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第2話 炎の子
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まぶしい。太陽が上り始めたのだろうか。
俺は目を覚まして、街の方を見た。今まで砂漠をぐるぐる移動していたけれど、直線距離で見ればそう遠くない。琥珀は落ち着いただろうか。
「黒煙……」
街から立ち上がるそれを見て、俺は息をのんだ。
俺たちの死のしるしだよ。
(イラス……!)
誰か、街で<火の一族>が死んだのだ。もちろん、全然関係ないひとかもしれない。それでも、イラスである可能性も十分あるような気がして、胸騒ぎがした。
俺は慌てて隣で寝ている琥珀を起こす。
「琥珀、起きて! 黒煙が上ってます」
俺に揺さぶられて、琥珀は飛び起きる。
「黒煙?」
琥珀の顔色が変わった。
「行くぞ!」
俺をさっとらくだに乗せると、そちらに向かって駆け出す。
昨日、わからないと心許なげに俺に言ったが、もう心は決まったのだろうか。少しでも寝られたのなら、マシか。
俺たちはらくだを町外れの棗椰子の木に結びつけると、黒煙をたどって、街の裏の路地のような、小さな道がごちゃついているところを通る。
ごちゃごちゃしていて、だんだん方向感覚がわからなくなっていた。琥珀とはぐれたら、もう来たところには戻れなさそうだ。
「ここだ」
琥珀は二階建ての大きな家の前で、足を止めた。不思議なことに、その家の窓から出ていた黒煙はすっと細くなると、一瞬俺に近づいて、それから消えた。まるで、煙が俺の中に吸収されたみたいに。
「……?」
それに気づかなかったのか、琥珀は俺を抱えると、注意深く周囲を見ている。
「誰か、こちらを見ているやつはいなさそうだが、注意しろよ。灰簾、大きな声は上げるな」
そう言われた矢先だった。
「あ、ベルデ……!」
俺は思わず声を上げそうになって、小さな声で琥珀の耳元にささやいた。
「琥珀、あの窓際の人影、ベルデじゃないですか?」
俺は窓を指さした。
木製の鎧戸が半分に折りたたまれている窓。そこから覗いているのは、どこか見慣れた男の横顔に見える。琥珀も俺の示した方に顔をやった。
「そうかもしれない」
「琥珀、俺をあそこに乗せてください」
思いついて、俺は琥珀に言った。その窓の下にあった一階の庇の位置は、昨日乗せられた岩とそう高さが変わらないように見えた。琥珀なら、俺をあそこまで乗せることができそうだ。
戻ってくるのはちょっと怖いが、琥珀がすぐ下で待っていてくれれば、彼は俺をつかまえられるだろう。
琥珀は眉をひそめた。
「でも、おまえひとりになるだろ?」
「大丈夫です。無茶はしません。ちょっと覗いてくるだけです」
琥珀は一瞬迷ったが、すぐに決断した顔をする。
「わかった。灰簾、絶対無理するなよ。俺も外にいるからな」
俺がうなずくと、彼はたやすく俺を抱き上げて、庇の上に押しやった。
鎧戸しかはまっていない窓から中を覗く。
「ベルデ!」
俺はすぐに、見知った姿を見つけた。窓枠に体を預けて、ベルデが座り込んでいる。
俺は部屋の扉の方を見たが、特に見張りなどはいないようだ。
俺の声に反応して、ベルデが力なく顔を上げる。
「ベルデ、どうしたんですか?」
見ると、彼の手首が鉄の鎖で部屋の中央の柱につながれているのがわかった。
どうしたらあれが外せるのだろう。
俺は彼の耳元に唇を近づけて、小さな声で尋ねた。
「大丈夫ですか? あの。琥珀、エトナが、外にいるんです。一緒に、ここから出ましょう」
彼は俺を見て、ゆっくり首を振った。
「俺はいいんだ」
俺は目を覚まして、街の方を見た。今まで砂漠をぐるぐる移動していたけれど、直線距離で見ればそう遠くない。琥珀は落ち着いただろうか。
「黒煙……」
街から立ち上がるそれを見て、俺は息をのんだ。
俺たちの死のしるしだよ。
(イラス……!)
誰か、街で<火の一族>が死んだのだ。もちろん、全然関係ないひとかもしれない。それでも、イラスである可能性も十分あるような気がして、胸騒ぎがした。
俺は慌てて隣で寝ている琥珀を起こす。
「琥珀、起きて! 黒煙が上ってます」
俺に揺さぶられて、琥珀は飛び起きる。
「黒煙?」
琥珀の顔色が変わった。
「行くぞ!」
俺をさっとらくだに乗せると、そちらに向かって駆け出す。
昨日、わからないと心許なげに俺に言ったが、もう心は決まったのだろうか。少しでも寝られたのなら、マシか。
俺たちはらくだを町外れの棗椰子の木に結びつけると、黒煙をたどって、街の裏の路地のような、小さな道がごちゃついているところを通る。
ごちゃごちゃしていて、だんだん方向感覚がわからなくなっていた。琥珀とはぐれたら、もう来たところには戻れなさそうだ。
「ここだ」
琥珀は二階建ての大きな家の前で、足を止めた。不思議なことに、その家の窓から出ていた黒煙はすっと細くなると、一瞬俺に近づいて、それから消えた。まるで、煙が俺の中に吸収されたみたいに。
「……?」
それに気づかなかったのか、琥珀は俺を抱えると、注意深く周囲を見ている。
「誰か、こちらを見ているやつはいなさそうだが、注意しろよ。灰簾、大きな声は上げるな」
そう言われた矢先だった。
「あ、ベルデ……!」
俺は思わず声を上げそうになって、小さな声で琥珀の耳元にささやいた。
「琥珀、あの窓際の人影、ベルデじゃないですか?」
俺は窓を指さした。
木製の鎧戸が半分に折りたたまれている窓。そこから覗いているのは、どこか見慣れた男の横顔に見える。琥珀も俺の示した方に顔をやった。
「そうかもしれない」
「琥珀、俺をあそこに乗せてください」
思いついて、俺は琥珀に言った。その窓の下にあった一階の庇の位置は、昨日乗せられた岩とそう高さが変わらないように見えた。琥珀なら、俺をあそこまで乗せることができそうだ。
戻ってくるのはちょっと怖いが、琥珀がすぐ下で待っていてくれれば、彼は俺をつかまえられるだろう。
琥珀は眉をひそめた。
「でも、おまえひとりになるだろ?」
「大丈夫です。無茶はしません。ちょっと覗いてくるだけです」
琥珀は一瞬迷ったが、すぐに決断した顔をする。
「わかった。灰簾、絶対無理するなよ。俺も外にいるからな」
俺がうなずくと、彼はたやすく俺を抱き上げて、庇の上に押しやった。
鎧戸しかはまっていない窓から中を覗く。
「ベルデ!」
俺はすぐに、見知った姿を見つけた。窓枠に体を預けて、ベルデが座り込んでいる。
俺は部屋の扉の方を見たが、特に見張りなどはいないようだ。
俺の声に反応して、ベルデが力なく顔を上げる。
「ベルデ、どうしたんですか?」
見ると、彼の手首が鉄の鎖で部屋の中央の柱につながれているのがわかった。
どうしたらあれが外せるのだろう。
俺は彼の耳元に唇を近づけて、小さな声で尋ねた。
「大丈夫ですか? あの。琥珀、エトナが、外にいるんです。一緒に、ここから出ましょう」
彼は俺を見て、ゆっくり首を振った。
「俺はいいんだ」
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