃して魔法で押し退けたと思ったら、最後の最後に、ガブリ、と。私の詰めが甘かったようです」
「…痛かったでしょう。僕のせいで…ごめんなさい。狼の群れって恐ろしいんですね…リアムさんは凄く強いのに…」
「…大きな攻撃をすれば危険は避けられましたが、万が一、尊様が近くに居たら…それを考えれば、私が噛まれた方が遥かに良いと判断しました」
リアムさんは晴れた青空のように爽やかに笑った。
こんなに晴れやかな顔は見たことがなかった。
僕は、この人のことが…
「いえ、お気になさらないで下さい、この程度の怪我。ほんの些末なことです。魔力が回復したら、自分で治しますから」
「リアムさんの魔力、僕を助ける為に全部使い切っちゃったんですよね…そのせいで、こんなに辛いままで…ごめんなさい」
リアムさんは寂しそうに、また笑う。
「そんなことよりも、尊様の身体に跡が残らなくて、本当に良かったです。もし、あの瞬間、私の意識が戻らなければ、尊様は、私を庇って、あのまま…ふぅっ、たける、さまっ」
リアムさんが、とうとう泣き出した。
薄い水色の瞳が、うるうると潤むと、宝石みたいに綺麗で、なのに悲しくて、僕も泣いてしまう。
「ぐすっ、リアムさん!僕を、僕を助けてくれて、ありがとうございました!僕ばっかり、全部、治して、もらってっ、ひっく」
出来るだけ笑おうとするけど、上手く笑えない。
涙がポロポロ溢れて拭っても拭っても溢れてくる。
「ふぐっ、私の方こそ、尊様には何度も何度も助けられました…生ける屍だった私が、これほどに幸せな時を過ごすことが出来て、まさに奇跡の連続でした…愛する人と共に過ごし、笑いかけてもらえた喜びを胸に…旅立てます…ぐずっ」
「?リアム、さん…?」
淡く透き通った美しい宝石のような瞳でしっかりと僕を見据えて、リアムさんは晴れやかに言い切った。
「私は王都へ戻り全てを告白し、この身に罰を受けます。尊様もお連れ致しますので、神の子として、すぐに王との謁見となりましょう。御寵愛を受けるのは当然として、私のことなど綺麗さっぱり忘れて自由に、楽しくこの世界を生きて行って下さい。貴方様には、その権利があります」
「え…?」
「私が死ねば、貴方様の首にある印も自然と消えます。勝手にそのような印を付けてしまったことも…重ねてお詫び致します。ですが、それで、晴れて尊様は自由の身。私の存在が無くなれば、国王との婚姻も直ぐに結べましょう」
そう、何の後悔も無いように笑顔で続ける。
「既にここは王都まで馬で一週間程の距離。どこかで馬を新しく調達致しますので、ご心配には及びません。私との旅もあと一週間の辛抱です。どうぞお許しください」
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