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第一章 真珠とサファイヤ
男装陛下と女装令嬢
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「ーー陛下!陛下!」
廊下から大勢の人々の足音と自分を探す声がする。豪奢な部屋の一角にある衝立の裏に身を潜めていた少女は、その物音が十分に遠ざかるのを待ってから、深いため息を吐いた。
少女が身にまとうのは、白いシーツ一枚。身に纏っていると言っても、全身を覆い隠すように肩口から軽く羽織っているだけなので、どうにも足元が心もとない。
足の間から滑り込んで全身の毛を逆立たせていく風に身震いしながら、少女は力なく座り込んだ。
「油断した……」
膝頭の間に額を埋めて弱々しく呟く。薄桃色が溶け込んだ真珠色のボブヘアーが、少女が再び吐き出した深い吐息と一緒に揺れた。
***
「父上、これはどう言う事ですか?」
母親譲りのブルーサファイアの瞳に、最大限の怒りを込めてシャノンは父親を睨め付けた。だが、当の本人はそんな息子の気持ちなどお構いなく、大喜びで手を叩いた。
「ああ、とても素敵だシャノン。まるで母さんが生き返ったみたいだ」
ヘラへラと笑いながら死んだ母の名前を口にする父親に、シャノンのこめかみの血管が限界まで膨らむ。
背後で忙しなく動いていた待女たちが、シャノンの艶やかな栗色の髪の毛を後頭部で一つにくくった。毛先をカールさせた長い髪が、ふわりとエメラルドグリーンのドレスの背に落ちる。
「こんな女みたいな格好させて、どうするつもりですか?!」
「どこからどう見ても、可愛らしい少女にしか見えないよ」
「俺は“男”です!」
ダンッ、と行儀悪く座っていた椅子に片足を乗せ、シャノンは息巻いた。
「一体俺に何の恨みがあるんですか?!昔から性懲りも無く事あるごとに俺に女装をさせて……」
「だってどうしても女の子が欲しくて、やっと授かった6人目も男の子だったんだ。あまつさえお前は死んだ母さんに似ているし……少しくらい夢を見ても構わないだろう?」
「…………」
縋るような目つきで手を擦り合わせてくる父親の姿に辟易しながらも、シャノンは続く言葉を飲み込んだ。
なんかんだ言って、シャノンも末っ子の自分を甘やかしてくれるこの父親に弱いのだ。特に、溺愛していた妻がシャノンを産んですぐに亡くなり、姿形が似通っていることもあって、それはそれは目に入れても痛くない程に可愛がっている。
それこそ、幼い時から何度も女装をさせ、まるでずっと欲しかった娘を授かったような錯覚に陥る程にーー
おかげで、兄たちの生温かい視線を受けながらも、シャノンはすっかり女装するのが板についてきてしまった。
先程からも、侍女が紅を引こうとするのを唇を半開きにして待ち構えている。
いやいやいやいや、こんなのに慣れてしまってはいけない。
そう思うのに、すっかり染み付いてしまった習慣は恐ろしく、美しく着飾らせられた全身を丹念に姿見で確認していた。
「ふーん、まぁまぁかしら」
「完璧だ!流石は私の娘!!」
「息子だけどな」
地声で訂正を入れつつ、シャノンは改めて父親に向き直った。
「で、俺は今日こんな格好をさせられて何をすればいいわけ?」
「今日は国王陛下と謁見だ」
「国王陛下?」
思いがけない言葉に、シャノンは思わず椅子からずり落ちそうになった。
国王陛下……陛下って、あの国王陛下?この国で一番偉い?
頭を疑問符でいっぱいにしながら、シャノンは恐る恐る尋ねた。
「その国王陛下に一体なんの用で…?」
「もちろん!お見合いのためさ!」
「お見合い…?」
予想だにしていなかった言葉に、シャノンは口をあんぐりと開けたまま、しばらく動けなかった。
廊下から大勢の人々の足音と自分を探す声がする。豪奢な部屋の一角にある衝立の裏に身を潜めていた少女は、その物音が十分に遠ざかるのを待ってから、深いため息を吐いた。
少女が身にまとうのは、白いシーツ一枚。身に纏っていると言っても、全身を覆い隠すように肩口から軽く羽織っているだけなので、どうにも足元が心もとない。
足の間から滑り込んで全身の毛を逆立たせていく風に身震いしながら、少女は力なく座り込んだ。
「油断した……」
膝頭の間に額を埋めて弱々しく呟く。薄桃色が溶け込んだ真珠色のボブヘアーが、少女が再び吐き出した深い吐息と一緒に揺れた。
***
「父上、これはどう言う事ですか?」
母親譲りのブルーサファイアの瞳に、最大限の怒りを込めてシャノンは父親を睨め付けた。だが、当の本人はそんな息子の気持ちなどお構いなく、大喜びで手を叩いた。
「ああ、とても素敵だシャノン。まるで母さんが生き返ったみたいだ」
ヘラへラと笑いながら死んだ母の名前を口にする父親に、シャノンのこめかみの血管が限界まで膨らむ。
背後で忙しなく動いていた待女たちが、シャノンの艶やかな栗色の髪の毛を後頭部で一つにくくった。毛先をカールさせた長い髪が、ふわりとエメラルドグリーンのドレスの背に落ちる。
「こんな女みたいな格好させて、どうするつもりですか?!」
「どこからどう見ても、可愛らしい少女にしか見えないよ」
「俺は“男”です!」
ダンッ、と行儀悪く座っていた椅子に片足を乗せ、シャノンは息巻いた。
「一体俺に何の恨みがあるんですか?!昔から性懲りも無く事あるごとに俺に女装をさせて……」
「だってどうしても女の子が欲しくて、やっと授かった6人目も男の子だったんだ。あまつさえお前は死んだ母さんに似ているし……少しくらい夢を見ても構わないだろう?」
「…………」
縋るような目つきで手を擦り合わせてくる父親の姿に辟易しながらも、シャノンは続く言葉を飲み込んだ。
なんかんだ言って、シャノンも末っ子の自分を甘やかしてくれるこの父親に弱いのだ。特に、溺愛していた妻がシャノンを産んですぐに亡くなり、姿形が似通っていることもあって、それはそれは目に入れても痛くない程に可愛がっている。
それこそ、幼い時から何度も女装をさせ、まるでずっと欲しかった娘を授かったような錯覚に陥る程にーー
おかげで、兄たちの生温かい視線を受けながらも、シャノンはすっかり女装するのが板についてきてしまった。
先程からも、侍女が紅を引こうとするのを唇を半開きにして待ち構えている。
いやいやいやいや、こんなのに慣れてしまってはいけない。
そう思うのに、すっかり染み付いてしまった習慣は恐ろしく、美しく着飾らせられた全身を丹念に姿見で確認していた。
「ふーん、まぁまぁかしら」
「完璧だ!流石は私の娘!!」
「息子だけどな」
地声で訂正を入れつつ、シャノンは改めて父親に向き直った。
「で、俺は今日こんな格好をさせられて何をすればいいわけ?」
「今日は国王陛下と謁見だ」
「国王陛下?」
思いがけない言葉に、シャノンは思わず椅子からずり落ちそうになった。
国王陛下……陛下って、あの国王陛下?この国で一番偉い?
頭を疑問符でいっぱいにしながら、シャノンは恐る恐る尋ねた。
「その国王陛下に一体なんの用で…?」
「もちろん!お見合いのためさ!」
「お見合い…?」
予想だにしていなかった言葉に、シャノンは口をあんぐりと開けたまま、しばらく動けなかった。
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