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第一章 真珠とサファイヤ
少年の葛藤と少女の秘事
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「国王陛下にお目通り叶って良かったなぁ」
ほくほく顔で手の平をすり合わせる父親の前を歩くシャノンは、どこか浮かない顔だ。だが、そんな事には露ほども気付かないこのマイペースな父親は、毎度の事ながら勝手に話をすすめていく。
「もし、シャノンが見初められて正妻にでもなったとしたら……」
「待て。何の話だ」
流石に聞き流すにしてはヘビーすぎる単語を耳にし、シャノンがものすごい形相で振り返る。
「だから、シャノンが嫁に……」
「なれるわけないだろう!俺は男だ!」
語気を荒げてそう告げると、父親を廊下に取り残したまま、あてがわれた部屋の扉を勢いよく閉める。そのまま扉に背中を預け、天井を仰ぎ見る。
「……冗談じゃない…」
本当に。こんなの、今までの身内パーティーでの実は男でした~じゃじゃ~んみたいな内輪ドッキリとは大違いだ。国王に対しての嘘偽、それに加えて性別まで偽っている事がバレたら、十中八九詐欺罪で牢屋行きだ。
なんて事してくれたんだ……あのバカ親父…っ
今すぐ取って返して、その首を絞め上げてやろうかとも思ったが、そんな事をした所でこの状況が解決するわけでもなく、努めて冷静になろうと冷静ではない頭でシャノンは考えた。
ーー何故なら、玉座に座るその人の姿が頭から離れない。
目尻が少し釣り上がり気味のはしばみ色の双眸、肩の上で切り揃えられた美しい真珠色の髪、きれいな弧を描く眉、意思が強そうに引き結ばれた紅い唇。
そのどれもが、彼の心を鷲掴みにしていた。
だが自分は男だ。そして、国王陛下も、男。今の所、自分の恋愛対象は女性だけのつもりだし、陛下自身も相手に望んでいるのはきっと女。何より、自分にはそっちの気がないとばかり思っていたのだが、生まれて初めて男に見惚れてしまい、その衝撃に打ちのめされている。
「あー…っ、くそ!」
体内に降り積もっていくモヤモヤを振り払うように、頭をかきむしりながら胡座をかいて座り込んだ。
とにかく、どうにかバレずに済む方法を考えなければ……
こめかみに指を当て、必死に知恵を振り絞ろうとする自分の姿と、化粧台の鏡越しに目が合う。母親譲りのブルーサファイアの瞳と、明るい栗色の髪の毛。この容姿のせいで、父はいつまでも母を忘れられず、娘が欲しいという夢も捨てきれないのだろうか。
……なんて事を考えて、すぐにその考えを振り払う。誰しも、自分の容姿は選んで生まれてこれないのだ。与えられたものの中で、どれだけ活路を切り開くかが大切だ。
そう気持ちを切り替えると、大きく伸びをした。
どのみち、女装できる年齢にも限りがある。16歳の今の自分は、これからどんどん骨格もたくましくなり、肩幅も大きくなったり、ちょっとした化粧や服くらいじゃ誤魔化せなくなってくるはずだ。そうなれば、流石にあの父親も目を覚ますだろう。
「それまでの辛抱だ、シャノン」
鏡の中の自分にそう言い聞かせると、唇にひかれた赤い紅を手の甲で乱暴に拭い取った。
***
「陛下!」
謁見室からの帰り道、廊下でそう呼び止められて、メリルは足を止めた。
「どうした」
「はっ、隣国からの書状が届いておりました」
うやうやしく差し出された書簡を受け取ると、その場で中身を確認し、伝令を下がらせる。そして、面倒事でもなすりつけるように、メリオットに書簡を押し付けた。
「内容は変わらずですか?」
「まぁな」
沈み込んだ様子で足取り重く自室に向かうメリルの背中を、何を思ったのか突然メリオットが強く叩いた。
「背筋をシャンとしてください!それでは威厳も何もありませんよ」
「い、いっ…た……」
不意打ちでくらった強烈な痛みに、思わず目尻に涙がたまる。すぐさま抗議の目を向けるが、彼は特段悪びれた様子もなく、逆に反抗的な態度を取るメリルを面白がる風に囁いた。
「そのくらい強気な態度を取ってないと、すぐに女だってバレちゃいますよ」
「……今の所、誰にもバレてないだろう」
「それも時間の問題かと」
「……!?」
不必要に不安を煽るつもりはなかったが、日に日に彼女が女の雰囲気をまとっていくのは事実だった。
彼女の秘密を知る唯一の人物として、彼の中にも焦りがある。
「なので、一刻も早く見合い相手たちの中から“共犯者”を見つけ出さなければいけませんよ」
まるで悪事の相談事のように、より一層声を潜めたメリオットを見つめ返し、メリルも静かに頷き返したのだった。
ほくほく顔で手の平をすり合わせる父親の前を歩くシャノンは、どこか浮かない顔だ。だが、そんな事には露ほども気付かないこのマイペースな父親は、毎度の事ながら勝手に話をすすめていく。
「もし、シャノンが見初められて正妻にでもなったとしたら……」
「待て。何の話だ」
流石に聞き流すにしてはヘビーすぎる単語を耳にし、シャノンがものすごい形相で振り返る。
「だから、シャノンが嫁に……」
「なれるわけないだろう!俺は男だ!」
語気を荒げてそう告げると、父親を廊下に取り残したまま、あてがわれた部屋の扉を勢いよく閉める。そのまま扉に背中を預け、天井を仰ぎ見る。
「……冗談じゃない…」
本当に。こんなの、今までの身内パーティーでの実は男でした~じゃじゃ~んみたいな内輪ドッキリとは大違いだ。国王に対しての嘘偽、それに加えて性別まで偽っている事がバレたら、十中八九詐欺罪で牢屋行きだ。
なんて事してくれたんだ……あのバカ親父…っ
今すぐ取って返して、その首を絞め上げてやろうかとも思ったが、そんな事をした所でこの状況が解決するわけでもなく、努めて冷静になろうと冷静ではない頭でシャノンは考えた。
ーー何故なら、玉座に座るその人の姿が頭から離れない。
目尻が少し釣り上がり気味のはしばみ色の双眸、肩の上で切り揃えられた美しい真珠色の髪、きれいな弧を描く眉、意思が強そうに引き結ばれた紅い唇。
そのどれもが、彼の心を鷲掴みにしていた。
だが自分は男だ。そして、国王陛下も、男。今の所、自分の恋愛対象は女性だけのつもりだし、陛下自身も相手に望んでいるのはきっと女。何より、自分にはそっちの気がないとばかり思っていたのだが、生まれて初めて男に見惚れてしまい、その衝撃に打ちのめされている。
「あー…っ、くそ!」
体内に降り積もっていくモヤモヤを振り払うように、頭をかきむしりながら胡座をかいて座り込んだ。
とにかく、どうにかバレずに済む方法を考えなければ……
こめかみに指を当て、必死に知恵を振り絞ろうとする自分の姿と、化粧台の鏡越しに目が合う。母親譲りのブルーサファイアの瞳と、明るい栗色の髪の毛。この容姿のせいで、父はいつまでも母を忘れられず、娘が欲しいという夢も捨てきれないのだろうか。
……なんて事を考えて、すぐにその考えを振り払う。誰しも、自分の容姿は選んで生まれてこれないのだ。与えられたものの中で、どれだけ活路を切り開くかが大切だ。
そう気持ちを切り替えると、大きく伸びをした。
どのみち、女装できる年齢にも限りがある。16歳の今の自分は、これからどんどん骨格もたくましくなり、肩幅も大きくなったり、ちょっとした化粧や服くらいじゃ誤魔化せなくなってくるはずだ。そうなれば、流石にあの父親も目を覚ますだろう。
「それまでの辛抱だ、シャノン」
鏡の中の自分にそう言い聞かせると、唇にひかれた赤い紅を手の甲で乱暴に拭い取った。
***
「陛下!」
謁見室からの帰り道、廊下でそう呼び止められて、メリルは足を止めた。
「どうした」
「はっ、隣国からの書状が届いておりました」
うやうやしく差し出された書簡を受け取ると、その場で中身を確認し、伝令を下がらせる。そして、面倒事でもなすりつけるように、メリオットに書簡を押し付けた。
「内容は変わらずですか?」
「まぁな」
沈み込んだ様子で足取り重く自室に向かうメリルの背中を、何を思ったのか突然メリオットが強く叩いた。
「背筋をシャンとしてください!それでは威厳も何もありませんよ」
「い、いっ…た……」
不意打ちでくらった強烈な痛みに、思わず目尻に涙がたまる。すぐさま抗議の目を向けるが、彼は特段悪びれた様子もなく、逆に反抗的な態度を取るメリルを面白がる風に囁いた。
「そのくらい強気な態度を取ってないと、すぐに女だってバレちゃいますよ」
「……今の所、誰にもバレてないだろう」
「それも時間の問題かと」
「……!?」
不必要に不安を煽るつもりはなかったが、日に日に彼女が女の雰囲気をまとっていくのは事実だった。
彼女の秘密を知る唯一の人物として、彼の中にも焦りがある。
「なので、一刻も早く見合い相手たちの中から“共犯者”を見つけ出さなければいけませんよ」
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