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龍神様とあやかし事件
13、レンという名前
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「どうしてレンは今回私を連れてきたの?」
「ん?」
「だってさ。レンだったら面倒とか言って……、スルーしそうなモノなのに。こうしてわざわざ江ノ島から出てきてさ。ちょっとびっくりしちゃった」
「なあに……知古の親族だからな。もし刃傷沙汰を放置してるとあれば土地神としては失格だろうよ。小言の一つ二つ言うてやろうとしたのだが……」
レンがふうとため息をついて、あんみつを見つめる。
「まるで奴は気づいておらんかったからのう。一体……どういうことなのだろうか」
すっとあんみつ口に運ぶもその顔は全くもって晴れない。
「うーん」
神様の事情はよく分からなくて私も頭を悩ませた。
ふと外に視線を移すと、寒空の下源平池の水面が揺られている。
夏にもなればここは一面の蓮の花が咲き乱れるのだ。
私も祖母に連れられて良く来たものだった。
「……そういえばだけどさ。レンの名前ってやっぱり蓮から来てるの?」
「ん?」
レンのスプーンを持つ手がピタリと止まった。
「だってさ。五頭竜の神様なのに、名前が竜の由来じゃないんだもの」
「ああ……そうだな」
レンの瞳が揺れる。
少し優しい眼差しに私の心臓がどきりと跳ねる。
「俺のことを……、まるで蓮の花のようだと言ってくれた人がおったのだよ」
懐かしそうにレンは話す。
「泥中の蓮、という言葉を知っているか?」
「うん……、汚れていても、清く生きること……って意味だよね」
私の言葉にレンがゆっくりとうなづいた。
「ああ。そうだ。俺のことをな……。過去のことは今、どうすることもできない。しかし、これからは綺麗に生きられると。そう願いを込めて蓮の名前を俺につけてくれた人がおったのだよ」
私はすっと息を飲んだ。
レンが言っていることはきっと五頭竜伝説以前の話なのだ。
天女に恋をして、改心し江ノ島の神になる描写ばかり気にされがちだが、それ以前に五頭竜が現在の鎌倉市腰越にて悪さをしていたという話だ。
だいぶ、傍若無人な振る舞いをしていたらしく、人々は荒くれる龍神を収めるために生贄として子供を差し出したという話である。
それが子死越という地名になり、その後腰越になったと言われている。
(じゃあ……まさか伝説は本当なんだ……)
ごくりと喉を鳴らす。
目の前のレンが人を襲っていた?
「のう……、お前はどう思う?」
「どう……って?」
「俺に……、レンという名前は相応しいと思うか?」
レンが私のことを見つめる。
いつもの強い態度ではなくて、私はこの龍神がこんなにも繊細な色を宿した瞳になるのを始めて知った。
「お前は聡いからのう……」
「そう……かな?」
「ああ。気づいているかとは思うが、お前が今懸念していることは事実だ」
「……っ」
(やっぱり……)
レンは少し困ったような表情を浮かべる。
「なあどう……思う? 俺に、この名はふさわしくないのかの?」
珍しく弱気な声だ、いつもは俺様全開なのに今日は一体どうしてしまったと言うのだろう。
さっき比売神に言われた言葉がそんなにも気になるというのだろうか。
(そんな……ちょっと言われたくらいで気にしなくてもいいのに)
なんだか私はイライラしてしまう。
「うん……よくないよ。……ちっともよくない!」
「……」
なんだか胃のあたりがムカムカして、私は食ってかかるかのようにレンに掴みかかる。
「ちょっと誰かに言われたくらいでヒヨってちゃダメだよ! レンはあの時、私を助けてくれたし。他にもあんたを慕ってくれるあやかしもたくさんいるでしょ? もっと自信を……持ちなってば! 」
「みなみ……」
レンは私のことを目を丸くして見つめている。
「そうやってくよくよしてるよりも、その名前に恥じない自分になる方が大切でしょう! いつもの自信家俺様なあんたはどうしたのよ……!」
レンは私を見つめてふっと笑うと静かに瞳を閉じた。
「ふ……ふはは。そうさな。俺としたことが……らしくなかったのう。五頭竜ともあろう俺がまさか……」
レンはすっと立ち上がるとそのまま私の頭を撫でた。
「すまなんだな……みなみ」
「え……えっと。どういたしまして……?」
「さて……行こうとするかの。何か手がかりがあればとは思ったが何もなければ仕方ない。ここは一旦引こうとしようかの」
「うん」
私たちは休憩所を出た。
途端にひんやりとした空気が体を包んで、私は思わずコートの襟元をぐっと寄せた。
少し日が傾いたせいか風は冷たい。
十二月も半分をすぎて、骨が軋むような寒さが続いているから余計にそう感じるのかもしれない。
早く帰って家の仕事をして、今日はシャワーじゃなくてゆっくりと湯船に浸かろう。
レンの後に続き、朱塗りの鳥居をくぐり抜ける。
「え……っ?」
ざわり……。
まるで背中を舐めるようなそんなどろっとした視線。
そんな不快感を背中に浴びたような気がして思わず振り返る。
しかし眼に映るのは鶴岡八幡の境内だけで、特にこれといった異変はない。
「どうした……? みなみ」
「ううん……。なんでもない」
おそらく何かの勘違いだったんだろう。
でもそれにしては妙に生々しかったような気がする。
違和感がぬぐいきれず私は未だ鶴岡八幡を見つめる。
「みなみ? そろそろゆくぞ?」
「あ……うん!」
(今日一日で疲れちゃったからかもしれないな)
そう思い込むことにして私はレンの後を追いかけていった。
「ん?」
「だってさ。レンだったら面倒とか言って……、スルーしそうなモノなのに。こうしてわざわざ江ノ島から出てきてさ。ちょっとびっくりしちゃった」
「なあに……知古の親族だからな。もし刃傷沙汰を放置してるとあれば土地神としては失格だろうよ。小言の一つ二つ言うてやろうとしたのだが……」
レンがふうとため息をついて、あんみつを見つめる。
「まるで奴は気づいておらんかったからのう。一体……どういうことなのだろうか」
すっとあんみつ口に運ぶもその顔は全くもって晴れない。
「うーん」
神様の事情はよく分からなくて私も頭を悩ませた。
ふと外に視線を移すと、寒空の下源平池の水面が揺られている。
夏にもなればここは一面の蓮の花が咲き乱れるのだ。
私も祖母に連れられて良く来たものだった。
「……そういえばだけどさ。レンの名前ってやっぱり蓮から来てるの?」
「ん?」
レンのスプーンを持つ手がピタリと止まった。
「だってさ。五頭竜の神様なのに、名前が竜の由来じゃないんだもの」
「ああ……そうだな」
レンの瞳が揺れる。
少し優しい眼差しに私の心臓がどきりと跳ねる。
「俺のことを……、まるで蓮の花のようだと言ってくれた人がおったのだよ」
懐かしそうにレンは話す。
「泥中の蓮、という言葉を知っているか?」
「うん……、汚れていても、清く生きること……って意味だよね」
私の言葉にレンがゆっくりとうなづいた。
「ああ。そうだ。俺のことをな……。過去のことは今、どうすることもできない。しかし、これからは綺麗に生きられると。そう願いを込めて蓮の名前を俺につけてくれた人がおったのだよ」
私はすっと息を飲んだ。
レンが言っていることはきっと五頭竜伝説以前の話なのだ。
天女に恋をして、改心し江ノ島の神になる描写ばかり気にされがちだが、それ以前に五頭竜が現在の鎌倉市腰越にて悪さをしていたという話だ。
だいぶ、傍若無人な振る舞いをしていたらしく、人々は荒くれる龍神を収めるために生贄として子供を差し出したという話である。
それが子死越という地名になり、その後腰越になったと言われている。
(じゃあ……まさか伝説は本当なんだ……)
ごくりと喉を鳴らす。
目の前のレンが人を襲っていた?
「のう……、お前はどう思う?」
「どう……って?」
「俺に……、レンという名前は相応しいと思うか?」
レンが私のことを見つめる。
いつもの強い態度ではなくて、私はこの龍神がこんなにも繊細な色を宿した瞳になるのを始めて知った。
「お前は聡いからのう……」
「そう……かな?」
「ああ。気づいているかとは思うが、お前が今懸念していることは事実だ」
「……っ」
(やっぱり……)
レンは少し困ったような表情を浮かべる。
「なあどう……思う? 俺に、この名はふさわしくないのかの?」
珍しく弱気な声だ、いつもは俺様全開なのに今日は一体どうしてしまったと言うのだろう。
さっき比売神に言われた言葉がそんなにも気になるというのだろうか。
(そんな……ちょっと言われたくらいで気にしなくてもいいのに)
なんだか私はイライラしてしまう。
「うん……よくないよ。……ちっともよくない!」
「……」
なんだか胃のあたりがムカムカして、私は食ってかかるかのようにレンに掴みかかる。
「ちょっと誰かに言われたくらいでヒヨってちゃダメだよ! レンはあの時、私を助けてくれたし。他にもあんたを慕ってくれるあやかしもたくさんいるでしょ? もっと自信を……持ちなってば! 」
「みなみ……」
レンは私のことを目を丸くして見つめている。
「そうやってくよくよしてるよりも、その名前に恥じない自分になる方が大切でしょう! いつもの自信家俺様なあんたはどうしたのよ……!」
レンは私を見つめてふっと笑うと静かに瞳を閉じた。
「ふ……ふはは。そうさな。俺としたことが……らしくなかったのう。五頭竜ともあろう俺がまさか……」
レンはすっと立ち上がるとそのまま私の頭を撫でた。
「すまなんだな……みなみ」
「え……えっと。どういたしまして……?」
「さて……行こうとするかの。何か手がかりがあればとは思ったが何もなければ仕方ない。ここは一旦引こうとしようかの」
「うん」
私たちは休憩所を出た。
途端にひんやりとした空気が体を包んで、私は思わずコートの襟元をぐっと寄せた。
少し日が傾いたせいか風は冷たい。
十二月も半分をすぎて、骨が軋むような寒さが続いているから余計にそう感じるのかもしれない。
早く帰って家の仕事をして、今日はシャワーじゃなくてゆっくりと湯船に浸かろう。
レンの後に続き、朱塗りの鳥居をくぐり抜ける。
「え……っ?」
ざわり……。
まるで背中を舐めるようなそんなどろっとした視線。
そんな不快感を背中に浴びたような気がして思わず振り返る。
しかし眼に映るのは鶴岡八幡の境内だけで、特にこれといった異変はない。
「どうした……? みなみ」
「ううん……。なんでもない」
おそらく何かの勘違いだったんだろう。
でもそれにしては妙に生々しかったような気がする。
違和感がぬぐいきれず私は未だ鶴岡八幡を見つめる。
「みなみ? そろそろゆくぞ?」
「あ……うん!」
(今日一日で疲れちゃったからかもしれないな)
そう思い込むことにして私はレンの後を追いかけていった。
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