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第一章
自分なんていないほうがいい
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真っ暗なビルの屋上。
目の前は、明るい夜の街。
強い風が吹いて、まだ秋になったばかりなのに、とても寒い。
僕は肉があるから寒さに震えたりしないけど。
「ふふっ、寒い時には太ってるのも役にたつ…か」
自嘲気味に笑う。
こうして自尊心を傷付けてまで得て来たものは、僅かな失笑と憐れみの視線。
でも、そうやって生きるしか僕には術が無かった。
何をやっても、グズでノロマで…
けど、そんな一生も、今日で終わりだ。
ビュウ、と一段と強い風が太めの僕の身体を押し返そうとする。
あと一歩踏み出せば…僕は全てから解放される。
この見た目からも、周りから受ける嘲笑からも。
今日は、生まれて初めて、憧れのキャバクラに行ったんだ。
必死に働いて働いて、ようやく貯めたお金を持って。
この為に、コンビニのバイトと、道路工事のバイトもかけ持ちした。
眠たい目をこすって夜勤にも耐えたし、暑い日差しの中、立ちっぱなしで道路工事も頑張った。
それもこれも、ただ、女の子と話がしたくて。
でも、いざ勇気を出してキャバクラに入ってみたら…
僕はキャバ嬢達に、思いっきりバカにされた。
「ありえないんだけどー!!なにこの生き物?超ちっちゃい~かわいい~ぷにぷに!!ウケるー!!」
僕の頭をぐりぐりとなでては笑い、僕のパンパンに膨らんだ頬を抓っては笑い転げるキャバ嬢たち。
僕は、確かに小さい。
身長は150cm
体重75kg
顔も小さいし、ぷっくりしてて、とにかく何もかもが、子供サイズというか、大き目のぬいぐるみサイズ。
似てるのは、あの猫型バスに乗れる灰色の生き物の肩に乗ってる奴。
かわいいと言えば聞こえは良い。
でも、僕はもう25歳。
勿論、今まで誰とも付き合ったこともないし、勇気を振り絞って告白しようとすれば、その気配だけで、すぐ拒否られて…これまで告白すらまともに出来なかった。
だから、お金を払ってでも、女の子と話がしたくって汗水垂らして、ようやく…ここまで来たのに。
僕をネタにして、大笑いして、僕をバカにしてくる女の子たちに殺意が沸いた。
けど、こんな僕に何か出来るわけもなく。
ただ、泣くほど笑うキャバ嬢たちに合わせて作り笑いをして、それだけで僕の初めてのキャバクラは終わった。
それで、僕が必死に貯めたお金は全て無くなった。
皆が口を揃えて言うように、ほんとうにバカでグズでノロマなんだろうな、僕は。
目の前の夜景が、なんだか遠い世界のようにさえ感じる。
まるで、膜一枚を隔てて見ているように歪んで見える。
ああ、死ぬ前って、こんな感じなのか。
目を閉じて震えながら、でも確実に最後の一歩を、前に踏み出す。
涙が溢れる。
後悔しかない人生だった。
こんな僕を産み育ててくれた今は亡き両親への謝罪ばかりが頭を巡る。
ふわりと体が空中に放り出される何とも言えない感覚。
さよなら…僕の人生…
でも、これでようやく解放される…
もしも生まれ変わったら、たった一人。
僕を愛してくれる人と巡り会いたい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は暗い気持ちのまま王都への帰路についていた。
長い付き合いの愛馬でさえも、疲れたようにトボトボと歩く。
仔馬の頃から甲斐甲斐しく世話をしてきた愛馬でさえ、こんな私を乗せるのが嫌なのかもしれない。
遠方の村からの要請で魔石を配る為に、はるばる王都から1ヶ月かけて、たった一人で急いで馬を駆ってやって来たけれど。
本来、民に歓迎される魔術師という立場だが、到着した私を一目見て、村長や村の者たちの視線は酷く冷たいものになった。
理由は分かっている。
私が…人と言うには、あまりにも醜いからだ。
「こちら、ご要望のあった魔石50個です。ご確認下さい」
気持ちを切り替えて、魔術師としての仕事をする。
他の魔術師は決して行かないような辺鄙な場所への魔石配りは私のルーティンワークだ。
しかし、そこで受ける待遇は、どこへ行っても、常にこれと同様だった。
私の魔力を満タンに込めた魔石は薄汚れた空き箱に適当に詰め込まれ、どこぞの民家の裏手へと放り投げられる。
私のように醜い者が込めた魔力を使いたいという者は、まず居ない。
どうしても必要な時にだけ少し使って、すぐに捨てられる程度の利用価値だ。
「…遠方からわざわざ、ありがとうございました。魔術師様の為の宿をご用意致しましたので、ごゆっくりお休み下さい」
村長が目も合わせず、棒読みで言い捨てて去って行った。
魔術師様の為、と用意された宿屋はボロボロの納屋だった。
朽ちた柱に馬を繋いで、隅に丸まってローブを被って横になる。
馬の為の水と餌を用意してもらえたのは、ありがたかった。
私も硬いパンと水が貰えた。今日は幸運だ。
このような扱いを受けることは仕方のないこと。
当然なのだ。
私は、生まれつき酷く醜い。
魔術師という特別な能力のおかげで、なんとか王都でも職につけているが、そうでなければ、この国で仕事なんて見つからなかっただろう。
この能力を与えてくれた両親と神に感謝すべきだ。
容姿の美しさが最も重要視されるこの国で、美しさとは、一言で表せば丸みである。
顔や体型、目鼻立ち。
その全てに必要なのは、丸み。
無限の豊かさを象徴する、丸み。
そして高貴さを示す黒い髪や目。
みんなの憧れは、勿論、かの麗しき国王様である。
豊かな黒髪、黒目、そして豊かな体。
顔つきも丸くて、本当に美しい。
あのような姿が私とて理想だが…現実はかくも甘くない。
私の髪は真っ白だ。
目は、赤子も泣き出す薄い水色。
肌も死霊のように白い。
そして、体は縦にひたすら細長い。
背はバカみたいに高く、馬の視線と同じ高さまである。
細長さをごまかそうと常に猫背だが、それが却って不気味だそうだ。
まるで子供の絵本に出てくる巨大な魔物の虫のような私を、皆は恐怖を湛えた目で見る。
子供は皆、泣いて逃げて行く。
私も、こんな容姿でなければと何度思ったことか。
髪も染め粉で黒くしようとしたが、何度染めても私の髪は一向に染まらなかった。
私の両親も、容姿には恵まれていない。
そのために、たくさんの苦難を乗り越えて、私を産み愛情深く育んでくれた。
勿論、両親に感謝はしているが、両親の悪い所ばかりを集めて更に悪化させたような酷い容姿の自分を…私は愛せない。
薄暗い気持ちのまま明け方には村を出て、街道沿いを馬に乗ってトボトボとした足取りで王都へと向かう。
醜く厄介者の私が居ない方が、他の魔術師達にとっては過ごしやすいらしく、3ヶ月は帰って来なくて良いと言われている。
戻っても、全ての雑用を一気にこなした後には、すぐにまた、どこか遠方の村へ向かうことになるだろう。
いっそのこと、逃げてしまおうか…そんな世迷い言まで頭に浮かんでは消える毎日。
しかし、魔術師として働く私を誇りだと喜ぶ両親の姿を思い返すと、そんなことは出来ない。
時間はたっぷりある。
いつものように野宿でもしながら、ゆっくりと帰るとしよう。
黒く分厚いローブのフードを深く被り、ぼんやりと誰も通らない薄暗く細い街道を進む。
私は、常に魔術師の黒いローブを身にまとい、そのフードを深く被っている。
顔や髪が、極力周りから見えないように。
ローブも下の衣服も、私自身には一生手に入ることのない、憧れの黒一色だ。
この色に包まれたいとの願いから、常に、この出で立ちだ。
あまりに黒ばかり着るせいで、周りからは悪魔の化身と呼ばれていることも分かっているが、これは変えられない。
私が華やかな色を身に纏うことなど、生涯有り得ない。
深い溜息を吐きながら馬をゆっくりと進ませていると、夕刻近く、急に空模様が怪しくなってきた。
今日は晴れだと空詠みが言っていたのに。
この雄大な空さえも、醜い私のことが憎いのか…
そんなことを考えながら、慌てて馬を走らせる。
どこか近くに雨宿り出来るところを探さなくては。
しかし、この辺りは細い街道と深い森が広がるばかりで、建物なんてものは当然見当たらない。
そういう道を選んでいるのだから。
雨がポツポツと降り出したと思ったら、急にその勢いを増し、嵐のような強風も轟々と吹き付け、視界さえも危うい。
ただでさえ薄暗い道が、もはや真夜中のように真っ暗だ。
雷も近づいているのか、ゴロゴロと低い音が鳴り響く。
どこまでも、何をしても、私は神に嫌われている。
私は、豪雨に打たれるついでに、泣いていた。
もう全てが嫌になって、押し込めていた醜くドロドロとした黒い感情が溢れ出す。
「くそっくそっくそっ!!!神よ!!何故私にばかりこんな仕打ちを!!こんな人生もう嫌だ!!いっそ消えてしまいたい!こんな世界ごと、何もかも消えてしまえ!!もしも、本当に神が存在するなら、誰か…誰かたった一人でも、私を受け入れ、愛してくれる人をくれたっていいじゃないかーーーっっ!!!」
強い雨の音と雷に紛れて、空に向かって声が枯れる程に叫ぶ。
普段は決して表に出さない私の願望。
でも私は、既に神なんて信じていない。
これまで何度も願っても、一つも叶えてもらえたことは無かったのだから。
人は平等なんかじゃない。
神に選ばれた者だけが幸福になるのだ。
私の中では、何か、とてつもなく黒いものが膨れ上がって破裂しかけていた。
ーーーッドオオオンンンッ!!!!!
私が叫び終えた瞬間、とてつもない光と共に、雷が私のすぐ近くの大木へと落ちた。
あまりの光と音と衝撃に、驚いた馬から思い切り振り落とされた。
私は大雨の中、沼のようにぬかるんだ地面に、しこたま全身を打ち付けた。
これも神を冒涜した罪か。
これが神か。
何もしてくれはしないのに罪だけは与えるのか。
落雷のあった大木は焼け焦げているものの、強い雨で燃え広がることは無さそうだ。
愛馬は、なんとか遠くへは逃げずに、こちらを気にしていてくれている。
だが、雨に打たれ続けた身体はすっかり消耗し、顔も服も荷物も全てが泥だらけで全身が激しく痛んだ。
骨は折れていないようだ、と痛みに耐えて手足を動かしながら、細長い自分の手足にがっかりする。
私に丸みは一欠片も見当たらない。
これほど醜くて心まで汚れきった私を愛してくれる者など、現実に現れるはずがなかった。
「ふふ、遂に気が触れたか…もう、私など…」
雨に打たれながら、散らばった荷物を集めようと周りを見渡す。
ふと、雷が落ちた方を見ると、木の陰で何かが動いた気がした。
動物か?いや、それにしては動きがおかしかった。
まさか、近くに人が居て、巻き込まれた?
ならば、ケガをしているかもしれない。
どうしよう、見に行って手当てをした方がいいだろうか。
私は治療魔法も可能だ。
でも、私が現われたら嫌がられるか、怯えられるか…罵声を浴びせられるのは、今日はもう辛い…
しかし、いや、でも…
逡巡していると、更にその何かが話す声が聞こえた。
間違いなく人だ!
しかも、強い雨音でよく聞き取れないが、声の雰囲気からして、かなり困ってるらしい。
私は、そろそろと木の影に身体を隠しながら馬をひいて近付いた。
あれ程、体が痛かったのに、私を包む不思議な高揚感から、ゆっくりとだが足は前へと進んだ。
そして、遂に声の主を見た。
目の前は、明るい夜の街。
強い風が吹いて、まだ秋になったばかりなのに、とても寒い。
僕は肉があるから寒さに震えたりしないけど。
「ふふっ、寒い時には太ってるのも役にたつ…か」
自嘲気味に笑う。
こうして自尊心を傷付けてまで得て来たものは、僅かな失笑と憐れみの視線。
でも、そうやって生きるしか僕には術が無かった。
何をやっても、グズでノロマで…
けど、そんな一生も、今日で終わりだ。
ビュウ、と一段と強い風が太めの僕の身体を押し返そうとする。
あと一歩踏み出せば…僕は全てから解放される。
この見た目からも、周りから受ける嘲笑からも。
今日は、生まれて初めて、憧れのキャバクラに行ったんだ。
必死に働いて働いて、ようやく貯めたお金を持って。
この為に、コンビニのバイトと、道路工事のバイトもかけ持ちした。
眠たい目をこすって夜勤にも耐えたし、暑い日差しの中、立ちっぱなしで道路工事も頑張った。
それもこれも、ただ、女の子と話がしたくて。
でも、いざ勇気を出してキャバクラに入ってみたら…
僕はキャバ嬢達に、思いっきりバカにされた。
「ありえないんだけどー!!なにこの生き物?超ちっちゃい~かわいい~ぷにぷに!!ウケるー!!」
僕の頭をぐりぐりとなでては笑い、僕のパンパンに膨らんだ頬を抓っては笑い転げるキャバ嬢たち。
僕は、確かに小さい。
身長は150cm
体重75kg
顔も小さいし、ぷっくりしてて、とにかく何もかもが、子供サイズというか、大き目のぬいぐるみサイズ。
似てるのは、あの猫型バスに乗れる灰色の生き物の肩に乗ってる奴。
かわいいと言えば聞こえは良い。
でも、僕はもう25歳。
勿論、今まで誰とも付き合ったこともないし、勇気を振り絞って告白しようとすれば、その気配だけで、すぐ拒否られて…これまで告白すらまともに出来なかった。
だから、お金を払ってでも、女の子と話がしたくって汗水垂らして、ようやく…ここまで来たのに。
僕をネタにして、大笑いして、僕をバカにしてくる女の子たちに殺意が沸いた。
けど、こんな僕に何か出来るわけもなく。
ただ、泣くほど笑うキャバ嬢たちに合わせて作り笑いをして、それだけで僕の初めてのキャバクラは終わった。
それで、僕が必死に貯めたお金は全て無くなった。
皆が口を揃えて言うように、ほんとうにバカでグズでノロマなんだろうな、僕は。
目の前の夜景が、なんだか遠い世界のようにさえ感じる。
まるで、膜一枚を隔てて見ているように歪んで見える。
ああ、死ぬ前って、こんな感じなのか。
目を閉じて震えながら、でも確実に最後の一歩を、前に踏み出す。
涙が溢れる。
後悔しかない人生だった。
こんな僕を産み育ててくれた今は亡き両親への謝罪ばかりが頭を巡る。
ふわりと体が空中に放り出される何とも言えない感覚。
さよなら…僕の人生…
でも、これでようやく解放される…
もしも生まれ変わったら、たった一人。
僕を愛してくれる人と巡り会いたい。
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私は暗い気持ちのまま王都への帰路についていた。
長い付き合いの愛馬でさえも、疲れたようにトボトボと歩く。
仔馬の頃から甲斐甲斐しく世話をしてきた愛馬でさえ、こんな私を乗せるのが嫌なのかもしれない。
遠方の村からの要請で魔石を配る為に、はるばる王都から1ヶ月かけて、たった一人で急いで馬を駆ってやって来たけれど。
本来、民に歓迎される魔術師という立場だが、到着した私を一目見て、村長や村の者たちの視線は酷く冷たいものになった。
理由は分かっている。
私が…人と言うには、あまりにも醜いからだ。
「こちら、ご要望のあった魔石50個です。ご確認下さい」
気持ちを切り替えて、魔術師としての仕事をする。
他の魔術師は決して行かないような辺鄙な場所への魔石配りは私のルーティンワークだ。
しかし、そこで受ける待遇は、どこへ行っても、常にこれと同様だった。
私の魔力を満タンに込めた魔石は薄汚れた空き箱に適当に詰め込まれ、どこぞの民家の裏手へと放り投げられる。
私のように醜い者が込めた魔力を使いたいという者は、まず居ない。
どうしても必要な時にだけ少し使って、すぐに捨てられる程度の利用価値だ。
「…遠方からわざわざ、ありがとうございました。魔術師様の為の宿をご用意致しましたので、ごゆっくりお休み下さい」
村長が目も合わせず、棒読みで言い捨てて去って行った。
魔術師様の為、と用意された宿屋はボロボロの納屋だった。
朽ちた柱に馬を繋いで、隅に丸まってローブを被って横になる。
馬の為の水と餌を用意してもらえたのは、ありがたかった。
私も硬いパンと水が貰えた。今日は幸運だ。
このような扱いを受けることは仕方のないこと。
当然なのだ。
私は、生まれつき酷く醜い。
魔術師という特別な能力のおかげで、なんとか王都でも職につけているが、そうでなければ、この国で仕事なんて見つからなかっただろう。
この能力を与えてくれた両親と神に感謝すべきだ。
容姿の美しさが最も重要視されるこの国で、美しさとは、一言で表せば丸みである。
顔や体型、目鼻立ち。
その全てに必要なのは、丸み。
無限の豊かさを象徴する、丸み。
そして高貴さを示す黒い髪や目。
みんなの憧れは、勿論、かの麗しき国王様である。
豊かな黒髪、黒目、そして豊かな体。
顔つきも丸くて、本当に美しい。
あのような姿が私とて理想だが…現実はかくも甘くない。
私の髪は真っ白だ。
目は、赤子も泣き出す薄い水色。
肌も死霊のように白い。
そして、体は縦にひたすら細長い。
背はバカみたいに高く、馬の視線と同じ高さまである。
細長さをごまかそうと常に猫背だが、それが却って不気味だそうだ。
まるで子供の絵本に出てくる巨大な魔物の虫のような私を、皆は恐怖を湛えた目で見る。
子供は皆、泣いて逃げて行く。
私も、こんな容姿でなければと何度思ったことか。
髪も染め粉で黒くしようとしたが、何度染めても私の髪は一向に染まらなかった。
私の両親も、容姿には恵まれていない。
そのために、たくさんの苦難を乗り越えて、私を産み愛情深く育んでくれた。
勿論、両親に感謝はしているが、両親の悪い所ばかりを集めて更に悪化させたような酷い容姿の自分を…私は愛せない。
薄暗い気持ちのまま明け方には村を出て、街道沿いを馬に乗ってトボトボとした足取りで王都へと向かう。
醜く厄介者の私が居ない方が、他の魔術師達にとっては過ごしやすいらしく、3ヶ月は帰って来なくて良いと言われている。
戻っても、全ての雑用を一気にこなした後には、すぐにまた、どこか遠方の村へ向かうことになるだろう。
いっそのこと、逃げてしまおうか…そんな世迷い言まで頭に浮かんでは消える毎日。
しかし、魔術師として働く私を誇りだと喜ぶ両親の姿を思い返すと、そんなことは出来ない。
時間はたっぷりある。
いつものように野宿でもしながら、ゆっくりと帰るとしよう。
黒く分厚いローブのフードを深く被り、ぼんやりと誰も通らない薄暗く細い街道を進む。
私は、常に魔術師の黒いローブを身にまとい、そのフードを深く被っている。
顔や髪が、極力周りから見えないように。
ローブも下の衣服も、私自身には一生手に入ることのない、憧れの黒一色だ。
この色に包まれたいとの願いから、常に、この出で立ちだ。
あまりに黒ばかり着るせいで、周りからは悪魔の化身と呼ばれていることも分かっているが、これは変えられない。
私が華やかな色を身に纏うことなど、生涯有り得ない。
深い溜息を吐きながら馬をゆっくりと進ませていると、夕刻近く、急に空模様が怪しくなってきた。
今日は晴れだと空詠みが言っていたのに。
この雄大な空さえも、醜い私のことが憎いのか…
そんなことを考えながら、慌てて馬を走らせる。
どこか近くに雨宿り出来るところを探さなくては。
しかし、この辺りは細い街道と深い森が広がるばかりで、建物なんてものは当然見当たらない。
そういう道を選んでいるのだから。
雨がポツポツと降り出したと思ったら、急にその勢いを増し、嵐のような強風も轟々と吹き付け、視界さえも危うい。
ただでさえ薄暗い道が、もはや真夜中のように真っ暗だ。
雷も近づいているのか、ゴロゴロと低い音が鳴り響く。
どこまでも、何をしても、私は神に嫌われている。
私は、豪雨に打たれるついでに、泣いていた。
もう全てが嫌になって、押し込めていた醜くドロドロとした黒い感情が溢れ出す。
「くそっくそっくそっ!!!神よ!!何故私にばかりこんな仕打ちを!!こんな人生もう嫌だ!!いっそ消えてしまいたい!こんな世界ごと、何もかも消えてしまえ!!もしも、本当に神が存在するなら、誰か…誰かたった一人でも、私を受け入れ、愛してくれる人をくれたっていいじゃないかーーーっっ!!!」
強い雨の音と雷に紛れて、空に向かって声が枯れる程に叫ぶ。
普段は決して表に出さない私の願望。
でも私は、既に神なんて信じていない。
これまで何度も願っても、一つも叶えてもらえたことは無かったのだから。
人は平等なんかじゃない。
神に選ばれた者だけが幸福になるのだ。
私の中では、何か、とてつもなく黒いものが膨れ上がって破裂しかけていた。
ーーーッドオオオンンンッ!!!!!
私が叫び終えた瞬間、とてつもない光と共に、雷が私のすぐ近くの大木へと落ちた。
あまりの光と音と衝撃に、驚いた馬から思い切り振り落とされた。
私は大雨の中、沼のようにぬかるんだ地面に、しこたま全身を打ち付けた。
これも神を冒涜した罪か。
これが神か。
何もしてくれはしないのに罪だけは与えるのか。
落雷のあった大木は焼け焦げているものの、強い雨で燃え広がることは無さそうだ。
愛馬は、なんとか遠くへは逃げずに、こちらを気にしていてくれている。
だが、雨に打たれ続けた身体はすっかり消耗し、顔も服も荷物も全てが泥だらけで全身が激しく痛んだ。
骨は折れていないようだ、と痛みに耐えて手足を動かしながら、細長い自分の手足にがっかりする。
私に丸みは一欠片も見当たらない。
これほど醜くて心まで汚れきった私を愛してくれる者など、現実に現れるはずがなかった。
「ふふ、遂に気が触れたか…もう、私など…」
雨に打たれながら、散らばった荷物を集めようと周りを見渡す。
ふと、雷が落ちた方を見ると、木の陰で何かが動いた気がした。
動物か?いや、それにしては動きがおかしかった。
まさか、近くに人が居て、巻き込まれた?
ならば、ケガをしているかもしれない。
どうしよう、見に行って手当てをした方がいいだろうか。
私は治療魔法も可能だ。
でも、私が現われたら嫌がられるか、怯えられるか…罵声を浴びせられるのは、今日はもう辛い…
しかし、いや、でも…
逡巡していると、更にその何かが話す声が聞こえた。
間違いなく人だ!
しかも、強い雨音でよく聞き取れないが、声の雰囲気からして、かなり困ってるらしい。
私は、そろそろと木の影に身体を隠しながら馬をひいて近付いた。
あれ程、体が痛かったのに、私を包む不思議な高揚感から、ゆっくりとだが足は前へと進んだ。
そして、遂に声の主を見た。
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