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龍神様とあやかし事件

16、白い犬

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次の日に登校した私は朝からてんてこ舞いだった。
 なるべく穏便にとは思ったものの、噂はあっという間に広がってしまったようだ。
 現に私の周りにはクラスメイトが詰めかけている。

「ねえねえ……みなみ! あの人誰なの?」
「え……ええッと!」
「とぼけても無駄だよ。私昨日あんたがイケメンと一緒にいるところを見たんだから!」
「あ……、あの……」
「もう! 本当に誰なの? モデルみたいですらっとしてて……! めちゃくちゃかっこよかった! 私にも紹介して!」
「あ……あのお」

(どどど、どうしよう……!)

 やはり誤魔化せるわけがなく、学校に来るなりクラスメイトに質問責めにされてしまった。
 鎌倉とはいえ、高校の周りは普通に住宅街だし、観光客はご年配の方が多くてイケメンなどなかなか訪れないから仕方ない。

 つまり出会いのチャンスなのだ。
イケメンの知り合いはイケメンだろうという、どこからデータを持ってきたのかはたまた不明なくらいの先入観で自分にも紹介して欲しいという願望がありありと見える。

 とてもじゃないけどできないけど。
 レンにイケメンの知り合いがいたとて、きっと人間じゃないものね。

「名前はなんて言うの?」
「れ……レンって」
「ふうん? みなみの彼氏なの?」
「そ……そんなことないよ!」
「でも昨日手を繋いでたじゃない?」

 あ……あれは急いでいたからであって……、といっても皆聞いてくれそうもない。
 煮え切らない私の態度に痺れを切らしたのかクラスメイトがぐっと私の席に寄りかかって来る。

「え……ああ! ちょっと」
「ねえ。みなみ! はっきりしなさいよ!」
「え……ええっと」

 しどろもどろになって冷や汗が垂れる。

 説明しろって? あやかしに襲われそうになったらイケメンに声を掛けられてしかもそれが龍神様だって? そんなこと言った暁にはどうしようもない言い訳か、それとも頭でもおかしくなってしまったのだと言われるに違いない。

 一体どうしたらみんなの誤解が解けるのだろう。
 私には到底思いつかなくてただただうろたえるだけだ。

「そろそろその辺にしといたら?」

 声のした方にみんなの視線がぐっと寄せられる。
 私も視線を寄越すと、由美が腕組みをしながら呆れたように立っていた。

「皆が気になるのも分かるけど、みなみだって困ってるし。それにいくらイケメンとはいえ人の恋愛事情に首突っ込むのも良くないと思うわよ?」
「べ……別にそんなつもりじゃ」

 きっぱりした由美の声に少しざわついた。

「それに、次は移動教室だから。そろそろ準備しないと授業に遅れるよ?」
「え? ほんと?」
「やばい! 急がないと! みなみ、今度詳しく聞くからね!」

 そう言いながらクラスメイトたちはバタバタと教室を出ていった。

「ありがと……」
「ううん、いいのよ。みんな気になってるらしいけど流石にあれじゃあねえ?」
「おかげで助かった」
「だからいいってば。それにみなみも早く準備しないと。遅れちゃうよ?」
「あっ! そうだね」

 急いで私は教科書とノートを机から取り出した。

「ねえ、今日は放課後空いてる?」
「ん? うん! 大丈夫だよ……あっ」

 私はふとレンの言葉が頭によぎった。
 注意しろと言う約束を破るつもりはない。
 この場合はおとなしく帰った方がいいと思う。

(でも……)

 二日連続親友の誘いを断ったら流石に角が立つものだろう。
 それに襲われたのはあやかしだし。大丈夫だよね。多分。

「ひょっとして、忙しかった?」

 困った顔の由美に私は慌てて手を振って否定する。

「ううん! 平気平気! あのタピオカのお店だよね! 一緒に行こ!」
「よかった! それじゃあ行こうか」
「うん……」

 レンのことが一瞬胸によぎったが、すぐに大丈夫だと根拠のない自信で塗りつぶした。
 大丈夫……、きっと問題ない。
 そんな驕りがのちにレンの怒りを買うとも知らずに、私は放課後へ想いを馳せていた。



 

 小町通りのタピオカショップで黒糖わらびタピオカと、抹茶白玉タピオカを受け取り、由美の家である喫茶「ゆきのした」へと歩く。

「え……。じゃあ本当にみなみの彼氏なの?」

 驚く由美の声に思わずタピオカが喉に詰まりそうになってむせる。

「彼氏……じゃないんだけど上手く家族が丸め込まれちゃって……」
「え、それ大丈夫なの?」
「大丈夫……ではないかも」

 はははと軽く笑いをあげながら、タピオカをすする。

「でも結婚しちゃったら進学はどうするの?」
「ほんと……それだよね。正直成績は問題ないと思うんだけど家を継げって言われてて……」
「そうか……みなみん家は一人っ子だもんね」
「諦めたくないんだけど……。本当困ってるんだよなあ」

 小町通りを抜けてそのまま真っ直ぐ進む。右手に鶴岡八幡が見える喫茶店が由美の家だ。
 ログハウス風の扉を開けると、中から珈琲の香ばしい香りがいっぱいに私を出迎えてくれた。
 この喫茶店は家族経営で自家焙煎した珈琲と手作りのシフォンケーキが有名な場所なのだ。

「ごめんね。定休日なのに開けてもらって」
「ううん。いいの、いいの。せっかくの親友の相談なんだからたっぷりと付き合わないと。あ、でも今日はお父さんが病院に行ってるから珈琲煎れるのは私だけど」
「ありがとう。私、由美の珈琲大好き」
「ふふ、すぐに準備するから。そこに座ってて」

 私は促されたままカウンター席にそっと座る。
 小さい頃からここは私の特等席だ。
 昔はこうして二人で並んで、その日のケーキと紅茶をすすりながら話を楽しんだものだ。

「みなみはミルクたっぷりだったよね?」
「うん。それと蜂蜜で甘めにしてね」
「わかってるって」

 椅子にちょこんと座って待っている。
 やっぱり由美のそばは落ち着く。
 なんていうか由美の纏っている雰囲気というか。しっかりしているのに、周りにはほっこりした空気が漂っているようでとても癒される。
 実際のところ由美はモテているらしいのだが、家業の手伝いを理由に全部断っているらしい。なんとも勿体無い話だ。

(きっと……、由美だったらあやかしにもモテモテなんだろうなあ)

そう微笑んだ瞬間、いきなりゾワッと背筋が震えた。
(な……なにっ!)

 慌てて立ち上がり、振り向いても誰もいない。
 部屋の中にはお湯を沸かすやかんの音だけが響く。
 周りを見渡してもただこの部屋にいるのは自分だけのように思えた。

(気のせいかな……?)

 違和感は拭えないけれど、何もなかったら仕方ない。
 ほうとため息をついてふと足元を見る。

「え……?」

 視線の先には白い毛並みの柴犬がちょこんと座っていた。

(犬……?)
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