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龍神様に口説かれてしまいました!

7、「一体……、どういうこと?」

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「お前は俺の嫁なのだから当然だろう? 俺も今日からここに厄介になる」

この男は一体何を言っているのだろう?
ごくごく当たり前のように。
まるで、あらかじめ決められていた立場にぽすんと収まったようなそんな満足そうな笑みをレンは浮かべた。

「なっ……!」

思考回路がついていかない私に祖父がそっと笑う。

「まあまあ、立ったままだとなんだし。みいちゃんもこっちにおいで……。おや?」

祖父の視線が私に釘付けになる。

「おやおや、みいちゃん。子猫を拾ったのかい? どうやら怪我でもしてるようだけど……?」

呆然としていた私ははっとして我に帰る。
そうだった! 瀕死のこの子をどうにかしないと……。ううん! その前に……。

「ちょっと! こっちに来て!!」

レンの腕を掴むと、そのまま引きずるようにたつみ屋の廊下を歩く。

「どこへ行くのだ?」
「ちょっと黙ってて!」

軋む板張りの廊下を抜け、奥を目指す。
乱暴に歩いたせいで、まるで悲鳴のような音がするが今更気にしてられない。

暖簾を潜ればここからは私たち家族の部屋が続く。
私は一番恥の部屋のドアを開けると、そのまま勢いよく閉める。
キッと睨みつけるとレンはからからと笑う。

「ほう? いきなり自室に連れ込むとは……、なかなかに大胆だな!」
「なっ! いや……、ちょっとそういうことじゃ……! ううん! どういうことか説明してよ!」

私は顔を真っ赤にして、叫ぶ。
しかし対照的にレンは涼しい顔をして首を傾げた。

「はて? なんのことやら?」
「とぼけないで! どうせアンタが誑かしたんでしょ! おじいちゃん達をどうする気?」
「どうするもこうするもない。言っただろう? ここに世話になると」
「だからそれがおかしいんだって! いきなり初対面の人間が来て、信じるわけないでしょ!」
「あっさり信じたぞ?」
「だからそれは……」
「お前が俺の嫁だと言ったらあっさりな」

思わず額に手を添えた。
あの母と祖父のことだ。一度驚きはしたものの、このチャンスとばかりにレンを抱き込んだに違いない。
結婚さえしてしまえば、そのままたつみ屋を継いでくれるものと思っているのだ。

全くもって憎らしい。
というか四面楚歌状態に敵がまた一人、加わったってことじゃない。

「困るよ……、そんなの。このままじゃ本当に逃げられなくなる……。私は留学したいのに……」
「ふむ? しかし、お前はここを引き継ぐのだろう? さっき、そう言ってたぞ」
「だからそれは……、お母さんたちが勝手に言ってるだけで……。ねえお願い。やっぱり、嫁になるとかそういうのナシ!」

 必死の懇願にレンの表情がさっと厳しいものになる。

「ならぬ」
「どうして……?」

レンの目がすっと細められて、その瞳の冷たさに思わず背中が凍る。
さっきまでカラカラと笑っていたのがまるで嘘のようだ。

「お前は神と契りを交わしたのだぞ。それ早々に解消できるはずもない。それに……」
「それに……?」

ごくりと喉が鳴る。
ぴんと張り詰めた空気の中で、私の頭は軽くパニックを起こしていた。

(ど……どうしよう。もしかして命を取られるとか? やっぱり簡単にオッケーするんじゃなっかった……。あ、でもあのままだったらどのみち死んでたかもしれないし)

何か言わなくちゃと思うのに、いい言葉がさっぱり思いつかない。
というより、何百年も生きている神様になんて言ったらいいのか見当もつかない。

(や……、大和言葉とかで懇願すればいいの? それとも貢物とかないと駄目だとか? )

記憶をたどりできるだけいい言葉を考えようと思ってはいるものの、ただ思考がぐるぐると堂々巡りをするだけだ。国語はA判定なのに、神様を説得するようなそんな語彙力など考えつくわけもなく……。
不安で塗りつぶされそうな思考ですがるようにレンを見上げると、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。



「せっかく人間界を闊歩できるようになったのだ。精一杯遊んで堪能するしかなかろうに!」



「はあ……?」

緊張が一気にほぐれる。
思わずジト目になる私に、レンは嬉々とした顔を向けた。
その顔は期待に煌めいていて、ちょっとでも心配した私が馬鹿馬鹿しく思えてくる。

「べ……別に結婚なんかしなくても。どこにだっていけるでしょう?」

先ほどのあやかしを退けた時にも思ったが、レンの力は本物だと思う。
さすが神様を名乗るだけあって、力も人並み外れたものだと感じざるを得ない。
それが人の世とはいえ、じっとしているだけなんて信じられない。
しかし、レンの答えは予想外なものだった。

「そうはいかぬ。いくら俺とて、八百万の掟は破れぬよ」
「掟?」

首をかしげる私だがとんと見当もつかなかった。
こんな傍若無人な神様を縛るものって一体どんなものなのだろう。
流石に私の好奇心もちょっとばかりはくすぐられた。
そんな私を見破ってか、レンは苦笑した。

「ま……その前にだ。こやつをどうにかせんとな。傷もかなり深いようだし」
「あ……!」

はっとして見下ろすと、子猫の息が弱くなっている。

「ど、どうしよう! 病院! あ、普通の動物病院でいいのかな?」

あたふたしている私をよそに、そっとレンが手を翳す。
じんわりと温かさが伝わってきて思わず息を飲んだ。

「傷が……」

子猫の息が穏やかなものになっていく。未だ目は覚まさないけれどこれなら大丈夫そうだ。

(よかった……!)

思わず、ほうと息を吐いた。

「これくらい容易いことよ」
「……」

本当に神様だったのだと、呆然としてレンの顔を見つめた。
レンは得意そうに鼻を鳴らすと、どかりと畳の上に座り込んだ。



「さて……、立ったままでもなんだ。茶でも飲みながら語ろうかの」
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