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龍神様とあやかし事件
2、お客様
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「ようこそ、いらっしゃいました」
私がそっと扉を開けると、客人がゆっくりと中へ足を踏み入れる。
今宵のお客様は一人。
中肉中背ではあるものの、でっぷりとした体にピッタリサイズのコートの恰幅のいい紳士だった。
側から見れば、恰幅のいい紳士のように見えた
寒さをしのぐためのコートは上質な生地で作られているのがわかるし、黒光りする靴だってピカピカに磨き上げられているのが分かる。
それよりも恰幅の良さとこのご時世で生やしているのが意外なちょび髭。
いや、人っていうのもおかしいな。あやかしなんだし。
「おう! 久しぶりだのう」
扉が開いて、入って来た人物をみるなりレンは上機嫌な声をあげた。
最近こうしたレンの顔なじみの客がたつみ屋を訪れるようになった。
紳士は帽子を脱ぐと、そっと胸に当てて一礼する。
どう見たってレンの方が若造に見えるので、高貴な紳士が頭を下げるのはなんだかちぐはぐなように見えた。
「いえいえ、五頭竜様もご健勝で何よりです。……ほお、この方ですね。五頭竜様の御内さまは。初めまして私は化け狸の若草と申します。以前に五頭竜様には非常に良くしていただきましてねぇ。此度はこちらに寄る用事もございましてお伺いした次第ですよ」
「ありがとうございます。だいぶお疲れのご様子ですから。すぐにお部屋にご案内いたしますね」
「ほう……、お若いのにしっかりした方だ。さすが五頭竜様がお選びになられたお方ですね」
落ち着いた声色でしげしげと私の顔を見ながら語る。
来るあやかしは皆私の顔を見るのでなんだかこそばゆい。
正直神様の嫁にしては平凡だなあと思われてるんじゃないだろうか。
まあ、目の前のあやかしはニコニコするだけなんだけど。
(見る限り人間にしか見えないんだけどなあ)
繁盛するようになってたつみ屋を訪れるようになったのは人間だけではない。
こうして彼のようにあやかしの客足もどんどん増えている。
もちろん、単なる観光目的ではない。
彼らにはちゃんと目的があるのだ。
「いやあ、噂には聞いていた龍神様の白濁湯。ついに入れるのですね~。これは楽しみだ!」
そうして笑いながら歩くあやかしを私はお部屋へと案内する。
(龍神様の湯……ねえ?)
私はふうとため息をついた。
どこから噂を聞きつけたのだろうか?
シンタの母が穢れを湯で浄化させた話はあっという間にあやかしたちの間に広まって行ったらしい。
その湯の力にあやかりたいと、正直予約は三ヶ月待ちなのだ。
私は日中学校に行っているからどれくらいのあやかしが宿泊しにきてるかわからないけど、どうやら人に化けられるあやかしもいるし、こっそり湯だけ楽しみにくるあやかしもいるらしい。
全員が穢れを持ってるなんてことはなくて、健康のためとか、五頭竜のご利益にあやかりたいとかそういった希望まで目的は様々だ。
「しかし、まさか五頭竜様が旅館をつがれるとは。意外でしたなあ」
「ふむ、俺とて長年生きていればたまには興じることもある。現に飽きはせぬよ。のう? みなみ」
「えっ! ああ、まあそうだね。うん」
「はは……、五頭竜の細君はなかなかに恥ずかしがり屋な方ですねぇ」
決して恥ずかしがっているわけではない。
毎日毎日あやかしと接している日常にまだついていけてないのだ。
先日の猫又の一件だって正直まだ頭が追いついていない。
若草さんのお部屋は二階の一番奥の部屋だ。
準和室だし日中は相模湾を一望できるたつみ屋の中では一番格式の高い部屋になる。
「ほお……、なかなか良いですなあ」
ぐるりと見渡して見る若草さんをよそに、私はお部屋の説明をする。
「お風呂ですが内湯は十二時まで、露天は深夜の二時まで開けております。一応一般のお客様もいらっしゃるはずですのでくれぐれもお気をつけくださいませ」
うっかり化けの皮が外されたら困るのだ。
しかし私の心配をよそにレンがからからと笑った。
「案ずるな。今宵の客は全て俺の知古の者共ばかりだ」
ああ、やっぱり……。
お部屋をこっそり覗いた時に何と無くそう思ったんだ。
具体的にと言われると困るのだが、私がレンと契約……、もとい許嫁になってからというもの形容しがたいが何と無く見れば空気であやかしが分かる。
そんな直感めいたものがますます自分の中に生まれるようになってなんだか困惑している。
「なら安心ですねえ。私もこのところ、どうも体の調子が悪くて。気をぬくと変身が溶けてしまうのですよ」
どこから見ても人にしか見えないのに、もとの狸の姿に戻ってしまうこともあるらしい。
それはそれで見てみたいなあと思った。
「ゆるりと休むがよい。ここの料理は魚がうまい。それに俺が腕をふるうのだ。極上の味を堪能させてやろうぞ」
「へえ……! そりゃあ楽しみだ」
若草さんはからからと笑った。
「うむ。是非同胞にも広めると良いぞ。ここの湯は五頭竜の加護がある至高の湯だとな」
レンは完璧にたつみ屋を引き継ぐつもりらしい。
いや、いいんだそれでも。問題は私も一緒に切り盛りしなければならないところだ。
(うう……、なんとかして交わさないと)
「しかしまあ、よう遠いところから来たのう?」
「ええ……、なんでも親戚があやかしに襲われたそうで……。今はだいぶ回復したそうですがやはり見舞いにと思いましてね」
「襲われた?」
私がそっと扉を開けると、客人がゆっくりと中へ足を踏み入れる。
今宵のお客様は一人。
中肉中背ではあるものの、でっぷりとした体にピッタリサイズのコートの恰幅のいい紳士だった。
側から見れば、恰幅のいい紳士のように見えた
寒さをしのぐためのコートは上質な生地で作られているのがわかるし、黒光りする靴だってピカピカに磨き上げられているのが分かる。
それよりも恰幅の良さとこのご時世で生やしているのが意外なちょび髭。
いや、人っていうのもおかしいな。あやかしなんだし。
「おう! 久しぶりだのう」
扉が開いて、入って来た人物をみるなりレンは上機嫌な声をあげた。
最近こうしたレンの顔なじみの客がたつみ屋を訪れるようになった。
紳士は帽子を脱ぐと、そっと胸に当てて一礼する。
どう見たってレンの方が若造に見えるので、高貴な紳士が頭を下げるのはなんだかちぐはぐなように見えた。
「いえいえ、五頭竜様もご健勝で何よりです。……ほお、この方ですね。五頭竜様の御内さまは。初めまして私は化け狸の若草と申します。以前に五頭竜様には非常に良くしていただきましてねぇ。此度はこちらに寄る用事もございましてお伺いした次第ですよ」
「ありがとうございます。だいぶお疲れのご様子ですから。すぐにお部屋にご案内いたしますね」
「ほう……、お若いのにしっかりした方だ。さすが五頭竜様がお選びになられたお方ですね」
落ち着いた声色でしげしげと私の顔を見ながら語る。
来るあやかしは皆私の顔を見るのでなんだかこそばゆい。
正直神様の嫁にしては平凡だなあと思われてるんじゃないだろうか。
まあ、目の前のあやかしはニコニコするだけなんだけど。
(見る限り人間にしか見えないんだけどなあ)
繁盛するようになってたつみ屋を訪れるようになったのは人間だけではない。
こうして彼のようにあやかしの客足もどんどん増えている。
もちろん、単なる観光目的ではない。
彼らにはちゃんと目的があるのだ。
「いやあ、噂には聞いていた龍神様の白濁湯。ついに入れるのですね~。これは楽しみだ!」
そうして笑いながら歩くあやかしを私はお部屋へと案内する。
(龍神様の湯……ねえ?)
私はふうとため息をついた。
どこから噂を聞きつけたのだろうか?
シンタの母が穢れを湯で浄化させた話はあっという間にあやかしたちの間に広まって行ったらしい。
その湯の力にあやかりたいと、正直予約は三ヶ月待ちなのだ。
私は日中学校に行っているからどれくらいのあやかしが宿泊しにきてるかわからないけど、どうやら人に化けられるあやかしもいるし、こっそり湯だけ楽しみにくるあやかしもいるらしい。
全員が穢れを持ってるなんてことはなくて、健康のためとか、五頭竜のご利益にあやかりたいとかそういった希望まで目的は様々だ。
「しかし、まさか五頭竜様が旅館をつがれるとは。意外でしたなあ」
「ふむ、俺とて長年生きていればたまには興じることもある。現に飽きはせぬよ。のう? みなみ」
「えっ! ああ、まあそうだね。うん」
「はは……、五頭竜の細君はなかなかに恥ずかしがり屋な方ですねぇ」
決して恥ずかしがっているわけではない。
毎日毎日あやかしと接している日常にまだついていけてないのだ。
先日の猫又の一件だって正直まだ頭が追いついていない。
若草さんのお部屋は二階の一番奥の部屋だ。
準和室だし日中は相模湾を一望できるたつみ屋の中では一番格式の高い部屋になる。
「ほお……、なかなか良いですなあ」
ぐるりと見渡して見る若草さんをよそに、私はお部屋の説明をする。
「お風呂ですが内湯は十二時まで、露天は深夜の二時まで開けております。一応一般のお客様もいらっしゃるはずですのでくれぐれもお気をつけくださいませ」
うっかり化けの皮が外されたら困るのだ。
しかし私の心配をよそにレンがからからと笑った。
「案ずるな。今宵の客は全て俺の知古の者共ばかりだ」
ああ、やっぱり……。
お部屋をこっそり覗いた時に何と無くそう思ったんだ。
具体的にと言われると困るのだが、私がレンと契約……、もとい許嫁になってからというもの形容しがたいが何と無く見れば空気であやかしが分かる。
そんな直感めいたものがますます自分の中に生まれるようになってなんだか困惑している。
「なら安心ですねえ。私もこのところ、どうも体の調子が悪くて。気をぬくと変身が溶けてしまうのですよ」
どこから見ても人にしか見えないのに、もとの狸の姿に戻ってしまうこともあるらしい。
それはそれで見てみたいなあと思った。
「ゆるりと休むがよい。ここの料理は魚がうまい。それに俺が腕をふるうのだ。極上の味を堪能させてやろうぞ」
「へえ……! そりゃあ楽しみだ」
若草さんはからからと笑った。
「うむ。是非同胞にも広めると良いぞ。ここの湯は五頭竜の加護がある至高の湯だとな」
レンは完璧にたつみ屋を引き継ぐつもりらしい。
いや、いいんだそれでも。問題は私も一緒に切り盛りしなければならないところだ。
(うう……、なんとかして交わさないと)
「しかしまあ、よう遠いところから来たのう?」
「ええ……、なんでも親戚があやかしに襲われたそうで……。今はだいぶ回復したそうですがやはり見舞いにと思いましてね」
「襲われた?」
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