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思い出の崩壊

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 遊崎は白石を個室の空き病室へ連れて行った。

「ちょっと遊崎さん。こんなところに連れてきて何をするつもりなんですか?」

 冗談交じりに天使スマイルの白石が問いかける。

「最初に確認しておくけど、白石さんは鷹司のこと、好きなんだよね?」
「もちろん、大好きですよ」

 屈託のない笑顔で白石は言った。

「じゃあ、鷹司に協力してるって本当?」
「ええ、本当です」
「もちろんあいつの状況全て知った上で協力してるんだよね?」
「当たり前じゃないですか。それがどうかしたんです?」

 遊崎は強く拳を握った。

「鷹司とはそんなに付き合いが長いわけじゃないけど、あいつは本当に優秀でいいやつだし頼れる仲間だと思っている」
「知っています」

 白石は笑顔を崩さないまま応えた。

「でも、女関係はめっぽう弱くてさ。まあ、アイツがクソほど女の気持ちに鈍感なのがいけないんだけど。そのせいで寄ってくる女の子たち皆すぐ離れて行っちゃうから勿体ねえって思ったし、この先本当に大丈夫かって心配にもなった」
「同僚想いなんですね」
「それでも、白石さんは――白石さんだけは、アイツの傍に寄り添い続けようとしてくれた。だから俺は、そんなキミに期待していたんだ。この子なら、本当の意味でアイツの隣にいられるんじゃないか、って」
「それは嬉しいお言葉ですね」
「白石さんは――今自分がしていることの意味を分かっているの?」

 遊崎の言葉に、白石は笑顔のまま目を伏せる。そしてそのまま、口を開いた。

「鷹司さんの抱える問題が解決したら、恐らく今の私たちの協力関係はなかったことになるでしょう。だって、鷹司さんは思い出の二人のところへ行ってしまうから」
「それが分かっているのにどうして!? 鷹司のことが本当に好きだったら、そんなのぶち壊してやればいいじゃないか!!」
「そんなこと、できるわけないじゃないですか」
「だったらどうして!? アイツが幸せになればいいとでも思っているのか!? そんな自己犠牲だったら――――」

「自己犠牲なんかじゃ、ないですよ」

 白石は遊崎の言葉を遮っていった。

「私は――私のために幸せになりたい。だからこうして鷹司さんに協力しているのも自分のためなんです」
「なんだよそれ……意味分からねえ……」
「仕方ないですよ。私の気持ちは、きっと誰にも理解されませんから」

 そういいながら白石は遊崎の横を通り過ぎる。

「だから遊崎さんは――鷹司さんに余計なこと、言わないで下さいね」

 それだけ言い残すと、白石は病室を後にした。
 遊崎はそんな寂しそうな背中を見送る。

「ホンット……分からねえな……」

 遊崎には理解が出来なかった。

 今まで女性に対して興味すら示さなかった鷹司が、思い出の二人に執着する理由も。
 今まで執拗に鷹司にアピールし続けた白石が、その二人の間に割って入らない理由も。

「まったく……ラノベの友人キャラみたいにうまくはいかねえな……」


 これ以上は踏み込めない。あとは見守るしかできないのかと、遊崎は自分の無力さを嘆いた。


 ***


 今日は病棟の勉強会があるから丸城さんの付き添いでこーちゃんのいる私立病院へやってきた。私も少しだけ担当をもらっていたのでこの病院へ来るのは少し久しぶりだったりする。
 こーちゃんはどこにいるのかな? そんなことを考えながら勉強会に必要な機材を運んでいた。
 最近は頻回に会っているので無理にここで会う必要はないんだけど、同じ空間にいるとどうしても意識してしまう。

 この二か月、こーちゃんと再会してから私の心はだいぶ落ち着きを取り戻した。
 決して前向きな方向ではないけれど、それでも自身を納得させるには充分すぎるほどだった。

 こーちゃんは相変わらずあの事に対して何も思い出してはいない。
 そのことを良しとするか悪しとするかの判断には未だに迷っている。
 何度か触れてみようかとも思ったけど、どうしても踏みとどまってしまった。
 触れてしまったらきっと、色んなものが大きく変わってしまう。

 そしてその変化は、すべてを壊してしまう危険性を秘めていた。

 私やこーちゃんの関係性だけではなく、こーちゃん自身の精神すらも……。

 私には壊れてしまったこーちゃんに対して出来ることは何もない。
 だから結局、このまま何も変わらずに維持しようと決めていた。


 機材が運び終わり、資料を取りに車へ戻る。

 その途中、俯きながら早足で廊下を歩く看護師さんとすれ違った。その看護師さんは私の存在に気付くと早足のまま戻ってきて私の腕を掴んだ。

「え??? 何???」

 何が起こったのか理解できないまま、私はその看護師さんに腕を引かれて人目の付かなそうな場所へ連れていかれた。

「お久しぶりです。宮藤先輩」

 看護師さんは不機嫌そうな低い声で言った。

「え??? 久しぶりって……? 誰???」
「白石……白石菘です」
「え??? ……菘ちゃん!?」

 どうして菘ちゃんがこの病院で看護師さんをしているの? 菘ちゃんはこーちゃんと再会しているんだよね? だったらなんで――――こーちゃんはあの事を忘れたままなの? 
 その他色んな疑問符が私の頭に浮かぶ。急に連れてこられたこの現状も相まってなかなか状況を理解しきれなかった。

「……いつまで、そうしているつもりですか?」

 菘ちゃんは理解の追い付かない私に主語のない質問をする。その口調は何かに怒っているようにも感じた。

「なんのこと?」
「遊馬先輩とのことですよ。近くにいるのは分かっているのでしょう? いい加減、仲直りしてもいいんじゃないんですか?」
「っ!! あなたに何が分かるの!?」

 唐突な内容に、私も思わず口調を強めてしまう。

「分かりますよ。私は遊馬先輩にも会いました。あとは宮藤先輩が少し歩み寄るだけで昔の二人に戻れるんです」

 ナツカに会った? この口ぶりからすると、ナツカは私と仲直りをしたいと言っていたということなのだろうか。

「それこそあなたには関係ない話でしょ? なんで今更――――」
「関係はあります」
「どうして?」
「彼があの事を忘れたままなのはもうお気づきでしょう? このままでは、それを思い出してしまう可能性がある。宮藤先輩と遊馬先輩との思い出は、彼にとってになっています。だから彼の前では仲の良かった二人のままでいてもらいたいんです」

 静かに吐き出されたその言葉を咀嚼する。
 先ほどまで浮かんでいた疑問符が少しずつ紐ほどけていくようだった。

「だったらどうして、菘ちゃんはこーちゃんのいるこの病院にいるの?」
「私はただの偶然です。別に何かをしようと思っていたわけではありません」

 ただの偶然……。

 それでもこーちゃんはナツカと再会して、私と再会して、近くに菘ちゃんがいる。これをただの偶然で片づけるには出来すぎている状況だった。

 まるでこうなる運命なんだと、言っているかのように。

 だったら私は――賭けに出るしかない。

「分かった。そういうことならナツカと仲直りできるようにしてみるね」
「本当……ですか?」
「うん。でも少し待ってほしい。私もそれなりに心の準備が必要だから」
「そうですよね……分かりました」


 それだけ言葉を交わすと、私たちはそれぞれの仕事に戻った。
 

 ナツカと仲直りするとは言ったものの、恐らく菘ちゃんが思っているようなやり方を私はとらない。
 そんな真っすぐな方法では、何も解決しないんだと思う。
 このままでは、誰も本当の意味で前を向いていくことは出来ないのだから。

 私やこーちゃんだけではなかった。
 菘ちゃんもまた、あの頃から目を背け続けているんだと、似た境遇の私には分かってしまった。
 私が次にとる行動は、とてもハイリスクハイリターンになる。
 全てが丸く収まるか。全てが壊れてしまうかのどちらかだ。

 その行く先は――――こーちゃんと菘ちゃんの二人を信じるしかなかった。
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