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ほんの少し見える世界1

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「それでどうしたの?キスはしなかったの?」

エミリー先生が望美に顔を近づけながら聞いたので、望美は飲んでるコーヒーをエミリー先生に吹きこぼしそうになった。

カトリーヌ先生も望美に肩を組みながら、指で顎をクイっとこっちに向かせた。

「だって昨日はのん先生が戻ってから、お店が混んじゃって聞けなかったじゃない。だから今朝まで聞くの我慢していたのよ。男と女が2人になったら、ほら、んー」

カトリーヌ先生は望美にキスをしようとしたが望美はカトリーヌ先生の口にチョコチャンククッキーを押し込んで逃れた。

「王子は今は結婚する気がないというか、仕事でメリットがある人としか付き合わないんですって」

エミリー先生とカトリーヌ先生が望美の話しを聞いて目を合わせた。

「あら、それ恋愛に自信がない男たちがいう言葉じゃない?あたし王子の恋愛運を見たけど、今年は結婚運とパートナー運がめちゃくちゃいいのよねぇ」

「エミリー先生も占ったの?あたしも王子の恋愛運見たけど、仕事上での出会いが激しい愛に繋がる可能性が高いわよ。まあ自分の殻は自分で割らないと
運命なんて変えられないけどねぇ」

コンコン

望美たちがいる鑑定室のドアが突然ノックされ開いた。ドアに立っていたのは雄司だった。

「・・・本当に君たち、いつ仕事しているの?」

雄司は驚いた表情で3人の顔を見た。

エミリー先生とカトリーヌ先生はあまり驚いた様子はなかったが、雄司の顔を見て席を立った。

「これからよ。子供たちのために世界を救いに行くの。愛がこの世界を平和に変えるのよ」

エミリー先生は真面目な顔をしてテノールボイスでそう言うと自分の洋服の襟を正して望美の部屋を出て行った。きっと鑑定の予約が入っているのだろう。

「あたしは王子の顔を見てから仕事を始めようと思ってたの。思ったよりも登場が遅かったわね」

カトリーヌ先生はそう言うと雄司の鼻をレースのハンカチでコショコショして、雄司の頬にキスをして、望美にウィンクをして部屋から出て行った。
今日は予約が入ってないので事務のビビアンとお喋りしながら、のんびり仕事の準備を始めるつもりだろう。

雄司が望美を見て1回咳払いをしたので、望美も口を開いた。

「車を取りに行くのよね?昨日久々にやってきて、管理者みたいにみんなを監視したら、みんなイヤがっちゃうわよ」

「特にあの2人はあまり気にしないだろう。それにしばらくは、もうここに来ないさ。さ、行くぞ」

雄司が望美を手招きした時だった。

「・・・あの、鑑定お願いできますか?」

いつの間にか、入り口に常連のお客さんが立っていた。

「森社長!久々です!」

望美は久々に会えたその女性を見て驚きと喜びを隠せなかった。

森社長は望美と同い年で小柄で可愛らしい女性でありながら、従業員10名を抱えた会社を経営している。

望美とは会社を独立した3年前に出会い、森社長が辛い状況に立たされた時に望美は様々なアドバイスをしてきたのである。

望美ができるのはアドバイスだけなので、森社長がここまで会社を成長させたのは森社長自身の実力が大きいと望美も知っている。

森社長から様々な相談を受けて森社長の努力や人望というものを見てきたからこそ、望美は彼女を尊敬しているのだ。

「のん先生?」

雄司は口をへの字に曲げながら望美にアイコンタクトを取っている。

望美は急いで雄司の腕を取って耳元で小さな声で話した。

「ごめんなさい、少しだけ待って」

望美からほのかにジャスミンの香水の香りがしたので、雄司は頷くことしかできなかった。

雄司を扉の外に出して、望美は森社長を席に座らせた。

「のん先生、社長だなんて恥ずかしいわ。それに彼は先生の彼氏?待たせちゃって平気かしら?」

森社長は可愛らしいクリクリとした大きな二重の目を上目遣いにして望美に聞いた。

「森社長も私のこと先生と呼ぶでしょ?それに彼はここの経営者みたいな人だから、お客さんのために少し待たせるくらい平気よ」

それだけじゃない。彼女がここに来る時は、よほど思い悩んでから来ることをよく知っていたのだ。

「・・・実は最近、ここに中々行けてなかったのも訳があって。会社が軌道に乗って新しい事業も始めて更に人を増やしたのはいいけど、新しい人材はすぐには
会社に馴染むこと難しいし、いろいろな問題を抱えていたの。

でも、会社の問題なんてものは、時間がかかったとしても、私はいつだって解決してきたから大きな問題ではなかったわ。
ただここ最近、仕事にばかり時間を注ぐことにふと寂しさを感じる時があるの・・・」

話しを聞くとやはり彼女は同年代の女性と比べると、とてもしっかりしている。彼女はどんな悩みがあっても、いつだって凛として冷静に問題に立ち向かい
解決に導いているのだ。

だからこそ、自分を後回しにして、自分が本当に求めていることに気がつくのが遅かったりする。

「それでここ数ヶ月悩んでいたんですね」

実は望美は、最後に森社長が占いの館に来た時に、森社長が次に見つける課題について見えていたのだった。

「のん先生ったら。もう分かっていたんですね」

森社長は困ったように笑いながら言ったので、望美も微笑み返して水晶に手をかざした。

見えてきた映像は、森社長の取り引き先の男性。口元にホクロがある、心優しい男性だ。

その男性は森社長を一目見た瞬間に気にかけるようになるが、初めは森社長はその好意に気づかないようだ。

しばらくの間は仕事を通してのやり取りだけになるが、要所要所で森社長にアタックを仕掛けるだろう。

そして、たまには少年のようなイジワルなんかをしたり、駆け引きをしてくるだろう。

これには森社長も少し怒るが、この駆け引きがきっかけで2人はお互いに素直になることを学び距離を縮めることができる。

「・・・のん先生?笑っているけど何か見えました?」

森社長が不思議そうな顔で望美を見つめていた。2人の未来を見ていると微笑ましくて、つい笑みがこぼれていたようだ。

望美は一つ咳払いをして、気を取り直して話し始めた。

「見えました。現状がとても恋愛にいい運勢をしています。普段通り仕事に精を出していると、自然と心惹かれる相手が出てくる運勢だわ。
特に注意することもない、たまに不安になる時もあるかもしれないけれど、そんな時は仕事ばかり優先にするのをやめて周りを見渡す余裕を持つようにしてみて」

望美は鑑定結果を相手に伝える時に気をつけていることが一つあった。

それは見えた未来をそのまま伝えないようにすることだった。

人は将来起こる出来事が分かってしまうと、努力するのをやめてしまうからだ。それでは未来は変わってしまう。

だからはっきりとしたことまでは相手に伝えないようにしている。

「ありがとう、のん先生。そうね。私、このままずっと仕事ばかりして一生1人なのかなって不安になってたんだわ」

そのことも森社長は知っていたからこそ、望美の鑑定結果を聞いて安心した。

森社長がお店を出る準備をしている時に、ふと最近の話しをした。

「最近付き合いができた取り引き先の社長さんがね、たまにわざとらしいイジワルをしてくるの。少し遅刻して会議に来たり、私の車の前に車止めたり。
かと思えば、この間なんかは美味しいワインや小さな花束、お菓子を手土産に持ってきたりなんかして。一体仕事をなんだと思っているのかしら・・」

望美は何も知らないフリをして入り口に森社長を出口に誘導しながら聞いた。

「その人もしかして、口元にホクロありますか?」

「んーそういえばあったかな」

「その人、優しくしてあげると喜ぶかも」

「そう?私なんだか少し嫌われている感じがしてたけど。のん先生が言うなら間違いないわよね。って、のん先生また笑ってる」

はっとして望美は口元を隠して森社長を見送った。

「・・・・遅い」

またしても望美は、はっとした。

「君は俺を待たせてたのを忘れたのか?」

「すみませんでした、すぐに出かける準備をしますー」

雄司が冷たく言ってきたので、望美もブスっとした顔で答えてしまった。

コートとマフラーを取り出しながら、望美は先ほどの森社長が羨ましく思えた。

自立して仕事でも成功していて、誰かから愛されるなんてことを最近は夢に思うのも諦めていたし、ここ占いの館での日々も悪くないと思っていた。

しかし、ふとした瞬間に寂しくなると言う森社長の言葉は、望美もよくわかる。

「なんだ、人の恋愛相談をして自分のことが心配になったのか?」

油断した。雄司がいるのに、寂しい顔をしてしまったのを見られてしまった。

「誰が心配なんか・・・」

「さっきエミリー先生から聞いたぞ。彼氏5人いるなんてウソなんだろ?望美先生はここに来てから男っ気はカトリーヌ先生しかいないと言ってたぞ」

雄司はイジワルそうに笑いながら言った。

「もーエミリー先生ったら。本当プライベートまでベラベラと・・・あ!カトリーヌ先生とは酔って一度キスされたことがあるくらいで、別になんともないですからね!!」

雄司は望美が少し顔を赤らめながら答えたのを、少し面白くないと思った。

「そうだ、車を取りに行く前に望美先生の恋愛運を見てみよう」

「は!?」

望美は思わず変な顔をしてしまったが、雄司がムリヤリ鑑定席に座りだしたので、望美も仕方なく向き合って座るしかなかった。
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