14 / 41
第2話 炎の子
1-5
しおりを挟む
「だめだなあ、敵に武器をやっちゃ」
そう言って、先ほどより勢いをつけて枕を投げる。集中して、それを受け止めた。すぐに反撃に出る。
「おっと」
琥珀は身をかわした。勝つなら、隙を見せてはだめだ。琥珀は身が軽い。
最初にかわして床に落ちたままになっていた枕を投げつける。かわされてしまった。武器がない。
すぐに枕が飛んでくる。それをよけると、手でつかんで琥珀に近づいた。
正確に当てるなら、距離は近い方がいい。しかし彼はもうひとつ武器を持っている。攻撃をするならそれを手放してからだ。
俺は琥珀にもう一回投げさせてから、急いで近づいて手にした枕で琥珀を叩くように投げつけた。
不意を突かれた琥珀は尻餅をついたが、俺も勢いが強すぎて、足を滑らせた。そもそも足下には掛け布団が敷かれているので歩きづらい。
そのまま枕と一緒に琥珀の腕の中に転がり込むと、琥珀は枕ごと俺を抱きとめた。
「灰簾、おまえは賢いなあ」
頭の上からそんな声が落ちてくる。褒められるのは嬉しい。
「ちょっと作戦が捨て身だけどな。武器を全部奪ってから攻撃するのはいい考えだ」
そのまま抱きこまれて掛け布団の上で横になる。
琥珀の隣でこんなふうに寝るのは、狭い船底ではいつもやっていたことだ。こんなにすぐ近くに誰かの体温があるなんて、経験した記憶もなかったのに、すっかり慣れてしまった。嫌ではない。
「足元のことを忘れていたのが、悔しいです」
琥珀は微笑んだ。その手が伸びて、俺の頬の傷痕を撫でる。もう痛くはないが、なんだかくすぐったい。
「あれ、琥珀。怪我したんですか?」
俺の頬に触れている手の甲に小さな擦り傷を見つけて、俺は聞いた。さっきの攻撃のせいだろうか。
「あー、どこでだろうな。舐めときゃ治るだろ」
俺は頬を滑らせて、彼のその傷痕に唇を寄せてそれを舐めた。琥珀は苦笑する。
「大丈夫だよ。引っかけただけだから」
彼の手が俺を離れて、ふざけたように鼻をつまんだ。それにつられて、俺もつい小さく笑ってしまう。
彼はささやいた。
「そうだな。……たぶん俺が、安心するんだ。おまえの隣にいると」
なんのことだろう。
しばらくして、さっきの話だ、と思う。
どうして彼が寝台ではなくて、自分の隣で床に寝ようとしているのかということ。
琥珀の手がやさしく俺の髪を梳き始める。
そっと身を寄せると、体温を感じる。心地よかった。これが琥珀の言う安心なのかもしれない。
なぜだか胸がぎゅっとして、泣きそうな気分になった。
「俺も、安心します」
琥珀の胸の中でささやいた。小さく笑う音がする。
「それはよかった」
自分の頭の上に、琥珀の頬が触れる。この男がさっき言っていた、自分からほしいものはこの安心なのだろうか? それとも別のもの? さっき、あの老人が何か話していた。革命で、役に立つとかなんとか。
それでも、どんなものでもすでに与えられているものの方が多い気がして、俺は思わずささやいた。
「ねえ、琥珀。あなたは本当に俺から奪うつもりがあるんですか?」
小さく、琥珀が吐息だけで笑った感覚がある。
「今はおやすみ」
それ以上の答えはなかった。おやすみも何も、まだ午後だ。
でも走ったり暴れたりして疲れているせいか、横になっていると眠くなってきた。しかも掛け布団はやわらかいし、琥珀の体は温かい。
そういえば他にも、この男に聞きたいことがあった。そのことをぼんやりと思い出したが、俺は睡魔に誘われてあきらめる。
また、起きてからでいい。
知ったからといって、何がどうなるものでもないのだ。この男の名前が、何か違うらしいことも。この男があの老人に丁寧に扱われる立場であるらしいことも。この男がこの先、何をしようとしていて、俺に何を求めているにしても。
別に、琥珀は琥珀だった。俺にとっては。
俺にナイフを与えて、ためらいもなくひとを殺しながら、俺の隣が安心すると言って、床で眠っている男。
この温かさをできるだけ長く手にしていたい。そのことだけを思って、俺は眠った。
そう言って、先ほどより勢いをつけて枕を投げる。集中して、それを受け止めた。すぐに反撃に出る。
「おっと」
琥珀は身をかわした。勝つなら、隙を見せてはだめだ。琥珀は身が軽い。
最初にかわして床に落ちたままになっていた枕を投げつける。かわされてしまった。武器がない。
すぐに枕が飛んでくる。それをよけると、手でつかんで琥珀に近づいた。
正確に当てるなら、距離は近い方がいい。しかし彼はもうひとつ武器を持っている。攻撃をするならそれを手放してからだ。
俺は琥珀にもう一回投げさせてから、急いで近づいて手にした枕で琥珀を叩くように投げつけた。
不意を突かれた琥珀は尻餅をついたが、俺も勢いが強すぎて、足を滑らせた。そもそも足下には掛け布団が敷かれているので歩きづらい。
そのまま枕と一緒に琥珀の腕の中に転がり込むと、琥珀は枕ごと俺を抱きとめた。
「灰簾、おまえは賢いなあ」
頭の上からそんな声が落ちてくる。褒められるのは嬉しい。
「ちょっと作戦が捨て身だけどな。武器を全部奪ってから攻撃するのはいい考えだ」
そのまま抱きこまれて掛け布団の上で横になる。
琥珀の隣でこんなふうに寝るのは、狭い船底ではいつもやっていたことだ。こんなにすぐ近くに誰かの体温があるなんて、経験した記憶もなかったのに、すっかり慣れてしまった。嫌ではない。
「足元のことを忘れていたのが、悔しいです」
琥珀は微笑んだ。その手が伸びて、俺の頬の傷痕を撫でる。もう痛くはないが、なんだかくすぐったい。
「あれ、琥珀。怪我したんですか?」
俺の頬に触れている手の甲に小さな擦り傷を見つけて、俺は聞いた。さっきの攻撃のせいだろうか。
「あー、どこでだろうな。舐めときゃ治るだろ」
俺は頬を滑らせて、彼のその傷痕に唇を寄せてそれを舐めた。琥珀は苦笑する。
「大丈夫だよ。引っかけただけだから」
彼の手が俺を離れて、ふざけたように鼻をつまんだ。それにつられて、俺もつい小さく笑ってしまう。
彼はささやいた。
「そうだな。……たぶん俺が、安心するんだ。おまえの隣にいると」
なんのことだろう。
しばらくして、さっきの話だ、と思う。
どうして彼が寝台ではなくて、自分の隣で床に寝ようとしているのかということ。
琥珀の手がやさしく俺の髪を梳き始める。
そっと身を寄せると、体温を感じる。心地よかった。これが琥珀の言う安心なのかもしれない。
なぜだか胸がぎゅっとして、泣きそうな気分になった。
「俺も、安心します」
琥珀の胸の中でささやいた。小さく笑う音がする。
「それはよかった」
自分の頭の上に、琥珀の頬が触れる。この男がさっき言っていた、自分からほしいものはこの安心なのだろうか? それとも別のもの? さっき、あの老人が何か話していた。革命で、役に立つとかなんとか。
それでも、どんなものでもすでに与えられているものの方が多い気がして、俺は思わずささやいた。
「ねえ、琥珀。あなたは本当に俺から奪うつもりがあるんですか?」
小さく、琥珀が吐息だけで笑った感覚がある。
「今はおやすみ」
それ以上の答えはなかった。おやすみも何も、まだ午後だ。
でも走ったり暴れたりして疲れているせいか、横になっていると眠くなってきた。しかも掛け布団はやわらかいし、琥珀の体は温かい。
そういえば他にも、この男に聞きたいことがあった。そのことをぼんやりと思い出したが、俺は睡魔に誘われてあきらめる。
また、起きてからでいい。
知ったからといって、何がどうなるものでもないのだ。この男の名前が、何か違うらしいことも。この男があの老人に丁寧に扱われる立場であるらしいことも。この男がこの先、何をしようとしていて、俺に何を求めているにしても。
別に、琥珀は琥珀だった。俺にとっては。
俺にナイフを与えて、ためらいもなくひとを殺しながら、俺の隣が安心すると言って、床で眠っている男。
この温かさをできるだけ長く手にしていたい。そのことだけを思って、俺は眠った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説



百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる