男装陛下と女装令嬢

神宮透

文字の大きさ
上 下
3 / 24
第一章 真珠とサファイヤ

少年の葛藤と少女の秘事

しおりを挟む
「国王陛下にお目通り叶って良かったなぁ」

ほくほく顔で手の平をすり合わせる父親の前を歩くシャノンは、どこか浮かない顔だ。だが、そんな事には露ほども気付かないこのマイペースな父親は、毎度の事ながら勝手に話をすすめていく。

「もし、シャノンが見初められて正妻にでもなったとしたら……」
「待て。何の話だ」

流石に聞き流すにしてはヘビーすぎる単語を耳にし、シャノンがものすごい形相で振り返る。

「だから、シャノンが嫁に……」
「なれるわけないだろう!俺は男だ!」

語気を荒げてそう告げると、父親を廊下に取り残したまま、あてがわれた部屋の扉を勢いよく閉める。そのまま扉に背中を預け、天井を仰ぎ見る。

「……冗談じゃない…」

本当に。こんなの、今までの身内パーティーでの実は男でした~じゃじゃ~んみたいな内輪ドッキリとは大違いだ。国王に対しての嘘偽、それに加えて性別まで偽っている事がバレたら、十中八九詐欺罪で牢屋行きだ。

なんて事してくれたんだ……あのバカ親父…っ

今すぐ取って返して、その首を絞め上げてやろうかとも思ったが、そんな事をした所でこの状況が解決するわけでもなく、努めて冷静になろうと冷静ではない頭でシャノンは考えた。

ーー何故なら、玉座に座るその人の姿が頭から離れない。

目尻が少し釣り上がり気味のはしばみ色の双眸、肩の上で切り揃えられた美しい真珠色の髪、きれいな弧を描く眉、意思が強そうに引き結ばれた紅い唇。

そのどれもが、彼の心を鷲掴みにしていた。

だが自分は男だ。そして、国王陛下も、男。今の所、自分の恋愛対象は女性だけのつもりだし、陛下自身も相手に望んでいるのはきっと女。何より、自分にはそっちの気がないとばかり思っていたのだが、生まれて初めて男に見惚れてしまい、その衝撃に打ちのめされている。


「あー…っ、くそ!」

体内に降り積もっていくモヤモヤを振り払うように、頭をかきむしりながら胡座をかいて座り込んだ。

とにかく、どうにかバレずに済む方法を考えなければ……
こめかみに指を当て、必死に知恵を振り絞ろうとする自分の姿と、化粧台の鏡越しに目が合う。母親譲りのブルーサファイアの瞳と、明るい栗色の髪の毛。この容姿のせいで、父はいつまでも母を忘れられず、娘が欲しいという夢も捨てきれないのだろうか。

……なんて事を考えて、すぐにその考えを振り払う。誰しも、自分の容姿は選んで生まれてこれないのだ。与えられたものの中で、どれだけ活路を切り開くかが大切だ。

そう気持ちを切り替えると、大きく伸びをした。

どのみち、女装できる年齢にも限りがある。16歳の今の自分は、これからどんどん骨格もたくましくなり、肩幅も大きくなったり、ちょっとした化粧や服くらいじゃ誤魔化せなくなってくるはずだ。そうなれば、流石にあの父親も目を覚ますだろう。

「それまでの辛抱だ、シャノン」

鏡の中の自分にそう言い聞かせると、唇にひかれた赤い紅を手の甲で乱暴に拭い取った。



***



「陛下!」

謁見室からの帰り道、廊下でそう呼び止められて、メリルは足を止めた。

「どうした」
「はっ、隣国からの書状が届いておりました」

うやうやしく差し出された書簡を受け取ると、その場で中身を確認し、伝令を下がらせる。そして、面倒事でもなすりつけるように、メリオットに書簡を押し付けた。

「内容は変わらずですか?」
「まぁな」

沈み込んだ様子で足取り重く自室に向かうメリルの背中を、何を思ったのか突然メリオットが強く叩いた。

「背筋をシャンとしてください!それでは威厳も何もありませんよ」
「い、いっ…た……」

不意打ちでくらった強烈な痛みに、思わず目尻に涙がたまる。すぐさま抗議の目を向けるが、彼は特段悪びれた様子もなく、逆に反抗的な態度を取るメリルを面白がる風に囁いた。

「そのくらい強気な態度を取ってないと、すぐに女だってバレちゃいますよ」
「……今の所、誰にもバレてないだろう」
「それも時間の問題かと」
「……!?」

不必要に不安を煽るつもりはなかったが、日に日に彼女が女の雰囲気をまとっていくのは事実だった。
彼女の秘密を知る唯一の人物として、彼の中にも焦りがある。

「なので、一刻も早く見合い相手たちの中から“共犯者”を見つけ出さなければいけませんよ」

まるで悪事の相談事のように、より一層声を潜めたメリオットを見つめ返し、メリルも静かに頷き返したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...