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序章

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「ふんふん~♪」


 雪凪はご機嫌だった。無表情で鼻歌を歌うくらいには。本日の魔法薬学の授業で先生から褒められたのだ。課題の「癒しの聖水」が上手に作ることが出来た。身に纏うと、リラックス効果がある魔法薬である。あとでハンドクリームに加工してみようか、と小瓶に入った液体を雪凪は眺めた。薄い水色をしている。不思議なもので、作った薬は、製作者の魔力が乗るのだ。雪凪の魔力は、薄い水色をしている、ということだろう。


(髪と目と同じなんですね。流石私。主張が薄い。)


 自画自賛なんだかよく分からないことを考えつつ、雪凪は廊下を歩く。先程も言ったが、雪凪は気分が良かった。試験には合格するし、新しい友人が沢山できたし、オタ活にも精を出すことができ、授業では初めて褒められた。良いことばかりが続いている。だから、ちょっと調子に乗ってスキップなんかもしていた。





 その頃……雪凪が浮かれて歩いている廊下と交差する先で、二人の最上級生が連れ立って歩いていた。


「へえ?誰かに使うあてでもあるのか?」
「いや?そんなことしたらいかに監督生といえど、罰は免れないよ。ただの知的好奇心さ。」
「ふーん、なら俺にくれよ。」
「嫌だよ。君は絶対使うだろう?」
「そりゃそうさ……そうだなあ?あの、いつも澄ました顔した一年坊主にでも……。」
「おいおい、冗談だけにしておけよ?人望熱き生徒会長?」


 肩までの紫色の髪の青年と、赤髪の青年である。二人は最上級生の六年生。生徒会長と生徒会役員兼監督生という組み合わせだった。学園は秩序と規律を重んじ、未来の指導者を育成すること創立の理念としている。それは生徒たちの服装にも表れており、「責任ある立場」の生徒は一目で見て分かる装いをしていた。


 一つ目は「監督生」である。最高学年で成績が優秀な人物のなかから選ばれ、規則を守らない生徒に対して、上級生として罰則を与える役割を与えられている。彼らは金ボタンのついたグレーのベスト、グレーのスラックスを着用しているのが特徴で、一目で監督生だと分かるようになっている。

 二つ目は「生徒会役員」だ。生徒による投票で決まり、人望が厚い者が集まる。彼らは赤いチェック柄のベスト、グレーのスラックス、とこれまた一目で生徒会役員と分かる装いだ。


 これだけではなくさらにその上、最高に位置する称号が。その名も「女王の学徒クイーンズスカラー」である。黒いガウンを着用し、さっそうと歩く姿はまさに王者の風格がある。定員が十三と決まっており、卒業で欠員が出た分を埋めるか、「決闘」で相手を追い落とすか……というなかなかシビアな世界だ。学園内の「カレッジ」と呼ばれる中心部分に住む事が出来るようになり、手紙を書く際にも氏名の末尾に「Queen's Scholars」の略称である「QS」を使用することが出来るようになるという、学園における特権階級だった。




 話がずれてしまった。 
 そんな二人のうち、監督生の方は魔法薬学に秀でており、魔力の色は、だった……。これが、大惨事を引き起こしてしまうことを、この時は誰も予想だにしていない。


 雪凪が小さくスキップをしながら十字路に差し掛かるのと、二人の上級生が歩いてきたのは、ほぼ同時だった。


「わあ!」
「うおっ!」
「なっ……。」


 体格差もあり、雪凪は大理石の床にごろごろと転がった。その時、小瓶も共に転がっていく。上級生二人は、雪凪に注目していて、その様子を見ていなかった。


「君!大丈夫?」


 すぐに手を伸ばしたのは、赤髪の青年だった。


「わ、す、すみません…………あああああ。」


 顔を上げ、ぶつかったのが誰かを把握した瞬間、雪凪は凍りついた。


(せ、生徒会長!?それに監督生!?お、終わった……。)


 生徒会長は、温厚でムードメーカー。何者にも寛容な性格だ、とどこかで聞いたので見逃してくれるかもしれないが……監督生がいる。雪凪は先程までの楽しい気分が急激に下がっていくのを感じた。オワタ、である。


「君、廊下歩行のマナーがなっていないな。名前は?」
「い、一年、牧原雪凪です。」
「お、おい、それくらい許してやれよ……。」
「僕は自らの役割を全うするだけだ。牧原、反省文を今日中に生徒会役員室まで届けること。以上だ。」
「は、はい……申し訳ありませんでした……。」


 雪凪は深々と礼をした。人は動揺すると自分の国の文化が出てしまう。

 
「わ、それ、ドゲザ??……あー、セツナちゃん、不運だったねぇ、こいつ頭かたくってぇ。ごめんね?」
「い、いえ、私が悪いので……お二人にお怪我がなくてよかったです……反省文、しっかり書いて届けます……。」


 もう、恥ずかしくて居た堪れない。早くこの場が過ぎないか、とそれだけを雪凪は考えていた。


「いくぞ。僕たちは次、授業だ。」
「おいおい~そんなんだから女の子に嫌われるんだぞ……あ、やべやべ。」


 赤髪の青年は雪凪の横に落ちていた小瓶を拾った。雪凪はずっと頭を下げて自分の膝小僧を見つめていたので、その事に気づかない。






「…………はあ。やってしまいました。」


 二人の気配がかなり遠くになってから、雪凪はようやく顔を上げた。


「あ、授業始まっちゃいます!」


 雪凪は慌てて床に落ちた荷物を拾った。


「あ、あれ?魔法薬が……どこでしょう?」


 せっかく褒めて貰ったのに!と床に這いつくばって探すと、花瓶が置かれている台の下に転がっているのを見つけた。


「よ、良かった……。さ、急がないと!」


 慌てず、走らず、けれど急いで。
 雪凪は小瓶をポケットに突っ込んだ。


(はあ、いいことばかりは続かないってことですね……。)


 人生はいいこと半分。嫌なこと半分。
 父親が酔っ払って良く叫んでいた言葉だった。今の雪凪にできることは、授業に遅れず出席して、反省文を役員室が閉まる前に提出することだけだ。


(……間に合うかなぁ。)


 今日は六限までぎっしり授業が入っている。内職など出来る余裕は雪凪にはないので、授業後に書くとなるとかなりぎりぎりだ。でも、やるしかない。雪凪は気合いを入れて歩きはじめた。



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