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龍神様とあやかし事件

11、過ち

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「のう、みなみ。私に教えてはくれまいか?」

 にっこりと笑ってはいるものの有無を言わせないような笑顔に背筋がゾクりと震える。

「え……えっと。その」
(ど……どうしよう。ちゃんと言った方がいいよね)

 しかし、もし何か余計なことを口走ってこの祭神の不興を買ってしまうのもあまり得策ではないように思えた。
(それでも……もし自分のところで何か異変が起きてたら気にするもんね。うん……、やっぱり正直に話そう……)

 意を決して口を開く。
 しかし「最近この付近で事件があったんです……」、と話すつもりの口はレンの大きな手のひらで塞がれてしまった。

「むぐっ!!」
(ちょ……ちょっと何するの!?)

 もごもごするのもお構いなしにレンは張り付いたような笑顔を鈴白に向けた。

「ふむふむ……、そうか、そうか? やはり何もないよなあ。それなら良い」
「いや! ちょっと待て! よくないぞ五頭竜。貴様のことだ。どうせ良からぬことを考えておるのだろう? 吐け。私の神地で好き勝手暴れるのは許さぬぞ! 何を企んでおるのか全て白状しろ」

 ぐっと鈴白に睨まれてもレンはどこ吹く風といった様子でにこやかに笑うだけだ。

「いやいや。気にするでない。どうせ俺の勘違いだったのであろうよ」
「そんな言葉に騙される私でないぞ? 貴様の手管はお見通しだ。ほんに……昔から人を拐かすのは得意な貴様だ。良からぬことで人心を惑わすなど神の隅にもおけまいて!」
「お前は頭が硬いのう? 俺はこうしてみなみを自慢しにきただけだ? 言っただろう? 俺の勘違いだと。お前がきちんと治めている神地で何か起きようなどとあるはずもないだろうに? のう?」
(いやあ……、そんなあからさまに褒めても……、バレちゃうでしょうに)
「ふん……! 当たり前だ。鶴岡八幡の三柱を舐めるでないぞ。それに小物であれば敷地内におる狛犬が勝手に咬み殺すであろう。分かっているのであれば良いわ!」

 どうやらバレなかったようだ。
 手放しで褒められて悪い気はしなかったらしい。

「あ! しかしだ! 言っておくが、私は貴様を信用してないからな! ……ところで」

 鈴白はレンを睨みつけると今度は私の顔にずいっと近づけてきた。

「え……っ! な、何?」

 思わず背筋を正すと、鈴白はにっこりと笑った。

「のう? お主、五頭竜など捨てて私のところへ来る気はないか?」
「えっ……?」
(今……なんて?)

 目を大きく開けて、鈴白のことをまじまじと見つめる。
先ほどまでのレンへの冷たい態度が嘘のようににこやかな笑顔を向けた。

「どうせ五頭竜のことだ、お前が逃げられないような状況で無理矢理契約してこようとしたのであろう? かわいそうに……」
「ま……まあ。確かに」

 あやかしに襲われて絶体絶命の状況ではレンと契約せざるをえなかった。
 しかし、鈴白にこうもあっさりも見抜かれてしまうとは。レンは今までどんな悪行を積み重ねてきたというのだろうか。
 私の返事に鈴白は大げさなため息をついた。

「呆れたやつよのう……。いつも其奴はそうだ。強引にことを進めようとする。しかし、私は違うぞ。なにせ鶴岡八幡宮の祭神なのだからな。お前に苦労はさせない。どうだ? 私と契約し、こちらへ来る気持ちはないか?」
「えっと……」

 どうしてこう、神様って強引なんだろう。
 目の前の美少女に見つめられていて、なおかつ……口説かれてるんだと思うんだけど。
 初対面だというのにこの態度……。
 神様にとって、レンがいうような『稀人』ってそんなに価値のあることなのかなあ? と私は首をかしげる。

(でも……、この人はひょっとしたら私の留学を認めてくれるかもしれないし……)

 そうだ……。頑として譲らないレンよりは話を聞いてくれるかも?
 ふっと見上げると鈴白はにこりと笑った。

(……ど、どうしよう)

 私の心はぐらりと揺れる。

「やめよ」

 レンの声にハッとして顔をあげる。
 いつの間にかまるで守られるように私は後ろから抱きしめられていた。
 ぐっと引き寄せられて甘い香りが鼻をくすぐる。

(い……いきなりなんなの?)

 私が驚きに目を白黒させていると、鈴白が突っかかってくる。

「やめるのはお前の方だろう? 五頭竜。みろ怖がっておるではないか、かわいそうに……」
「黙れ。第一、みなみはもう俺と契約をしておるのだ。互いの了承なくては破棄できぬと知ってるであろう?」

 しかし鈴白はレンに対して一歩も引かない。

「ふん……、貴様のしていることは脅しに相違ない! 貴様は今になってもまだ悪行を重ねるつもりか!」
「何を……?」

 レンの眉がつり上がる。

「貴様……まさか忘れたわけではあるまいな? 忌まわしいあやかしとしての過ちを気づかないわけでもないだろう?」
「過ち?」

 ハッとしてレンの顔を見上げる。
 しかし、未だ何も言わずに鈴白を睨みつけているだけだ。

(過ち……ってどういうこと?)
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