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第2話 炎の子
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「それが正しくなかったら、俺はなぜ今も生きているんだろう?」
そのとき、ことさらに強い風が吹いて、俺の首に巻いてあったスカーフが舞いあがった。
「灰簾?」
琥珀の声がして、俺はふたりの方に行った。今岩から飛び降りた様子の琥珀が、俺のスカーフを拾い上げている。
気まずいが、何も言わないわけないわけにはいかないだろう。
「戻ってこないので、心配で探しにきました」
琥珀は俺を見て微笑んだ。
「悪いな。ありがとう」
その笑顔を見て、俺の胸はきゅっとした。俺は嘘をついている。心配だったのは、琥珀の安全などではないのに。
岩の上に腰掛けているイラスが物言いたげな顔で、俺を見ている。彼には、俺が彼を邪魔だと思っていることが伝わっているのかもしれない。
「灰簾、ごめんね。エトナさまをきみに返すよ」
イラスが俺を見て言った。
「別に、謝ることなんて……」
イラスも岩から飛び降りて、右手で腰回りの砂を払った。琥珀に向けて微笑む。
「僕、先に戻ってますね。灰簾にも、火山を見せてあげて」
「ん、あとでな」
琥珀はそう言ったイラスの頭を撫でる。それを見て、俺はまたイライラした。
「ごめんね」
イラスはもう一度そう言うと、しばらく俺と琥珀を見つめて、そこを去った。
「灰簾、おいで」
俺に向かって、琥珀が微笑む。
「なんですか」
「ほら、こっち」
琥珀は俺を抱き上げて、さっきまでイラスがいた岩の上に乗せる。
「えっ」
「ほら、そこ跨いだら座れるから」
俺は慌てて目の前にあるものをつかんだ。岩の出っぱったところに、座ったような状態になっていた。少し斜めになっていて、風も強く、滑り落ちそうで少し怖い。
「よっと」
琥珀は身軽に岩のくぼみに足と指を引っかけて、俺の隣に座り込む。
すぐそばに、彼の体温が感じられて俺はドキドキした。
「ほら、見ろ」
言われて、俺は彼の指さす方に顔をやる。
「えっと、あれが火山ですか?」
目の前がひらけた。遠くに海。その彼方に小さく見える島々から、煙がもくもくとあがっている。
「そう。あれが火山群島の火山。俺の故郷のすぐ近くだよ」
俺の故郷。
俺は琥珀が初めて、自分のことを俺に話したことに気づいて、彼の顔を見る。
「<居留地>でしたっけ?」
「そう。イラスたちみたいに、砂漠で生活できなくなった<火の一族>が、生贄と引き換えに一定の身の安全を守られているところ。言葉も、自由も取り上げられた、ろくでもないところだったよ」
「だからあなたは、この世界から、<火の一族>を解放しようとしているんですか」
「そうだな。生贄を出して偽りの平和を保つ<居留地>の生活も、その外で暮らしていて常に襲われ続ける<純血>の生活も、なぜ俺たちだけが強いられないといけないのか、俺にはわからない」
そう呟く琥珀の横顔に、俺は見とれた。厳しくて、寂しそうで。俺が支えてあげたいように思えて。
「あの、俺が手伝うのは、そのことですか?」
俺が尋ねると、琥珀は唇の端を上げただけで、答えなかった。
違うのだろうか? 昨日関係ないと言われたところだし、俺には関係のないことなのかもしれないけれど。
でも孤児の俺なら、都合がいいのかもしれない。誰の味方でもないのだから。
俺は自分の仲間だとは思わないで、襲ってきたやつらを殺せるだろう。俺の仲間は琥珀だけだから。琥珀を傷つけるひとなら、誰でも。
「あ、」
また強い風が吹いて、俺は慌てて琥珀をつかんだ。岩肌を滑り落ちそうだ。
「おっと」
琥珀は俺の後ろに移動すると、俺を抱き上げて、落ちそうな俺を支える。
久しぶりの彼の体温に安心する。そう、そばにいると安心だって、琥珀も言っていた。
「琥珀……」
嬉しくなって振り返ろうとして、俺はイラスのことを思い出した。彼も、こんなふうにここに乗せたのだろうか?
とたんに気持ちが沈んでしまう。
「あなたは、かわいそうな子供を見るとすぐにかわいがりますね。俺も、そうですか?」
そのとき、ことさらに強い風が吹いて、俺の首に巻いてあったスカーフが舞いあがった。
「灰簾?」
琥珀の声がして、俺はふたりの方に行った。今岩から飛び降りた様子の琥珀が、俺のスカーフを拾い上げている。
気まずいが、何も言わないわけないわけにはいかないだろう。
「戻ってこないので、心配で探しにきました」
琥珀は俺を見て微笑んだ。
「悪いな。ありがとう」
その笑顔を見て、俺の胸はきゅっとした。俺は嘘をついている。心配だったのは、琥珀の安全などではないのに。
岩の上に腰掛けているイラスが物言いたげな顔で、俺を見ている。彼には、俺が彼を邪魔だと思っていることが伝わっているのかもしれない。
「灰簾、ごめんね。エトナさまをきみに返すよ」
イラスが俺を見て言った。
「別に、謝ることなんて……」
イラスも岩から飛び降りて、右手で腰回りの砂を払った。琥珀に向けて微笑む。
「僕、先に戻ってますね。灰簾にも、火山を見せてあげて」
「ん、あとでな」
琥珀はそう言ったイラスの頭を撫でる。それを見て、俺はまたイライラした。
「ごめんね」
イラスはもう一度そう言うと、しばらく俺と琥珀を見つめて、そこを去った。
「灰簾、おいで」
俺に向かって、琥珀が微笑む。
「なんですか」
「ほら、こっち」
琥珀は俺を抱き上げて、さっきまでイラスがいた岩の上に乗せる。
「えっ」
「ほら、そこ跨いだら座れるから」
俺は慌てて目の前にあるものをつかんだ。岩の出っぱったところに、座ったような状態になっていた。少し斜めになっていて、風も強く、滑り落ちそうで少し怖い。
「よっと」
琥珀は身軽に岩のくぼみに足と指を引っかけて、俺の隣に座り込む。
すぐそばに、彼の体温が感じられて俺はドキドキした。
「ほら、見ろ」
言われて、俺は彼の指さす方に顔をやる。
「えっと、あれが火山ですか?」
目の前がひらけた。遠くに海。その彼方に小さく見える島々から、煙がもくもくとあがっている。
「そう。あれが火山群島の火山。俺の故郷のすぐ近くだよ」
俺の故郷。
俺は琥珀が初めて、自分のことを俺に話したことに気づいて、彼の顔を見る。
「<居留地>でしたっけ?」
「そう。イラスたちみたいに、砂漠で生活できなくなった<火の一族>が、生贄と引き換えに一定の身の安全を守られているところ。言葉も、自由も取り上げられた、ろくでもないところだったよ」
「だからあなたは、この世界から、<火の一族>を解放しようとしているんですか」
「そうだな。生贄を出して偽りの平和を保つ<居留地>の生活も、その外で暮らしていて常に襲われ続ける<純血>の生活も、なぜ俺たちだけが強いられないといけないのか、俺にはわからない」
そう呟く琥珀の横顔に、俺は見とれた。厳しくて、寂しそうで。俺が支えてあげたいように思えて。
「あの、俺が手伝うのは、そのことですか?」
俺が尋ねると、琥珀は唇の端を上げただけで、答えなかった。
違うのだろうか? 昨日関係ないと言われたところだし、俺には関係のないことなのかもしれないけれど。
でも孤児の俺なら、都合がいいのかもしれない。誰の味方でもないのだから。
俺は自分の仲間だとは思わないで、襲ってきたやつらを殺せるだろう。俺の仲間は琥珀だけだから。琥珀を傷つけるひとなら、誰でも。
「あ、」
また強い風が吹いて、俺は慌てて琥珀をつかんだ。岩肌を滑り落ちそうだ。
「おっと」
琥珀は俺の後ろに移動すると、俺を抱き上げて、落ちそうな俺を支える。
久しぶりの彼の体温に安心する。そう、そばにいると安心だって、琥珀も言っていた。
「琥珀……」
嬉しくなって振り返ろうとして、俺はイラスのことを思い出した。彼も、こんなふうにここに乗せたのだろうか?
とたんに気持ちが沈んでしまう。
「あなたは、かわいそうな子供を見るとすぐにかわいがりますね。俺も、そうですか?」
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