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龍神様とあやかし事件

22、真相

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「あ……あなたはまさか……。鶴岡八幡の狛犬……なの?」

 狛犬とは獅子や犬にも似た日本の想像上の獣だ。
 神社の入り口に一対で置かれていて、神の使いとも称されている。
 丁度鶴岡八幡宮の二の鳥居に狛犬がいる。
 目の前にいるあやかしはきっと、そのそのうちの一体だ。

(でも……、どうして私を食べようなんて言うんだろう?)

 本来であれば、人を襲う存在ではないはずだ。
 困惑する私にあやかしは蠱惑的な笑みを浮かべた。

「いかにも。わしは鈴白様はじめ三柱に支える狛犬である」
「ちょ……ちょっと待って。ど……、どうして私を襲うの? だって、本来だったら守ってくれる立場じゃない!」

 ふらつく両足でやっと立ったまま、私は狛犬を見つめ返す。

「ど……どうして?」

 しかし、私の言葉を狛犬は鼻で笑った。

「なあ……、あやかしがどうしたら強くなれるか知っているか?」
「はあ……? そんなの知らないよ!」

 そういいつつ、私は逃げる算段を考える。
 脂汗が滲むが拭い取る余裕もない。
 目の前には狛犬が立ちはだかっているから、到底通り抜けられそうもない。

(それなら……)

 少しずつ後ずさるもすぐに舞殿の柱にぶつかってしまう。
 仮に舞殿を避けて逃げたとしても先ほどの狛犬の俊敏さから察するにすぐに追いつかれてしまうのは容易に想像できた。
 問題なのは追いつかれた後、私の身がどうなってしまうのかだ。
 背筋がゾッとして、膝が震える。
 頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。

(逃げなくちゃ……!)

 ごくりと、喉を鳴らしてそのまま踵を返して走り出した。

「……っ!!」

 舞殿を土足のまま駆け上がり、そのまま真っ直ぐに走り出す。
 狛犬が当てはまるのかは分からないが、おそらく鈴白さんの神地からは出られないはずだ。
 それならきっと鳥居を抜けてしまえばきっと助かる!
 心臓が破れそうなくらいに走る。
 足の感覚がなくて、ただ顔が熱くて頭が真っ白だ。
 そうして駆け出して、目の前に鳥居が見える。

「……や、やった!」

 もうすぐ助かる。
 あの向こうにさえ出れば。

「ぐっ……!」

 潰された! と思った瞬間、勢い余って倒れたまま体が砂利に叩きつけられる。
 顔が石の粒に擦れて痛みがじわっと広がる。
 離れなくてはと思うのに、狛犬の足の重さに身動きができない。
 息ができなくてぐっと堪える。

「わしがみすみすお前を見逃すわけもあるまい?」

 低い声が、濡れた吐息が私の肌にかかる。
 このまま食べられてしまう?
 そんな不安でぞわりと肌が震えた。

「せっかく捕まえた稀人……。お前を探すために何回空振りしたか……。絶対に逃がすものか」

 空振りだって……? 私は押さえつけられている体を捻らせて狛犬の顔を見上げた。

「……っ! じゃあ、若草さんの……、他のあやかしを襲ったのもやっぱりあんたなのね!」
「いかにも。もとより力量のある人だと思って食ろうてやろうとしたのに……。まさか、化け狸とはな。よく化けてはいたが、それじゃあ行かんのだ。食らうのは人でなくてはならぬ」
「な……、なんでよ! どうして?」

 圧迫される胸が軋む。私の声はもうすでに絶え絶えだ。

「お前、五頭竜の嫁であるならば知っておるだろう? 奴の伝説を……。あれほどに力をつけ名を馳せ、あやかしの癖に神と並ぶほどの強さを持っていたのは、人の身を喰らっていたからだ」
「……っ! だからって、どうして狛犬のあんたが同じことを!」
「わしは……、あやかしでは飽き足りなくなったのだ。この身ではこの地に縛られ、悠に出歩くことも儘ならぬ。日が落ちたのちはこうして、鶴岡八幡に戻らねばなるまいて……。しかし、祭神よりも力をつければきっとわしは自由になれる。あの子のそばに居られる。……そのためには稀人。お前を食ろうてやらねば……」
「ちょ……ちょっと! 待って! そんなの……、鈴白さんに相談すればいいでしょ? 何も私を食べなくたって! ……鈴白さん、助けて!」
「せいぜい足掻くがいい。どうせお前の声など届かぬよ。さあ、その身をわしに捧げよ。なあに、痛みはない。一息で噛み殺してやろう……!」
「……っ!」

 片足で背中を押さえつけられて足をバタつかせることしかできない。
 生暖かい吐息が私の首元にかかりぞわりとする。

「ほ……! 本当に食べる気なの!」

 声が震えてほとんど吐息のような音しか出ない。
 心臓が爆発しそうに鳴って破裂しそうだ。

「ふん。わしがやらずとも何れ五頭竜がお前を食らっただろう」
「っ! れ、レンはそんなことしない!」
(そうだよ……! レンは私のこときっと助けてくれる!)

 私のまぶたの裏にレンの姿が映る。

(こんなことなら……、ちゃんと仲直りしておけばよかった)

 眦が熱くなる。
 死ぬ間際だというのに思い出してしまうのはレンのことばかりだ。
 まだ私は諦めてないからだろうか? 
 レンなら助けてくれると心の奥底で信じているからだろうか?
 もう私を守ってくれるお守りはないけれど、代わりに私にはレンがいてくれる。
 それだけで安心して居たのだと初めて知った。
 ただ、私が気づかなかっただけで。

「……っ!」

 眦に涙が浮かぶ。
 こんなにも今、レンに会いたい。
 またその呆れたような声で私をたしなめて欲しい。

(レン……!)

 私の龍神様。
 出会った時のように、私のことをきっと助けてくれる。
 絶望に塗りつぶされた心が少しずつ熱を持つ。
 きっとレンなら私を見つけて出してくれる。

「……レン! 助けて!」

 背中を押し潰されそうになって、ひしゃがれた声しか出ないけれど、私は必死に叫ぶ。
 理由も根拠もないけれど。
 私が叫んだらきっと、答えてくれる。
 レンが来てくれる。
 そんな気持ちが私を奮い立たせる。

「無駄だ……、お前はわしの腹のなかで静かにとけ、血肉となる。わしは髪をもしのぐ力が与えられるだろう。わしは鶴岡八幡の呪縛から解放される。そうすればきっと、わしはあの子と……」
「くぅ……っ!」

 肺が押されてうまく呼吸もままならない。
 酸欠でぼうっとする意識の中で、私は手を伸ばす。
 きっと私の手を取ってくれるって、疑いもなく信じているからだ。

「話が長引いたな。そろそろお祈りも済んだであろう?」

 再び狛犬の牙が私の喉元に突き刺さる。

(レン……っ!)

 ぎゅっと瞼をつぶった私に、聞き馴染みのある声がかけられた。

「悪いが……、その祈りとやらは誰にだ? 菩薩か? 如来か? 悪いが、そいつの祈りも、すべて俺のものだ。ほかの神になんかやるか!」
「えっ!」

 はっと目を開けると、ぶわりと風が吹き、狛犬の体が吹っ飛ばされ舞殿の足元へと体を叩きつけた。
 あの巨体を軽々と吹き飛ばすなど、彼くらいしか思いつかない。

「……レン!」
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