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第1話 呪いの子
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金髪の男は、<王国>だけの護衛だったのだろうか。街に入ると俺は、ひとりになった帽子の男に立派な屋敷に連れていかれた。
眉をしかめたメイドに頭から水を被せられて、水浴びをさせられる。確かに<王国>では水浴びはたまに川でする程度で、最近は寒くなったのもあってしていなかったから、俺はだいぶ汚いのだろう。
「なにすんだよ……!」
おとなしそうな顔立ちの整った少年が俺のそばにやってきて、俺の体中、穴という穴を水浸しにした。思ってもいないところまで触れられて、俺は思わず抵抗したが、そいつはなんでもないような顔でこう言った。
「全部きれいにしないと」
そんなことに何の意味があるんだ? 俺はそう思ったが、とにかくこの館の使用人たちは俺を隅から隅まできれいにしたいらしく、俺は仕方なく従った。
気づいたら俺はメイドに派手な衣装を着せられて、やたらとでかい寝台の上に座らされていた。見たこともないような衣装だ。
透明で肌が透けてほとんどなにも着ていないのと変わらないし、やたらとレースがたくさん使われている。こんな格好をしている俺の記憶にある人間は、母親くらいではないだろうか。俺が握っていた母親の袖口には、こんなきらびやかなレースがあしらわれていたような気がする。それは少し透けてもいた。もっとも、それが透けるのは腕元だけで、こんなに全身が見えてはいなかったけれど。
ドアが開く音がして、帽子の男がやってきた。そいつは俺の全身を舐めるように眺めた後、「合格でしょう」と言った。
「おまえは今日から黒曜と名乗りなさい。もうすぐ玉髄様がいらっしゃいますから。失礼のないように」
「あの、俺はなにをすればいいんですか」
よくわからないが、この玉髄様というのが俺の雇い主なのだろう。
「玉髄様がお望みのことすべてですよ。おとなしく言うことを聞いていればそれで問題ありません」
それから俺は、先ほど俺の体を洗った少年が持ってきた茶を飲まされた。なぜ使用人のはずの俺がこんな扱いを受けているのだろう。
わかったのは、とにかくおとなしくしていなければいけないということだけだ。
やがて、やたらとごてごてした衣装を着た中年の男がやってきた。金糸や宝石やら、金がかかっていそうだということはわかったので、これが俺の雇い主なのだろう。
「はじめまして、玉髄様」
俺が挨拶をすると、彼は酷薄そうな薄い唇を微笑みの形にした。顔立ちは整っていなくもなかったが、細い目が笑っているようで笑っていなくて、蛇のような気持ちが悪い目だ、と思った。
「ああ、黒曜と言ったね。おまえはこれから何をするのかわかってるかな?」
顎を持ち上げられて、俺の顔に男の吐息がかかった。見知らぬ男に体を近づけられて嫌悪感があったが、俺はそれを顔に出さないようにして答える。
「なんでもするつもりです」
仕事だから。
「痛…っ」
チリリと耳元に燃えるような痛みがして、俺は唇を噛んで声をこらえた。
耳たぶが熱くて重い。男の舌がそこに触れた。
男の歯にぶつかるのか、カチャリカチャリと金属音がした。
「これでおまえも私のしるしが入ったね」
まるで耳元に蛇が這うような声に、肌が粟立つ。気持ちが悪い。
耳たぶに穴が穿たれて、そこに金属の飾りが入れられたのだった。いやだ。
俺は誰のものでもない。
「震えてるね?」
「いいえ……」
男が俺の手を握りしめる。俺の全身が彼を拒否していた。でも、俺はなんでもすると言ったのだ。
「気の強い子はいいねぇ……ひざまずかせたときがたまらない」
主人の手が服を解いて、だんだんと肌が露わになっていく。俺に触れられて俺はぞわりとした。吐き気がする。
「……!」
変な声が出た。
「初めてなんだね。大丈夫、リラックスできるお薬も飲んだからね、すぐに気持ちよくなるよ」
そう言われてやわらかく体に触れられて、俺は自分の体が興奮していることに気づいた。少し触れられただけなのに。
薬……、さっきの茶がそうだったのか。
撫でられるたびに、毒のある草に触れてしまったときのような刺激が走ってビクリとした。
「何をするときでも、ちゃんと私の許可を取るんだよ。勝手にしてはダメだ」
「はい……」
腰が震えて、俺は思わず目の前の男にすがりつく。蛇のようなまなざしに、近づくのも嫌だったはずなのに。自分から。
男は嬉しそうに微笑んだ。
そのとき俺はやっと気づいた。
ああそうか、俺は娼婦なのだ。
そうだ、<王国>にはほとんど女がいなかったが、<王国>にいる女は大抵そういう仕事をしていた。男でもそういうやつはいた。女の数が足りなかったから。あそこに比べて女が多い街でも、男がこういう役割を担う必要があるのかわからなかったが、まあ実際こうなっているのだからそうなのだろう。
それまで俺は、女を知らなかったし、男も知らなかった。
それでも、それを俺の仕事として求められているのならやるしかない。
やり方はわからなかったが、とりあえず手と口を動かすのだろう。抵抗はあったが、俺は目をつぶって目の前の男の体に触れた。
眉をしかめたメイドに頭から水を被せられて、水浴びをさせられる。確かに<王国>では水浴びはたまに川でする程度で、最近は寒くなったのもあってしていなかったから、俺はだいぶ汚いのだろう。
「なにすんだよ……!」
おとなしそうな顔立ちの整った少年が俺のそばにやってきて、俺の体中、穴という穴を水浸しにした。思ってもいないところまで触れられて、俺は思わず抵抗したが、そいつはなんでもないような顔でこう言った。
「全部きれいにしないと」
そんなことに何の意味があるんだ? 俺はそう思ったが、とにかくこの館の使用人たちは俺を隅から隅まできれいにしたいらしく、俺は仕方なく従った。
気づいたら俺はメイドに派手な衣装を着せられて、やたらとでかい寝台の上に座らされていた。見たこともないような衣装だ。
透明で肌が透けてほとんどなにも着ていないのと変わらないし、やたらとレースがたくさん使われている。こんな格好をしている俺の記憶にある人間は、母親くらいではないだろうか。俺が握っていた母親の袖口には、こんなきらびやかなレースがあしらわれていたような気がする。それは少し透けてもいた。もっとも、それが透けるのは腕元だけで、こんなに全身が見えてはいなかったけれど。
ドアが開く音がして、帽子の男がやってきた。そいつは俺の全身を舐めるように眺めた後、「合格でしょう」と言った。
「おまえは今日から黒曜と名乗りなさい。もうすぐ玉髄様がいらっしゃいますから。失礼のないように」
「あの、俺はなにをすればいいんですか」
よくわからないが、この玉髄様というのが俺の雇い主なのだろう。
「玉髄様がお望みのことすべてですよ。おとなしく言うことを聞いていればそれで問題ありません」
それから俺は、先ほど俺の体を洗った少年が持ってきた茶を飲まされた。なぜ使用人のはずの俺がこんな扱いを受けているのだろう。
わかったのは、とにかくおとなしくしていなければいけないということだけだ。
やがて、やたらとごてごてした衣装を着た中年の男がやってきた。金糸や宝石やら、金がかかっていそうだということはわかったので、これが俺の雇い主なのだろう。
「はじめまして、玉髄様」
俺が挨拶をすると、彼は酷薄そうな薄い唇を微笑みの形にした。顔立ちは整っていなくもなかったが、細い目が笑っているようで笑っていなくて、蛇のような気持ちが悪い目だ、と思った。
「ああ、黒曜と言ったね。おまえはこれから何をするのかわかってるかな?」
顎を持ち上げられて、俺の顔に男の吐息がかかった。見知らぬ男に体を近づけられて嫌悪感があったが、俺はそれを顔に出さないようにして答える。
「なんでもするつもりです」
仕事だから。
「痛…っ」
チリリと耳元に燃えるような痛みがして、俺は唇を噛んで声をこらえた。
耳たぶが熱くて重い。男の舌がそこに触れた。
男の歯にぶつかるのか、カチャリカチャリと金属音がした。
「これでおまえも私のしるしが入ったね」
まるで耳元に蛇が這うような声に、肌が粟立つ。気持ちが悪い。
耳たぶに穴が穿たれて、そこに金属の飾りが入れられたのだった。いやだ。
俺は誰のものでもない。
「震えてるね?」
「いいえ……」
男が俺の手を握りしめる。俺の全身が彼を拒否していた。でも、俺はなんでもすると言ったのだ。
「気の強い子はいいねぇ……ひざまずかせたときがたまらない」
主人の手が服を解いて、だんだんと肌が露わになっていく。俺に触れられて俺はぞわりとした。吐き気がする。
「……!」
変な声が出た。
「初めてなんだね。大丈夫、リラックスできるお薬も飲んだからね、すぐに気持ちよくなるよ」
そう言われてやわらかく体に触れられて、俺は自分の体が興奮していることに気づいた。少し触れられただけなのに。
薬……、さっきの茶がそうだったのか。
撫でられるたびに、毒のある草に触れてしまったときのような刺激が走ってビクリとした。
「何をするときでも、ちゃんと私の許可を取るんだよ。勝手にしてはダメだ」
「はい……」
腰が震えて、俺は思わず目の前の男にすがりつく。蛇のようなまなざしに、近づくのも嫌だったはずなのに。自分から。
男は嬉しそうに微笑んだ。
そのとき俺はやっと気づいた。
ああそうか、俺は娼婦なのだ。
そうだ、<王国>にはほとんど女がいなかったが、<王国>にいる女は大抵そういう仕事をしていた。男でもそういうやつはいた。女の数が足りなかったから。あそこに比べて女が多い街でも、男がこういう役割を担う必要があるのかわからなかったが、まあ実際こうなっているのだからそうなのだろう。
それまで俺は、女を知らなかったし、男も知らなかった。
それでも、それを俺の仕事として求められているのならやるしかない。
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