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第一章

のろし

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僕は自分の気持ちが良くわからなかった。

あれから2週間程は経っただろうか。
毎日、毎日、食事か寝るか狩りか移動か。
結局、僕達は街へは行っていない。

僕が行かないって断り続けているから。
リアムさんは、僕の意見には反対出来ないらしい。
でも、行き先は分からないままに、二人での旅は続いている。

これだけ進んでいるのに、一切、人には会っていない。
今も、人気の無い森の中の小道を延々と馬で進んでいる。
あの小型マットのお陰で僕のお尻は、色んな意味で無事だ。


今は、朝ごはんをリアムさんが捕りに行ってくれている。
僕はいつもお留守番。
運動神経ゼロの僕には狩りは無理だからと、すっかりリアムさんに何もかも任せてしまっている。
ダメ人間だなぁ、僕って…

リアムさんは、ヤバいけど、本当に凄い人だった。
次々と目も眩むような魔法を駆使しては野生動物を狩って、手際よく捌いて、あっという間に美味しい料理を作ってしまう。
料理男子って、格好いいよね。
薬草や食べられる果物にも詳しくて、手渡される物は知らない物ばかりだけど、リアムさんが教えてくれるから、つい安心して食べてしまう。
しかも、そのどれもが美味しいんだ!!
この世界は美味しい物で出来てるんじゃないかと思うくらいに。

それに…
真剣な眼差しで魔法を操るリアムさんの横顔。
刃物や魔法を使って獲物を手際よく捌くリアムさんの引き締まった上腕。
美味しい果物を見つけて無邪気に喜ぶリアムさんの笑顔。

そのどれもが僕の胸を高鳴らせる。
あんな酷いことされたのに。
なんで、また触れてくれないんだろうと寂しくなったり、嫌われてるんじゃないかと不安になったりもする。
僕にはもう興味が無くなったんだろうかと、一人で落ち込む日さえある。
時折、熱い眼差しを向けられても、すぐに逸らされるから。
その度に、僕は自分がもっと格好良ければ、と唇を噛む。太ってる自分が惨めになる。

あんなことされたのに…?
でも、もっと僕を見て欲しい。
いや、でも、リアムさんは男で…僕は女の子が好きで。
僕は…自分の気持ちが分からなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ゆっくり待っていて下さい…愛しい人」

朝、狩りに出かける前に、リアムさんから頬に口付けられた。
久しぶりの触れ合いに、僕は全身が真っ赤になったと思う。
思い出すと、今も、僕のまん丸な頬が熱くなる。

「あれは、この世界の挨拶?だと思おう…」

この世界の普通が分からないから、何もかもが判断が出来ない。
リアムさんは、口を開けば、僕が美しいだの、綺麗だの…
そんな筈が無いのは僕が誰よりも分かってるけど。


ふと、出会った時を思い出す。
はっきり言って、リアムさんの第一印象は最悪だった。
あの暗い洞窟で転がったり、スライディングしたり…寝てる僕にあんなこともされて、正直、ド変態だと思った。
その挙げ句、馬の上であんなことまでされて…
嫌だった筈なのに、思い出すと下半身に熱が集まって、どうしようもなくなる。

ほんとに、リアムさんは最低だと思う。
それなのに、リアムさんは本当に優しくて、格好良くて、真剣な横顔も素敵で、魔法を使う後ろ姿も逞しくて綺麗で、男らしくて、頼り甲斐があって、笑顔が可愛くて、僕を何より大切にしてくれて、意外と無邪気で、それに、それに…

とにかく、リアムさんを罰したいなんて、もうこれっぽっちも思っていない。
ただ、やっぱり不安はある。

「うーん、でもなぁ、やっぱり他の人に一度は会いたいんだよなぁ…」

リアムさんを信じてない訳じゃない。
きっと、もう嘘はついてないことも分かる。
それでも、他の人に会ってみたい。
この世界について、僕について、リアムさんについて、他の意見を聞きたい。

空を見上げる。
僕の世界と同じ空にしか見えない。
どこまでも続く青い空、空、空…まるでリアムさんの瞳みたいにきれいだなぁ。
それに、リアムさんの髪のように細くて優雅な白い雲、雲、雲、煙…

煙…

けむり?!

僕は、ハッとそちらの方向を凝視する。

「あれ、煙、だよね?」

そう、それは森の木々の間から立ち昇る煙だった。
リアムさんか?
いや、でも僕のところで焚き火をしてるんだから、他で火を使う必要も無いんじゃないかな。
リアムさんが向かった方角とも違うし…
まさか、誰かこの世界の人がいる?
どうしよう、行ってみたいけど、でもリアムさんが帰ってきたら…

チラチラとリアムさんが向かった方角を覗く。
人影は見えない。
きっと、まだしばらくかかるだろう。

「ちょっとだけ、見に行ってみようかな…」

別にリアムさんは、僕の保護者でも何でも無い。
偶然出会って、ここまで連れて来てくれただけの他人だ。
そう考えると、胸がズクンと痛んだ。

書き置き…は、ここには紙もペンも無い。
考えてるうちに、そこに居るかもしれない人を逃すのも嫌だ。
次なんて無いかもしれないんだから。

「うん!僕だって大人なんだから別に心配されるいわれもない。僕がいなくなったら、リアムさんも負担が減って、返って清々するかも」

口に出した途端に胸がぎゅうっと苦しくなって泣きたくなった。
それに気付かないふりをして、再び煙の方角を確かめて、森の中へと踏み出して行く。

「よし、大丈夫!がんばれ、がんばれ、自分!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あれから森の中を歩いて歩いて、どれくらい経ったんだろう。
遠目には近いと思った距離は、歩いても歩いても、全然近くならなかった。
もしかしたら、リアムさんは、とっくにあの場所へ戻って来てるのかもしれない。
僕が居ないと知って、どんな顔をしてるだろう。
お荷物が居なくなって、ホッとしてるのかな。
それとも…

ぶんぶんと頭を振って、今はひとまず忘れようと前を向く。

僕は、この世界について、他の誰かに聞きたいんだ。
その一心で歩いて行く。
歩いて歩いて、躓いて、歩いて…汗をたくさんかいた。
太ってるから、汗だくで土まみれだ。

「あ…」

森の中の少し開けた場所に、こじんまりとした家が建っていた。
煙突から煙も出てる。
ここだ。間違いない。
きっと人もいる。

どうしよう、と悩んで茂みから覗いて様子を見る。

「じゃあ、取ってくるねー、ダーダ」

子豚…いや、子供が出てきた。
子豚みたいな、丸々とした子供だった。
人間だ。
話してる言葉も分かる!

家の前の畑らしきところに歩いて来ると、野菜を収穫し始めた。
これは、もしかしてチャンスかもしれない。

僕は、そっと茂みから前へと進んだ。

「あ、あの…」

恐る恐る声をかけると、パッと子供が振り返った。
目が合う。
途端に、ハクハクと、子供が口を開閉している。
よほど驚かせてしまったようだ。

「あの、ごめんなさい!驚かせて。僕、教えてもらいたいことが」

瞬間、子供が家へ向かって走り出した。
太ってるから、転がっているようにも見える。

「神様だーー!!!ダーダ!ダーダ!来て!」

どうしよう、なんかやばいかもしれない。
僕は立ち尽くすしか出来なかった。
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