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龍神様に口説かれてしまいました!
16.猫又
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「お母ちゃん?」
「えっ!」
シンタのつぶやきを問い返す間も無く、軋む音がつんざくように響き、竹垣が潰され倒された。
「あ……っ!」
現れたのは先ほどの猫又だった。
しかし、全身血だらけのひどい怪我だ。
息も荒く、肺が潰れているかのように息苦しさを隠さない呼吸にその傷の重さが分かる。
でもどうして?
さっき、ただレンに跳ね飛ばされただけだっていうのに。
「レン! 一体何をしたの?」
「何も? お前も見ていただろうに。ただ退けただけだ」
「だったら……! あの怪我は何? 明らかにひどい傷だよ」
「当たり前だ。ここは江ノ島。俺の神地だ。その地を治める神に歯向かったらどうなるかは明白だ」
「ど……? どうなるの?」
恐る恐る見上げると、レンは絞るかのような声を出す。
「例え小さな傷でも少しずつ綻びが生じる。そうさな……。
次第に骨を砕き、肉を溶かす。言ったであろう?
容赦はしないとな」
「じゃあ……このままじゃあ」
視線をそっと向ける。
猫又の瞳がギラギラと輝いていて、いまにも掴みかかるばかりの勢いだ。
それをしないのはきっと今歯向かったら今度こそレンに殺されるのだと分かっているからだろう。
「やはりここで……」
レンが静かに構えの体制をとろうとする。
「ダメ……!」
はっとしてレンの手を抑える。何か言いたげな眼差しをなだめるように私はきっぱりと答え返す。
「きっと……! きっと何か方法があるから」
レンの腕をがっしりと掴むと、視界の端で何か動いているのが見えた。
横目でその影を追いかける。
「あっ……! シンタ!」
はっとして顔をあげると、よろけながらも猫又に近づいて行くのが見えた。
猫又は相変わらず唸り声をあげるままだ。
しかし、それもお構いなしにシンタは猫又へと近づいていく。
(このままじゃあシンタが傷つけられちゃう……!)
「待って……! あっ」
追いかけようとしたとき、滑りかけて体が湯で体が濡れる。
バシャンと音が響き、正面から湯だまりに突っ伏してしまう。
「みなみ!」
「……大丈夫!」
よろけた体をすぐに起こしてそのまま、シンタの元へと走る。
そのまま威嚇するかのように唸る猫又の前に近づいた。
「……お母ちゃん」
震える声をこぼす体をそっと抱き上げる。
ぽろぽろと溢れる涙が私の甲を静かに濡らした。
「どうして……、そんな風になっちゃったの? わがままを言っちゃったから? 無理に江ノ島に遊びに来たいって言っちゃったから?」
消え入りそうな声で、泣き出しそうな顔で、そう呟くシンタが愛おしすぎてぎゅっと抱き締める。
「シンタ……」
「お願い……。もうわがまま言わないよ。ちゃんとお母ちゃんのこと、大切にするから。だから元に戻ってよ……」
悲痛な叫びが響くのに、猫又にはちっとも響いている様子がなかった。
どうしたら止められるのだろう?
神様さえさじを投げてしまうようなこの状況をひっくり返すことはできないのか。
(ううん……、ここで諦められない。絶対にいい方法があるはず)
何としても助けたい。
でも、私はただの人間で、何にも力がなくて……。
そんな私に奇跡を起こせるのだろうか?
歯痒さに唇をキュッと唇を噛みしめる。
「ううん、大丈夫。きっとなんとかなる」
唸り声を上げる猫又にそっと近づく。
いまにも飛びかかろうするばかりに、にじり寄ってくる。
「……っ!」
「待って!」
手を挙げたレンをそっと制す。
そしてそのまま猫又のそばへ。
ひょっとしたらすぐにでも噛み殺されてしまうかもしれない。
そんな恐れが私の心を襲う。
(怖がっちゃダメだ)
腕の中にある温もりが私の心を奮い立たせる。
そしてそのままそっと……。手を伸ばしていく。
「ぐっ……!」
警戒心から猫又の爪が風を切る。
手のひらの甲に伝わる痛み。
うっすらと三本の線が私の肌に現れて血がにじむ。
「貴様……!」
「レン! 大丈夫だから」
背後からレンの怒りが伝わってくる。
でもここで引き下がったらダメだ。
正直、今私の首をかき消すこともできたはずだ。
でも現に私はまだ生きている。
(だからまだ……、完全に理性を失ってる訳じゃない!)
顔を上げて猫又の顔を見上げる。
目の中に私の心配そうな顔が浮かんでいた。
「お願いです。正気に戻ってください」
唸り声がより高くなる。
まるで骨にまで響くような地鳴りのような音。
怖くないと思ったら嘘になる。
でもここで私が引き下がったら誰が頑張るというのだ。
私を信じて手を伸ばしてくれた小さなあやかしの力に私はなりたい。
ううん、絶対になるんだ。
怖さをギリギリのところで封じ込めて、私はそっと猫又に笑いかける。
「きっと……、元に戻る方法があるはずです。だからまずは落ちついてください」
そうして手をそっと猫又の爪に重ねる。
猫又は微動だにしない。
襲ってこない。
ただピタリと私の手のひらを見つめているままだ。
(どうして? 私の声が届いた?)
少しだけ希望が見えたような気がして、胸が暖かくなる。
しかし、そのまま猫又は私をみつめている。
まるで自分が今していることに少し戸惑うように瞳が揺れている。
襲いたいという気持ちとそれを相反する気持ちがせめぎ合っているように見えた。
(まだ正気には戻ってない?)
それでもなぜか襲っては来ない。
きっと何か……理由があるのだ。
あやかしを踏み止まらせた。何かが。
「えっ!」
シンタのつぶやきを問い返す間も無く、軋む音がつんざくように響き、竹垣が潰され倒された。
「あ……っ!」
現れたのは先ほどの猫又だった。
しかし、全身血だらけのひどい怪我だ。
息も荒く、肺が潰れているかのように息苦しさを隠さない呼吸にその傷の重さが分かる。
でもどうして?
さっき、ただレンに跳ね飛ばされただけだっていうのに。
「レン! 一体何をしたの?」
「何も? お前も見ていただろうに。ただ退けただけだ」
「だったら……! あの怪我は何? 明らかにひどい傷だよ」
「当たり前だ。ここは江ノ島。俺の神地だ。その地を治める神に歯向かったらどうなるかは明白だ」
「ど……? どうなるの?」
恐る恐る見上げると、レンは絞るかのような声を出す。
「例え小さな傷でも少しずつ綻びが生じる。そうさな……。
次第に骨を砕き、肉を溶かす。言ったであろう?
容赦はしないとな」
「じゃあ……このままじゃあ」
視線をそっと向ける。
猫又の瞳がギラギラと輝いていて、いまにも掴みかかるばかりの勢いだ。
それをしないのはきっと今歯向かったら今度こそレンに殺されるのだと分かっているからだろう。
「やはりここで……」
レンが静かに構えの体制をとろうとする。
「ダメ……!」
はっとしてレンの手を抑える。何か言いたげな眼差しをなだめるように私はきっぱりと答え返す。
「きっと……! きっと何か方法があるから」
レンの腕をがっしりと掴むと、視界の端で何か動いているのが見えた。
横目でその影を追いかける。
「あっ……! シンタ!」
はっとして顔をあげると、よろけながらも猫又に近づいて行くのが見えた。
猫又は相変わらず唸り声をあげるままだ。
しかし、それもお構いなしにシンタは猫又へと近づいていく。
(このままじゃあシンタが傷つけられちゃう……!)
「待って……! あっ」
追いかけようとしたとき、滑りかけて体が湯で体が濡れる。
バシャンと音が響き、正面から湯だまりに突っ伏してしまう。
「みなみ!」
「……大丈夫!」
よろけた体をすぐに起こしてそのまま、シンタの元へと走る。
そのまま威嚇するかのように唸る猫又の前に近づいた。
「……お母ちゃん」
震える声をこぼす体をそっと抱き上げる。
ぽろぽろと溢れる涙が私の甲を静かに濡らした。
「どうして……、そんな風になっちゃったの? わがままを言っちゃったから? 無理に江ノ島に遊びに来たいって言っちゃったから?」
消え入りそうな声で、泣き出しそうな顔で、そう呟くシンタが愛おしすぎてぎゅっと抱き締める。
「シンタ……」
「お願い……。もうわがまま言わないよ。ちゃんとお母ちゃんのこと、大切にするから。だから元に戻ってよ……」
悲痛な叫びが響くのに、猫又にはちっとも響いている様子がなかった。
どうしたら止められるのだろう?
神様さえさじを投げてしまうようなこの状況をひっくり返すことはできないのか。
(ううん……、ここで諦められない。絶対にいい方法があるはず)
何としても助けたい。
でも、私はただの人間で、何にも力がなくて……。
そんな私に奇跡を起こせるのだろうか?
歯痒さに唇をキュッと唇を噛みしめる。
「ううん、大丈夫。きっとなんとかなる」
唸り声を上げる猫又にそっと近づく。
いまにも飛びかかろうするばかりに、にじり寄ってくる。
「……っ!」
「待って!」
手を挙げたレンをそっと制す。
そしてそのまま猫又のそばへ。
ひょっとしたらすぐにでも噛み殺されてしまうかもしれない。
そんな恐れが私の心を襲う。
(怖がっちゃダメだ)
腕の中にある温もりが私の心を奮い立たせる。
そしてそのままそっと……。手を伸ばしていく。
「ぐっ……!」
警戒心から猫又の爪が風を切る。
手のひらの甲に伝わる痛み。
うっすらと三本の線が私の肌に現れて血がにじむ。
「貴様……!」
「レン! 大丈夫だから」
背後からレンの怒りが伝わってくる。
でもここで引き下がったらダメだ。
正直、今私の首をかき消すこともできたはずだ。
でも現に私はまだ生きている。
(だからまだ……、完全に理性を失ってる訳じゃない!)
顔を上げて猫又の顔を見上げる。
目の中に私の心配そうな顔が浮かんでいた。
「お願いです。正気に戻ってください」
唸り声がより高くなる。
まるで骨にまで響くような地鳴りのような音。
怖くないと思ったら嘘になる。
でもここで私が引き下がったら誰が頑張るというのだ。
私を信じて手を伸ばしてくれた小さなあやかしの力に私はなりたい。
ううん、絶対になるんだ。
怖さをギリギリのところで封じ込めて、私はそっと猫又に笑いかける。
「きっと……、元に戻る方法があるはずです。だからまずは落ちついてください」
そうして手をそっと猫又の爪に重ねる。
猫又は微動だにしない。
襲ってこない。
ただピタリと私の手のひらを見つめているままだ。
(どうして? 私の声が届いた?)
少しだけ希望が見えたような気がして、胸が暖かくなる。
しかし、そのまま猫又は私をみつめている。
まるで自分が今していることに少し戸惑うように瞳が揺れている。
襲いたいという気持ちとそれを相反する気持ちがせめぎ合っているように見えた。
(まだ正気には戻ってない?)
それでもなぜか襲っては来ない。
きっと何か……理由があるのだ。
あやかしを踏み止まらせた。何かが。
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