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龍神様とあやかし事件
14、龍恋の鐘
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年末ともなれば江ノ島はぐっと忙しくなる。
まずはクリスマスのイルミネーション。
展望台がキラキラとした光の中に包まれてムード立っっぷりになるし、それが過ぎれば今度は年が変わった瞬間に参拝が始まるので一日中島にとどまる観光客のために仲見世通りの商店は準備に追われる。
今仲見世をこうして歩いていても、いつもの二割り増しくらいで人が行き来しているように見えた。
「ねえ……、レン。タコせんべいでも買ってく?」
「うむ……そうだのう」
レンの返事は未だ生返事だ。
人通りの多い仲見世通りを抜け、たつみ屋へと向かう。
そういえば仕込みは済んでいるのだろうか?
帰ったら早々夕食の準備をしないと、今日も宿泊しているお客様の分が間に合わなくなってしまう。だと言うのに、なんだかレンは生返事ばかり繰り返していた。
「のう……、みなみ。こちらは何だ?」
龍ヶ岡まで差し掛かった時にレンが指差したのはいつもの帰り道と枝葉別れした道だ。
「ああ……、そっちの道へ行くと恋人の丘だよ」
「ほう? なんなのだ? それは」
「えっと簡単にいうと、恋人たちのためのスポットっていうのかな? いわゆる観光地として盛り上げるための鐘があってね」
しかしレンは私の返事を待たずにどんどん先へと歩いて行ってしまう。
「え……あ、レン! ちょ、ちょっと待ってってば!」
(人の話を最後まで聞かないなんて!)
むすっとしながらも慌てて追いかける。
相模湾の見える小道を歩いていくと急に視界が開けてくる。
海が一望できる場所にそっと静かにそびえ立つ丘。
そしてその中央には釣鐘が夕日に照らされている。
「これはなんだ?」
レンが指差したのは近くの手すりに取り付けられた南京錠の数々だ。
「ここはね、龍恋の鐘ってところなんだよ」
「ほう?」
「龍神伝説になぞらえて、カップルたちがこれで愛を誓うんだよ。ほら見てみなよ。南京錠に名前が書いてあるでしょう?」
「これで、幸福を願うというのか?」
「そ……、それで最後に二人でこの鐘を鳴らすってわけ」
釣鐘にはロープが下げられており、容易に鳴らすことができる。
ちょっとだけ触ってみると、カランと音が響いた。
「ほう……! いやはや。よくまああれこれ考えることよのう」
レンは感心しながら南京錠を見ている。
「怒らないの?」
「何がだ?」
「だって……元の伝説は鐘とか関係ないじゃない? これだっていわば観光地を盛り上げるためのスポット作りなわけだし。なんていうか……、利用されてるって怒るんじゃないかと思ってた」
しかし、予想に反してレンは上機嫌な顔を浮かべた。
「いいや……! むしろどんどんやると良いと思うぞ俺は」
「そう……??」
「うむ。そうすることで俺の知名度が上がればもっと神力も上がる」
「神力?」
「おうとも……。のう、みなみ。あやかしと神と……、線引きがされるのは一体どこでだと思う?」
「え……、そうだね」
飛躍した質問に頭を悩ませる。
「やっぱり……、祀られてるとか? かな」
「ふふ。近いが少し違うの。神を神たらしめるもの。それは人の信仰心だ」
「どういうこと?」
「神はな……、一人でなれるものではないのさ。それではただのあやかし、モノノ怪の類に過ぎぬ。しかし、人が贖い讃え祀ればその土地に繋がりができる。もちろんひっそりと生きる神もおろうが、やはり力量としては劣るのよ。人に認められ、愛され、そうして初めて概念に近かった存在が現実味を帯びる」
「つまり……、人気な神様が強いってこと?」
「そうさな。だからこうしてよくよくは俺への信仰心に繋がりそうな催しは大歓迎よ! むしろもっとやれ! 俺の名を世に知らしめよ! もっと崇め奉れば良い良い!」
レンがはカラカラと笑った。
「さあてみなみ。早速俺たちも鳴らすとしようではないか」
「え……っ、私たちも?」
この鐘ってカップルとしての幸せを龍神様に祈るわけなのに、本人たちでやっていいものなのかなあ?
「ほら……鳴らそうぞ」
「う。うん?」
二人で対面に立ち、そっとロープをひっぱりあう。
からんからん。
静かに鐘の音が響く。
夕日に照らされてレンの顔が赤く染まる。
その金色の瞳も……、染められた色が綺麗で思わずレンの瞳をぐっと見つめてしまう。
「ありがとうな……」
「え?」
おもむろにレンが口を開いて思わずその顔を伺う。
「今日付き合ってくれての」
「え……まあ。私もちょっと気になってたから」
「そうか……」
二人の間に静寂が降りる。
響く鐘の音が心地いいのに、心臓はなんだか忙しく鼓動を打つ。
(レン……どうしたんだろう? なんだかさっきと様子が違う)
妙にしおらしくなってしまったようで、そっと様子を伺う。
「お前に……名前のことを励まされた時。胸のつかえが取れたような気がした」
「そう……なの」
「ああ……俺はずっとな。気にしておったのだよ。自分が元はあやかし出身の神だということをな。俺がかつてやったことは消えない。それをずっと悔やんでおった」
「……」
「それをな。未来へと気づかせてくれたものがおった。それをもう一度思い出させてくれたのだよ」
「そうっか。何かレンの力になれたのならよかったよ」
私は小さく微笑んだ。
「さて……帰ろうかの」
「うん」
どちらからともなく、掌が重なり合う。
そっと伝わる手のひらの体温になんだか心がぽかぽかしてくるようだ。
こうして二人で並んで歩けるのもいいなあとそんな気持ちが広がる。
そんなほっこりした気持ちで帰ってきたたつみ屋にまたまたトラブルの火種が上がっていたのである。
まずはクリスマスのイルミネーション。
展望台がキラキラとした光の中に包まれてムード立っっぷりになるし、それが過ぎれば今度は年が変わった瞬間に参拝が始まるので一日中島にとどまる観光客のために仲見世通りの商店は準備に追われる。
今仲見世をこうして歩いていても、いつもの二割り増しくらいで人が行き来しているように見えた。
「ねえ……、レン。タコせんべいでも買ってく?」
「うむ……そうだのう」
レンの返事は未だ生返事だ。
人通りの多い仲見世通りを抜け、たつみ屋へと向かう。
そういえば仕込みは済んでいるのだろうか?
帰ったら早々夕食の準備をしないと、今日も宿泊しているお客様の分が間に合わなくなってしまう。だと言うのに、なんだかレンは生返事ばかり繰り返していた。
「のう……、みなみ。こちらは何だ?」
龍ヶ岡まで差し掛かった時にレンが指差したのはいつもの帰り道と枝葉別れした道だ。
「ああ……、そっちの道へ行くと恋人の丘だよ」
「ほう? なんなのだ? それは」
「えっと簡単にいうと、恋人たちのためのスポットっていうのかな? いわゆる観光地として盛り上げるための鐘があってね」
しかしレンは私の返事を待たずにどんどん先へと歩いて行ってしまう。
「え……あ、レン! ちょ、ちょっと待ってってば!」
(人の話を最後まで聞かないなんて!)
むすっとしながらも慌てて追いかける。
相模湾の見える小道を歩いていくと急に視界が開けてくる。
海が一望できる場所にそっと静かにそびえ立つ丘。
そしてその中央には釣鐘が夕日に照らされている。
「これはなんだ?」
レンが指差したのは近くの手すりに取り付けられた南京錠の数々だ。
「ここはね、龍恋の鐘ってところなんだよ」
「ほう?」
「龍神伝説になぞらえて、カップルたちがこれで愛を誓うんだよ。ほら見てみなよ。南京錠に名前が書いてあるでしょう?」
「これで、幸福を願うというのか?」
「そ……、それで最後に二人でこの鐘を鳴らすってわけ」
釣鐘にはロープが下げられており、容易に鳴らすことができる。
ちょっとだけ触ってみると、カランと音が響いた。
「ほう……! いやはや。よくまああれこれ考えることよのう」
レンは感心しながら南京錠を見ている。
「怒らないの?」
「何がだ?」
「だって……元の伝説は鐘とか関係ないじゃない? これだっていわば観光地を盛り上げるためのスポット作りなわけだし。なんていうか……、利用されてるって怒るんじゃないかと思ってた」
しかし、予想に反してレンは上機嫌な顔を浮かべた。
「いいや……! むしろどんどんやると良いと思うぞ俺は」
「そう……??」
「うむ。そうすることで俺の知名度が上がればもっと神力も上がる」
「神力?」
「おうとも……。のう、みなみ。あやかしと神と……、線引きがされるのは一体どこでだと思う?」
「え……、そうだね」
飛躍した質問に頭を悩ませる。
「やっぱり……、祀られてるとか? かな」
「ふふ。近いが少し違うの。神を神たらしめるもの。それは人の信仰心だ」
「どういうこと?」
「神はな……、一人でなれるものではないのさ。それではただのあやかし、モノノ怪の類に過ぎぬ。しかし、人が贖い讃え祀ればその土地に繋がりができる。もちろんひっそりと生きる神もおろうが、やはり力量としては劣るのよ。人に認められ、愛され、そうして初めて概念に近かった存在が現実味を帯びる」
「つまり……、人気な神様が強いってこと?」
「そうさな。だからこうしてよくよくは俺への信仰心に繋がりそうな催しは大歓迎よ! むしろもっとやれ! 俺の名を世に知らしめよ! もっと崇め奉れば良い良い!」
レンがはカラカラと笑った。
「さあてみなみ。早速俺たちも鳴らすとしようではないか」
「え……っ、私たちも?」
この鐘ってカップルとしての幸せを龍神様に祈るわけなのに、本人たちでやっていいものなのかなあ?
「ほら……鳴らそうぞ」
「う。うん?」
二人で対面に立ち、そっとロープをひっぱりあう。
からんからん。
静かに鐘の音が響く。
夕日に照らされてレンの顔が赤く染まる。
その金色の瞳も……、染められた色が綺麗で思わずレンの瞳をぐっと見つめてしまう。
「ありがとうな……」
「え?」
おもむろにレンが口を開いて思わずその顔を伺う。
「今日付き合ってくれての」
「え……まあ。私もちょっと気になってたから」
「そうか……」
二人の間に静寂が降りる。
響く鐘の音が心地いいのに、心臓はなんだか忙しく鼓動を打つ。
(レン……どうしたんだろう? なんだかさっきと様子が違う)
妙にしおらしくなってしまったようで、そっと様子を伺う。
「お前に……名前のことを励まされた時。胸のつかえが取れたような気がした」
「そう……なの」
「ああ……俺はずっとな。気にしておったのだよ。自分が元はあやかし出身の神だということをな。俺がかつてやったことは消えない。それをずっと悔やんでおった」
「……」
「それをな。未来へと気づかせてくれたものがおった。それをもう一度思い出させてくれたのだよ」
「そうっか。何かレンの力になれたのならよかったよ」
私は小さく微笑んだ。
「さて……帰ろうかの」
「うん」
どちらからともなく、掌が重なり合う。
そっと伝わる手のひらの体温になんだか心がぽかぽかしてくるようだ。
こうして二人で並んで歩けるのもいいなあとそんな気持ちが広がる。
そんなほっこりした気持ちで帰ってきたたつみ屋にまたまたトラブルの火種が上がっていたのである。
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