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龍神様に口説かれてしまいました!

14,露天

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(そういえば……)

どさくさに紛れて気がつかないでいたが、
このままボロボロの姿でいてもらうにはなんだか忍びないように見えた。

「あ……、ごめんね。綺麗にしてあげるからこっちおいで」

そっと抱き上げる。私の制服にも汚れがついてしまってるだろうけど、あとで綺麗にすればいい。

(そうだ。どうせだったら、さっきの露天風呂で洗ってあげよう)

シンタの傷は塞がっているし、綺麗さっぱりしたほうが何かと落ち着くだろう。

考え込んでいるレンをよそに、引き出しの中から買い置きのボディソープとタオルを持って庭へと出る。

だいぶ日も傾いている。真っ暗になる前に終わらせてしまったほうが良さそうだ。

竹垣をすり抜けて、露天へと近づくと肌に湯けむりが当たるのを感じた。
そっと手で湯をすくい、怖がらないようにそっとシンタの腰にかける。

ぬるめのお湯なはずなのだが少し居心地が悪そうに身震いした。
そのまま石鹸を泡立てて体をゴシゴシと洗う。
ボロ雑巾のようなすごい汚れだったが、次第に三色の毛並みが泡の隙間から出てくるのが分かった。

「あ……」

流す時になって初めて、手桶が欲しいことに気づいた。
流石にこのまま湯船に入れるわけもいかない。
今から部屋に帰るのも面倒で、そのまま手で流そうとする。

「欲しいのは、これだろう?」

ふっと後ろから声をかけられて振り返ると、そこにはオケを持ったレンが立っていた。
さっきまで何か考え込んでいたはずなのに。いつの間にそこにいたのだろう。 
全く気づかなかった。

「どうしたの?」
「たわけ。洗うのに不便だろうが。お前の母親からもらってきた」

また母が何やら詮索されてないかが心配だったがひとまずはありがたく頂戴することにする。
そっと湯船から湯をすくい、体にかけて、泡を流す。
シンタは最初こそ、体が濡れるのを嫌がってはいたもののすぐすんなりと体を預けてくれた。

「どう? かゆいところはない?」
「うん……きもちいい」

目を閉じてなされるがままのシンタに思わず笑みがこぼれた。

(この子は強い子だな……)

お母さんとはぐれてしまって心細いだろうに。
ましてや凶暴化して元に戻らないなんて私が同じ立場だったら、きっと泣いてしまうに違いない。
しかし、彼は泣くこともなくしっかりとしている。
きっと心の中不安でいっぱいに違いない。
彼が折れてしまう前になんとかしてあげたいという気持ちが胸にこみ上げてくる。

(何か、いい方法はないかな……)

どうしてシンタのお母さんがあんな風に凶暴になったのかは分からない。
でも助けてあげたい。
こんなに小さいのに、母親と別れるだなんて辛すぎる。
だってきっと……、楽しむためにこの江ノ島に来たっていうのにまさかこんな目に遭うなんて予想だにしていなかったはずなのだ。

(でも正直……、全く思いつかないけど……)

目先をふっと下げれば、そこにはずぶ濡れのシンタがいる。
ちょっと小さく見えるのは私の気のせいじゃない。
もし、何か少し可能性があるのであれば、奮闘するしかない。

「ねえ……、レン」

竹垣を背に何か考えこんだ様子のレンに声をかける。

「どうにかして……、元に戻してあげられないかな?」

期待を込めた眼差しを向けてみる。
しかし、レンはそっと瞼を閉じる。

「無理だな……」
「……っ! どうして。だってレンは神様なんでしょう?」

食ってかかる私に、レンは鋭い視線を向ける。
その金色の色に獰猛さが滲み出ていて、空気がピリリと張り詰める。

「お前は神を何かの万能器とでも誤解しているのではないか? 俺は病気平癒の神じゃあない。多少の傷は和らげられても、単体でどうにか出来るほどの能力はない。俺が出来ることとすれば……」

瞳の色が僅かに陰る。

「痛みもなしに葬ってやることしかできぬ」
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