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第3話 光の子
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しおりを挟む夜更けに馬車が止まって、御者はどこかの村の名前を告げてきた。
藍晶は微笑んで、俺と琥珀を見た。
「僕はここで」
「はい、お元気で」
俺は、藍晶が手を床について、不自然な姿で馬車から降りようとしているのに気がついた。俺の膝の上に寝ていた少女をそっと床に横たえると、そばまで行って、俺は彼の荷物を持った。彼は脇においていた杖を出して、それに体を預けて馬車から降りる。足が悪いのか。立っているのも大変そうだ。
俺は、外に降りた彼に手にした荷物を渡した。
「ありがとう」
彼は微笑んで、軽く杖を持っていない方の手を上げた。手を振るのかと思ったが、その手がそのまま俺の頭に乗せられる。
琥珀以外にそんなことをされたことはなかったので、俺は間抜けに彼を見てしまった。
「また会おう、灰簾」
「あ、はい」
彼は暗闇の中にさっさと消えていく。
「変な男だな」
藍晶を見送った俺の後ろに来ていた、琥珀がつぶやく。
「あの、ごめんなさい。あのひとと、たくさん話してしまって」
俺は振り返って、彼に言った。
「いや。彼はおまえのことが、随分気に入っていたようだったな」
「なんでしょう? 俺もなぜかちょっと、懐かしいような気がします」
俺は不思議に思いながらそう言った。久しぶりに、同じ髪色の人間と会ったからだろうか?
「まあ、もう会うこともないだろう」
そう琥珀が言ったとき、馬車が動き出して、車体が大きく揺れた。
勢いで俺は、琥珀の胸に突っ込んでしまう。床に座っていた彼は笑って俺を抱きとめた。
すぐ近くに、彼の顔があった。俺は、さっきその唇に触れたいと思っていたことを思い出す。
「あの、琥珀」
「ん?」
俺は彼の耳元に小さくささやいた。
「俺は、その、幸せだと思います。あなたといて」
琥珀はつらそうな顔をした。わかっている。彼が、自分は俺を幸せにしないと思っていることは。
だけどきっと、俺は本当にそうなのだ。
俺はちらりと車内を見る。車内に残ったのはさっきの少女と年老いた老人だけで、どちらも起きていない。
俺はそっと、自分の唇を彼の唇に触れさせた。
「かいれ……」
かすれた彼の声に、体中が熱くなる。彼は強くは抵抗しなかった。
ああ、ずっとこうしていたい。
「琥珀、ああ、」
俺は何か言いたかった。でも、その言葉が見つからない。一瞬、イラスが教えてくれた言葉が頭をよぎる。
『私の炎を、あなたのために消したい』。
それが自分が望んでいることだろうか? さっき、彼以外のひとはどうでもいいと言ったけど、自分自身についても、俺はどうでもいいだろうか?
わからない。俺は死ぬなんていやだ。いつだって生きたかった。でも、琥珀が死ぬのと引き換えだったら?
頭ではどうにもならなくなって、俺は考えるのをやめた。気持ちに身を任せて、さらに彼を求めようとしたとき、馬車はもう一度揺れて、俺たちは床に倒れ込んだ。俺は慌てて、自分を下にして琥珀を受け止める。
もう一度俺が彼を求めようとすると、彼は苦笑しながら俺に軽く頭突きをしてきた。
「まだ夜だ。寝られるときに、寝た方がいい」
「……はい」
日中は、できるだけ警戒していなければならない。彼が言うことはもっともなので、俺は引き下がったが、抱き込んだ手は離さなかった。
「ああ、そうか」
俺の腕の中で、琥珀は唐突に言った。
「なに?」
「さっきの彼、誰かに似ているような気がしていた。おまえだよ」
「え?」
俺は藍晶を思い出す。言われてみれば、少し目の色は彼の方が濃い気がするが、目も髪の色も同じだった。でも、<黒き石の大陸>なら、いないわけではないだろう。
「なんだろう、何かがおまえに似てると思ったんだ。今気づいた。発音だ」
「発音?」
予想外のことを言われて、俺は琥珀を見た。
「そう。全然、訛りがない」
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