楽園よ俺の腕に眠れ〜金の灼熱と終末の王〜

楢川えりか

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第2話 炎の子

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「だめだなあ、敵に武器をやっちゃ」
 そう言って、先ほどより勢いをつけて枕を投げる。集中して、それを受け止めた。すぐに反撃に出る。
「おっと」
 琥珀は身をかわした。勝つなら、隙を見せてはだめだ。琥珀は身が軽い。
 最初にかわして床に落ちたままになっていた枕を投げつける。かわされてしまった。武器がない。
 すぐに枕が飛んでくる。それをよけると、手でつかんで琥珀に近づいた。
 正確に当てるなら、距離は近い方がいい。しかし彼はもうひとつ武器を持っている。攻撃をするならそれを手放してからだ。
 俺は琥珀にもう一回投げさせてから、急いで近づいて手にした枕で琥珀を叩くように投げつけた。
 不意を突かれた琥珀は尻餅をついたが、俺も勢いが強すぎて、足を滑らせた。そもそも足下には掛け布団が敷かれているので歩きづらい。
 そのまま枕と一緒に琥珀の腕の中に転がり込むと、琥珀は枕ごと俺を抱きとめた。
「灰簾、おまえは賢いなあ」
 頭の上からそんな声が落ちてくる。褒められるのは嬉しい。
「ちょっと作戦が捨て身だけどな。武器を全部奪ってから攻撃するのはいい考えだ」
 そのまま抱きこまれて掛け布団の上で横になる。
 琥珀の隣でこんなふうに寝るのは、狭い船底ではいつもやっていたことだ。こんなにすぐ近くに誰かの体温があるなんて、経験した記憶もなかったのに、すっかり慣れてしまった。嫌ではない。
「足元のことを忘れていたのが、悔しいです」
 琥珀は微笑んだ。その手が伸びて、俺の頬の傷痕を撫でる。もう痛くはないが、なんだかくすぐったい。
「あれ、琥珀。怪我したんですか?」
 俺の頬に触れている手の甲に小さな擦り傷を見つけて、俺は聞いた。さっきの攻撃のせいだろうか。
「あー、どこでだろうな。舐めときゃ治るだろ」
 俺は頬を滑らせて、彼のその傷痕に唇を寄せてそれを舐めた。琥珀は苦笑する。
「大丈夫だよ。引っかけただけだから」
 彼の手が俺を離れて、ふざけたように鼻をつまんだ。それにつられて、俺もつい小さく笑ってしまう。
 彼はささやいた。
「そうだな。……たぶん俺が、安心するんだ。おまえの隣にいると」
 なんのことだろう。
 しばらくして、さっきの話だ、と思う。
 どうして彼が寝台ではなくて、自分の隣で床に寝ようとしているのかということ。
 琥珀の手がやさしく俺の髪を梳き始める。
 そっと身を寄せると、体温を感じる。心地よかった。これが琥珀の言う安心なのかもしれない。
 なぜだか胸がぎゅっとして、泣きそうな気分になった。
「俺も、安心します」
 琥珀の胸の中でささやいた。小さく笑う音がする。
「それはよかった」
 自分の頭の上に、琥珀の頬が触れる。この男がさっき言っていた、自分からほしいものはこの安心なのだろうか? それとも別のもの? さっき、あの老人が何か話していた。革命で、役に立つとかなんとか。
 それでも、どんなものでもすでに与えられているものの方が多い気がして、俺は思わずささやいた。
「ねえ、琥珀。あなたは本当に俺から奪うつもりがあるんですか?」
 小さく、琥珀が吐息だけで笑った感覚がある。
「今はおやすみ」
 それ以上の答えはなかった。おやすみも何も、まだ午後だ。
 でも走ったり暴れたりして疲れているせいか、横になっていると眠くなってきた。しかも掛け布団はやわらかいし、琥珀の体は温かい。
 そういえば他にも、この男に聞きたいことがあった。そのことをぼんやりと思い出したが、俺は睡魔に誘われてあきらめる。
 また、起きてからでいい。
 知ったからといって、何がどうなるものでもないのだ。この男の名前が、何か違うらしいことも。この男があの老人に丁寧に扱われる立場であるらしいことも。この男がこの先、何をしようとしていて、俺に何を求めているにしても。
 別に、琥珀は琥珀だった。俺にとっては。
 俺にナイフを与えて、ためらいもなくひとを殺しながら、俺の隣が安心すると言って、床で眠っている男。
 この温かさをできるだけ長く手にしていたい。そのことだけを思って、俺は眠った。
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