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龍神様に口説かれてしまいました!

6、たつみ屋

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「ずいぶん騒がしいと思ったら……、なんだ人の子か?」

(だ……だれ??)

 相手は眠いらしく、あくびをかみ殺しながら面倒そうに呟いた。

(あんな人……、さっきはいなかったのに)

確かにここには私と子猫とあやかししかいなかった。
しかし、あたかも最初にいたかのように声の主は当然かと言わんばかりに喋っている。

(人……? いや、人というにはちょっと無理がありそう)

白銀の髪に金色の瞳がキラリと光っている。
それだけでも日本人離れしているのに、それ以上に私を混乱させたのはその佇まいだ。
ふわっとした絹の衣。教科書で見たような厳かな和服を纏っていて
まるでそれは昔話に出て来る貴族……もしくは神様のような?

いやそんなはずはないと、頭を振る。
一般的に言えば、超絶イケメンなんだろうけど、
鳥居の上からつまらなさそうな眼差しをわたしに向けているのはいい心地がしない。

(い……一体何者? 変な人に会っちゃったかな?)

 じりっとあとざすると、私の背後から唸り声が上がり、空気を震わせた。

「……っ」

振り返ると、あやかしが私に今にも掴みかかるくらいの殺気をたててにじり寄ってくる。
荒い息を吐きながら私のことを睨みつけている様子は獲物を追い詰めたようで。
背筋に冷たいものが走る。
しかし、男は余裕があるのか、鳥居の上に居座ったままだ。

「ほう……猫又とな?」
「猫又?」

声に視線を上げると、男は眠そうな目を擦りながら口を開いた。

「難儀よの。何処からか穢れを貰い、あやかしになってしもうたか。こうなっては遅い。己を見失い、その身を滅ぼすまでは正気には戻れんよ」

龍神は人ごとのようにそう言い放つ。

「な……なんでそんなこと知ってるの?」

思わず口に出した僅かな声も聞き逃さない様子で男は笑った。

「当然よ。俺はこの江ノ島に住まう龍神だからな」
「りゅ……?」

いやいやそんなわけないって。
しかし、冗談を言っているようにも見えず、私の頭は混乱する。
普通ならここで笑い飛ばすんだろうけど、一瞬でも信じてしまいそうになる。

(で……でもまさかね。幾ら何でも神様とか……)

思わず引き込まれそうになるのを堪えた。
そうして自分の状況を整理する。  

目の前には猫又、後ろには怪しいイケメン。

どちらを頼るかは明白だった。

「ね……ねえ。龍神様」

恐る恐る声をかけるも、龍神とやらはつまらなさそうに瞳を閉じ、
引き続鳥居の上であくびをかみ殺している。

「……」
「あ……あの。すみませんが。助けてはいただけないでしょうか?」

神様だからと、出来るだけ失礼にならないようにと声をかける。

「嫌だ」
「はあ?」

当たり前かのようにそう言い放ったあやかしに思わず、本音がこぼれた。

「あ……あんた神様でしょ! 目の前に困ってる人がいたら助けるのが筋ってもんでしょう?」
「ふん……。なぜだ?」
「なぜって……!」

 私の怒りなど何処吹く風といった様子で龍神は答えた。

「確かに俺は神だが? だからと言って人の子を救うも見捨てるも俺のさじ加減よ。何故、たかがあやかしとのいざこざを仲裁せねばならんのだ」
「だ……だって、このままじゃ」

後ろからじわりと忍び寄って来る気配に身震いする。
一時は龍神にひるんだのだろうが、再び襲いかかろうとしているようだ。
思わず私は胸元のお守りをぎゅっと握る。

「ほう……?」

龍神の視線が私に注がれる。
私の手元に握られたお守り。
それを見ているのだと気づいた時、どこか龍神の視線が柔らかくなったような気がした。

「なるほどな……。だからお前は」
「?」

いったい何を納得したのだろう。
龍神はふんと鼻を鳴らすと、私に語りかける。

「助けてやっても良いぞ」
「ほんと……?」
「ああ、だが条件がある」
「条件……?」

ごくりと唾を飲み込む。

何だろう。

この金色の瞳に見つめられていると、どこか自分の心が自分じゃなくなりそうで不安になる。

「一体……なに?」

 訝しげに見上げる私に龍神は楽しそうにほくそ笑んだ。


「そうだ。俺の嫁になれ。そうすれば、お前を災いから守ってやろう」


「は……?」


いきなりの申し出に頭がついていかない。


(なんで! こんなに横暴なの!?)


へりくだっている自分が馬鹿馬鹿しくなって来る。

「初対面なのに! その態度どうなのよ!」
「……」

 すっと目が細められる。

「な……なに?」

 訝しげな表情を浮かべる私を一瞥すると龍神はふっと小さくため息をついた。

「まあ……仕方ないか」
「……?」

「決めるがいい。このまま死ぬか、それとも俺の手を取るかだ」
「……っ!」

 否応がない言葉に私が取れる手段など一つしかない。
 こんな場所で死ぬわけにはいかない。
 私には夢がある。まだ始まってもいないのにここでみすみす死ぬのは馬鹿げている。


(それに……)


ぎゅっと胸元の温もりを抱きしめる。
さっきから比べてはあはあと荒い息を吹き出す子猫のあやかしをきゅっと抱きしめる。

(この状況を打開できるのなら、嫁になるくらいどうってことないわ!)

キッっと龍神を見上げる。
言葉はなくとも察したのだろう。
その様子に龍神は満足そうに頷く。
音立てずにふわりと鳥居から降りると、私に静かに歩み寄って来る。


「契約は成立したな……」


そっと私の頰に手が添えられる。
言葉は乱暴なのに、その手つきは壊れ物を扱うみたいに優しくて……。

そして金色の色。

射抜くような瞳になんだか胸がざわざわと騒いだ。 
引き返せないというのに、なんだか自分が自分でなくなるような感覚。
そのままぐっと引き寄せられて、見つめられる。

(え……! 何? 嫁になるって、ただ宣言するだけじゃダメなの?)

「あ……のっ」

しかし、私の言葉はその後を紡げなかった。
ふにゃりとした感触が唇に伝わる。


(え……?)


突然のことに目を白黒させる。
鼻をくすぐる甘い香りになんだかくらくらしてしまう。

(キ……キス。されてるの??)

顔中の血液が沸騰しそうになるくらいに顔がかあっと赤くなっているのが分かる。
なんで? どうして? という疑問は龍神の唇に塞がれていて声にすることができない。
そうして時間が止まった一瞬。

「はあ……っ!」


解放されて、息継ぎのように肺に空気を入れる。
思わず唇に指先を触れてみると、まだ熱さが残っているような気がした。
思考が追いつかず、目を白黒させる私を龍神は満足そうな笑みを向けた。

「さて……これでお前は俺の嫁だ。それでは……」

龍神はゆっくりとあやかしに向き直る。
あやかしは身の危険を察知したのか、腰を低く据えて唸り声をあげていた。

「ここで逃げるのであれば見逃してやろう。しかし、向かってくるのであれば容赦はしない」

龍神はただそう言っただけ。
それなのに空気がまるでひゅうと泣きそうなくらいに震えている。
まるで周りの自然が龍神にひれ伏しているかのよう。

強い……。

人である私がそう感じるのだから、あやかしならなおさら恐ろしく思えているに違いない。
あやかしは一瞬ひるんだように見えたが、そのまま飛びかかって来る。

「あぶないっ!」

きゅっと子猫を抱きしめる。
流石に龍神といえど、あの鋭い爪に狙われたら一溜まりもない。
しかし、当の本人はどこ吹く風といった様子だ。

「たわけが。正気を失ったとはいえど、この五頭竜に楯を突くとは……」

そうしてそっと左手を掲げ、風を凪いだ。

空気が光ったように見えた。
一瞬の閃光。
まるで空間が切り取られたようにほんの少しだけの静寂が訪れたのち、
豪風が突き刺すように放たれる。

「きゃあっ!」

思わず、あやかしの子猫を守る。
それで精一杯でお守りが飛ばされて数メートル先へと飛ばされた。

拾う間も無く、あやかしが悲鳴をあげ、吹っ飛ばされる。
そのまま鳥居に体をぶつけ、悲鳴をあげて逃げていった。

「す……、凄い」

あっけにとられたままでいると、龍神が振り返った。
 
「あ、……ありがとうございました。龍神さま……」

ぺこりと頭を下げると、ふんと鼻を鳴らした。

「龍神……とはずいぶん他人行儀すぎやしないか?」
「はあ……?」

「紛れもなく、お前は俺の嫁になった。……まあ傅く女も悪くはない。だが、お前は見た所とんだじゃじゃ馬娘のようだしな」
「ちょ……、まあ確かに大人しくはないですけど……! いや、ちょっと。聞き捨てならないです! それに嫁になるとは言ったけど……」
「契りを交わしておきながら反故にするとでも?」
「ん……っ!」
「まったく……、奴の孫とはいえとんだお転婆だな」
「え……?」

思考が追いつかない私に龍神は真正面に向き直った。
そして落ちたお守りを拾うと、私に差し出した。

「俺のことはレンと呼ぶがいい。人間ごときに我が名を呼ばせるなど不敬の極みだが……。お前には特別に許そう」
「はあ……そうですか……」

思考がまだ追いつかないまま、お守りにそっと視線を落とす。

「あれ……?」

お守りの端が破れて、中身が見えた。
何やら少しキラキラとした石のように思えた。

「なんだろう?」

お守りに手をかけ、結び目をそっと緩める。

「わ……」

中から取り出したもの。
まるで玻璃硝子のような薄い半透明の石だった。
しかしヒビが入っていて、私が取り出したはずみでパキリと音をたてて粉々に崩れてしまった。

「あ……あれ! どうしよう」

おばあちゃんから譲り受けたものなのに!
レンにそう問いかけるも返事はない。

「いない……?」

あたりを振り返ってもどこにも人影はない。 
ただ暗がりの中にポツンと私と、小さな寝息を立てる子猫が地べたに座り込んでいた。

「一体どこに……?」

そうあたりをキョロキョロと探すも、何処にも人影がない。

「私の勘違い……だったのかな?」









首を傾げながら家路へとつく。
途中、レンの姿やあやかしを探してはみたものの、見つけることはできなかった。
そうして呆然としながら、トボトボと歩いていると血相を変えた母親が走って来る。

ちょ! ちょっとみなみ!」

呆然とする私に母親が声をかける。

「え? お母さんどうしたの?」
「さっきから電話してるのになんで出ないのよ!」
「え?」

 ふとスマホを取り出すと母親から何十件も連絡がきている。

「ご……ごめんね。ちょっと取り込んでて。それでどうしたの? なんかあった?」
「なんかじゃないわよ。どうしてあんたは前もって話さないのよ!」
「だから何が?」

何故こんなに慌てているのか分からなくて首をかしげる。

「あんたの彼氏が来るなんて聞いてないわよ! それに結婚するんだって?」
「はあ……?!」

予想だにしない言葉にびっくりして子猫を落としてしまいそうになる。

「そ……そんな話聞いて……」

聞いてないと言おうとした矢先。
私の頭には一つの可能性がよぎった。

(まさか……)

そう思うや否や私は駆け出した。

「まさか……まさか!」

一目散に駆け出して、島の端に位置する日本家屋を目指す。
それが私の家、たつみ屋だ。

「おじいちゃん!」

ガラス戸を開けるなり、中に駆け込んだ。

「やあ、みいちゃんおかえり」

祖父はロビーの椅子に腰掛けて茶をすすっていたようだ。
しかし、問題はその向かいに座る人物。

(やっぱりそうだったか……)

外れて欲しかった事実にそっと額に手を当てる。

「レンさんって言うんだってねえ。みいちゃんにこんな素敵な人がいるなんて思わなかったよ……。しかも、結婚を約束した仲なんだってねぇ」

ほくほくしながら言う祖父から視線を移す。


一体何処から調達してきたのだろう。
白い薄手のニットに細身のデニムを合わせて、長い髪は後ろで一つに束ねている。
それはまるで雑誌モデルのようだった。レンは私を見るなりニヤリと笑った。
固まったままの私に上機嫌の祖父が手招きする。

「なんでも今日からここに住むんだって? 早く言ってくれたら早々に準備したのに。今片付けてるから待っててね。ほらみいちゃんもお茶でも飲んで待っててよ」

「は……?」

突然のことに口をぱくぱく開く私にレンはニヤリと蠱惑的な笑みを浮かべた。


「嫁なのだから当然だろう? 俺も今日からここに厄介になる」
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