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第二部
第26話 潮風、大海の真の男
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――翌日。
リベルタスの港付近に人だかりができて、喧騒につつまれていた。
何か面白いことがあったのかと調べにきたエリー。
どうやら海に大型の魔物が出て、『イトの国』との定期船が休止するらしい。
冒険者ギルドでこれに関するクエストが発注されたとか、そんな話だった。
エリーはこの話を聞きつけると、ギルド拠点へ戻って行った。
「へぇ~、海に大型の魔物か~」
「そうみたいだね」
「でも、海の魔物は戦いにくいわね」
「そうですね、海に潜って戦えるわけでは無いですしね」
「ふむ、あの定期船がそんな事になっていたのか」
「ヒナはそれに乗ってここに来たんだっけ?」
「そうだ、何回か乗ったことがある」
「船旅も悪くないけどね~」
「そうね、バカンスならいいのだけど……」
「私、まだ『イトの国』へ行ったことが無いですね」
「そうか? 悪くないところだぞ」
「俺も行ったこと無いな。どんな所なんだろ?」
「和風の魔物が多いな。ただ、やたら強いネズミがいて、それを倒し続けるだけでSランクまで上がるとか」
「Sランクになるまでずっとネズミを狩るのか……」
「某はそういうのは好きでは無いのでな、やったことは無い。だが、所詮ネズミだから、レべルが高くても安全に戦うことができるとかで人気らしいな」
「へぇ~……」
「じゃあ、準備も整ったし、冒険者ギルド行こうか」
エリーはそう言って、真っ先に出かけて行った。
冒険者ギルドに行ったエリーが戻ってきた。
「クエ受けて来たよ~、さっき言ってた海の魔物を倒すやつ」
「大丈夫なのか?」
「報酬がね、『水中呼吸の指輪』なんだって」
「なるほどね~」
「かなりいいアイテムですね」
「便利そうな指輪だな」
「ということでやってみよう!」
「待ってくれ、この前拾った槍を持ってくる」
クロウはそう言って、『バイデント』という二股の槍を持ってきた。
こうして五人は定期船に乗り込み、『イトの国』へ向かうのであった。
――定期船の船上。
定期船は一行だけでなく、他にも十人ほどの冒険者も乗っていた。
彼らはクエスト目当てだろうか?
そんな彼らをよそに、一行は船の上で日光を浴びながら、くつろいでいた。
「おい! そんなに気を抜いて大丈夫なのか?」
ヒナは皆に言った。
「大丈夫、なんとかなるって」
海パン姿のクロウがそう言った。
「そ~そ~、休める時に休んでおかないとね」
エリーも水着姿だった。
「泳げる恰好じゃないと大変だよ~」
フェイも水着姿で、パラソルの下の日陰で休んでいる。
「海に落ちて沈んだら大変ですからね」
リノも水着姿だ。だが銃を手入れは欠かさない。
「くっ、某が間違っているのか……」
ヒナは水着に着替えに、船室へ行った。
こうして太陽の恵みを受けつつ、定期船は進んで行った。
定期船は南へ進路を取り、風に乗って進んで行く。
太陽が一番高いところから下がり始めた頃、異変は起こった。
船の周りを魚の群れが海上を飛び跳ねながら、逃げているのだ。
異変を知らせる船の警鐘が鳴る。船上の他の冒険者たちもざわめき始める。
五人は武器を取り、戦う構えを見せた。水着姿で。
突如、海面から水しぶきがあがり、何者かが船に乗り込んで来た。
その彼らの姿は、上半身はウロコの生えた人、下半身は魚、という半魚人である。
これが海の魔物、『マーマン』だ。
一行と船の上の冒険者達は戦闘を始めた。
だが今の五人にとって、この程度の敵は造作もない。
数分と経たずに半数を船から斬り落とすと、マーマン達は逃げてしまった。
「マーマンか、マーメイドのほうが良かったな……」
「マーメイドは海底にいるんじゃない?」
「体に石を縛って、飛び込んでみるといいわ」
「『水中呼吸の指輪』を貰ったらそうしようかな……」
「でも、伝説では人魚と仲良くなっても、ハッピーエンドにならないですよね」
「世の中そう上手くはいかない。相手が美人だとしても幸せになれる訳では無い」
「はぁ~ぁ……」
クロウは、そのように寂しそうな顔で海を見つめていた。
そのような会話をしつつも、船は進んで行く……。
定期船はさらに風に乗って、進んで行った。
再び異変を知らせる警鐘が鳴り始めた。一行は再び武器を取り周囲を警戒する。
「下だ! 船の下に何かいる!」
誰かがそう叫んだ。船の下の海面を見ると、黒い影が見える。
程なくして、その黒い影が海面に上昇してきた。
船の前方で道を塞ぐように、巨大なイカのような魔物が現れた。
――『大王イカ』である。
その大王イカがこちらの船を見ると、触手を伸ばし船に襲いかかってきた。
五人はそれぞれ触手を攻撃し始める。
クロウは名剣『フルティン』を振るい斬りかかるも、水属性のため効果は薄い。
そうして戦っているうちに、敵の触手に剣を弾き飛ばされてしまう。
剣は床を滑りつつ遠ざかっていき、フルティンはエリーの足に踏まれ、止まった。
エリーがフルティンを拾い、クロウに投げ返す。
「剣落とすなよな! それに槍のほうがいいんじゃないか?」
「すまん、槍持ってくる!」
クロウは持って来た槍、『バイデント』を取りに船室へ戻って行った。
四人はそれぞれ大王イカと戦い続ける。他の冒険者も戦闘に加わってきたようだ。
そして、クロウが槍を持って帰ってきた頃には、戦闘は終わっていた。
「あれ? もう終わった?」
「大王イカは海の中に逃げていったよ」
「あれが今回のクエストの対象なのかしら?」
「今見てみますね。……違うようですね。クエストは達成されていません」
「違うのか? その敵はどこだ……?」
辺りを見廻して警戒する五人。だがその耳に何かが聞こえてくる。
……誰だろう……、……女性の……歌声だ。
「セイレーンよ!」
フェイが注意を促す。五人は耳を塞ぎ、セイレーンの声を聞かないようにした。
リノは船室へ戻り、荷物の中から耳栓を持ってきて、皆に配った。
一行はセイレーンの歌声を聞かずに済んだが、船の船員はそうでは無い。
徐々に航路を外れ、セイレーンの声のする方へ向かってしまう。
次第に船は、セイレーンのいる岩礁目指して進んで行く。
(マズイな……)
五人はそう思った。このままではこの船が岩礁にぶつかってしまうだろう……。
そうして彼らが戸惑っていると、フェイが確信を持った顔で、一歩前へ進み出た。
「ウチに任せて! 召喚! 出でよ! 風の精霊!」
現れたのは、口ヒゲを生やし、全身タイツで胸毛をアピールするおっさんだった。
「これは……」
「誰だよ……?」
「『風の精霊・不レディ』よ! さあ! 歌いなさい!」
風の精霊・不レディは歌いだした。
〝オーーレハオウージャーダ、トモダチヨ~♪〟
〝タタカーーイツヅケ~ル~、オワリマデ~♪〟
彼の魂の熱唱にセイレーンは怯んだが、彼女も負けじと声量を上げる。
不レディも負けずに声を張り上げ歌った。
〝オーーレハオーウジャ♪ オーーレハオーウジャ♪〟
「魂の歌声だな……」
「女王みたいな名前の人だね……」
「でもレディじゃ無いのですね……」
「王者の風格だな……」
程なくして、不レディとセイレーンの歌勝負の決着はついた。
〝マケーターラオワーリ♪ オーーレハオーウジャ♪〟
〝セカイノ~ーーーー♪〟
ついにセイレーンは不レディの歌声に負け、岩礁から飛び降り、命を絶ったようだ。
「さすがレジェンドね……」
フェイは感動していたが、彼のファンはフェイだけのようだった……。
セイレーンの歌声が止むと、定期船は通常の航路へ戻り始めた。
快適な船旅に戻るのかと思いきや、三度海面に異変が生じた。
再び船の下に巨大な黒い影が現れ、定期船の警鐘が激しく鳴り出す。
一行と他の冒険者達も戦闘準備に入る。
巨大な黒い影がさらに大きくなり、海面下より触手が伸びてきた。
その触手は先ほどの大王イカより、長く、太い。
それより大きな生き物だというのがすぐに分かった。
船上の者達は皆、触手相手に戦い始めた。
「こいつ、『クラーケン』だ!」
冒険者の誰かがそう叫んだ。
……そしてクラーケンの触手と戦い続ける一行。
彼の触手は一度切り落としても、時間が経つとまた生えてくるらしく、その数が一向に減らない。
ヒナが触手を切り落とし、その場所をフェイの魔法で凍らせても、海に沈んだ触手が再び出てくる頃には、その触手が復活しているのだ。
「触手が減らない!」
「斬ってもすぐ生えてくる!」
「むぅ……、触手の切り口を焼ければ……」
「誰か炎の魔法を使える人がいないでしょうか?」
「某の刀では斬るだけで精一杯だ!」
そうして戦っているうちに、船上の冒険者は一人二人と数を減らしていく。
ついに残ったのは五人だけとなってしまった。
触手はさらにうごめき、船を掴もうと船体に絡みつく。
五人の触手を斬る速度が徐々に鈍くなり、押され始めてきた。
「こいつの頭は無いのか!?」
「海の下でしょ!」
「炎の精霊じゃ、力負けしちゃうわね……」
「きゃあっ」
リノが触手に捕まってしまうが、即座にヒナが触手を斬り、助ける。
「ありがとう」
「礼は後だ!」
戦いつつも何かいいアイディアは無いかと考えを巡らせる……。
その時、クロウが何か閃いたようで、皆に向けて叫んだ。
「そうだ! 触手を縛ろう!」
「どうやってだよ!」
「追いかけられたらうまく逃げるんだよ!」
「……そうね、やってみる価値はあるわね」
「はい!」
「分かった!」
五人はそう言って、船に絡む触手を斬りつつ、触手から逃げ回ることにした。
一行はクラーケンの触手から逃げつつ、それが絡まるように誘導する。
二本以上の触手が絡んだところで、船にあった銛を突き刺し、動けないようにする。
それを何回かやり続けると、次第に動いている触手が減ってきた。
突如、海面から水しぶきがあがり、クラーケンがその頭を出してきた。
彼は絡まった触手を動かし、引っ張ったりねじったりしている。
その触手の動きが、自分の触手の絡まりをほどく方向に変わったようだ。
五人は動いている触手をさらに絡まるように誘導し、銛で刺して押さえつける。
そうするうちに、彼の触手は全て絡まってしまい、身動きできなくなってしまった。
触手を縛られ万策尽きたクラーケンは、大きな口を開け、船を飲み込もうとする。
だがフェイの魔法が彼の目に刺さり、動きが止まってしまった。
そこを狙って、クロウが『バイデント』をクラーケンめがけて投げつける。
その二又の槍が彼の眉間に突き刺さると、彼は悲痛な表情で顔を歪ませた。
クラーケンは触手の絡まりをほどくことも出来ず、眉間に槍を刺され、
〝自分、不器用ですから……〟
そう言い残して海面下へ沈んで行った。
クラーケンが海に沈んでいくの見守る五人……。
「カッコいい魔物だったな……」
「シブいね……」
「高クラーケンだったわね……」
「雪国の駅長をやって欲しかったですね……」
「次は是非、任侠物が見たいところだ……」
五人はクラーケンが海に沈んでいくと、他の冒険者の救助を始めた。
海に落とされた他の冒険者達も無事なようで、一人二人と船に上がってきた。
……その後、平穏を取り戻した定期船の上。
「お? クエ達成したな」
クロウはスクリーンを開き、そう言った。
「あれがボスだったんだね。指輪もらえるよ!」
エリーはクエスト報酬のアイテムを思い出し、喜んだ。
「ぜひ仲間に欲しかったわ……」
フェイは残念そうだ。
「あっ! 槍刺さったままだった!」
クロウは船から海面を覗くも、彼はもう沈んでしまったようだ。
「でも、うまくいってよかったですよね」
リノはクロウを慰めて言った。
「これでこの船も航路に戻るだろう」
ヒナはそう言って、故郷の『イトの国』の方角を見つめた。
かくして、彼らはその船旅を終え、『イトの国』の港へと入って行く。
侍、忍者、巫女などの職業のある、神秘の国だ。
五人は期待に胸を躍らせつつ、イトの国の港に上陸したのであった。
リベルタスの港付近に人だかりができて、喧騒につつまれていた。
何か面白いことがあったのかと調べにきたエリー。
どうやら海に大型の魔物が出て、『イトの国』との定期船が休止するらしい。
冒険者ギルドでこれに関するクエストが発注されたとか、そんな話だった。
エリーはこの話を聞きつけると、ギルド拠点へ戻って行った。
「へぇ~、海に大型の魔物か~」
「そうみたいだね」
「でも、海の魔物は戦いにくいわね」
「そうですね、海に潜って戦えるわけでは無いですしね」
「ふむ、あの定期船がそんな事になっていたのか」
「ヒナはそれに乗ってここに来たんだっけ?」
「そうだ、何回か乗ったことがある」
「船旅も悪くないけどね~」
「そうね、バカンスならいいのだけど……」
「私、まだ『イトの国』へ行ったことが無いですね」
「そうか? 悪くないところだぞ」
「俺も行ったこと無いな。どんな所なんだろ?」
「和風の魔物が多いな。ただ、やたら強いネズミがいて、それを倒し続けるだけでSランクまで上がるとか」
「Sランクになるまでずっとネズミを狩るのか……」
「某はそういうのは好きでは無いのでな、やったことは無い。だが、所詮ネズミだから、レべルが高くても安全に戦うことができるとかで人気らしいな」
「へぇ~……」
「じゃあ、準備も整ったし、冒険者ギルド行こうか」
エリーはそう言って、真っ先に出かけて行った。
冒険者ギルドに行ったエリーが戻ってきた。
「クエ受けて来たよ~、さっき言ってた海の魔物を倒すやつ」
「大丈夫なのか?」
「報酬がね、『水中呼吸の指輪』なんだって」
「なるほどね~」
「かなりいいアイテムですね」
「便利そうな指輪だな」
「ということでやってみよう!」
「待ってくれ、この前拾った槍を持ってくる」
クロウはそう言って、『バイデント』という二股の槍を持ってきた。
こうして五人は定期船に乗り込み、『イトの国』へ向かうのであった。
――定期船の船上。
定期船は一行だけでなく、他にも十人ほどの冒険者も乗っていた。
彼らはクエスト目当てだろうか?
そんな彼らをよそに、一行は船の上で日光を浴びながら、くつろいでいた。
「おい! そんなに気を抜いて大丈夫なのか?」
ヒナは皆に言った。
「大丈夫、なんとかなるって」
海パン姿のクロウがそう言った。
「そ~そ~、休める時に休んでおかないとね」
エリーも水着姿だった。
「泳げる恰好じゃないと大変だよ~」
フェイも水着姿で、パラソルの下の日陰で休んでいる。
「海に落ちて沈んだら大変ですからね」
リノも水着姿だ。だが銃を手入れは欠かさない。
「くっ、某が間違っているのか……」
ヒナは水着に着替えに、船室へ行った。
こうして太陽の恵みを受けつつ、定期船は進んで行った。
定期船は南へ進路を取り、風に乗って進んで行く。
太陽が一番高いところから下がり始めた頃、異変は起こった。
船の周りを魚の群れが海上を飛び跳ねながら、逃げているのだ。
異変を知らせる船の警鐘が鳴る。船上の他の冒険者たちもざわめき始める。
五人は武器を取り、戦う構えを見せた。水着姿で。
突如、海面から水しぶきがあがり、何者かが船に乗り込んで来た。
その彼らの姿は、上半身はウロコの生えた人、下半身は魚、という半魚人である。
これが海の魔物、『マーマン』だ。
一行と船の上の冒険者達は戦闘を始めた。
だが今の五人にとって、この程度の敵は造作もない。
数分と経たずに半数を船から斬り落とすと、マーマン達は逃げてしまった。
「マーマンか、マーメイドのほうが良かったな……」
「マーメイドは海底にいるんじゃない?」
「体に石を縛って、飛び込んでみるといいわ」
「『水中呼吸の指輪』を貰ったらそうしようかな……」
「でも、伝説では人魚と仲良くなっても、ハッピーエンドにならないですよね」
「世の中そう上手くはいかない。相手が美人だとしても幸せになれる訳では無い」
「はぁ~ぁ……」
クロウは、そのように寂しそうな顔で海を見つめていた。
そのような会話をしつつも、船は進んで行く……。
定期船はさらに風に乗って、進んで行った。
再び異変を知らせる警鐘が鳴り始めた。一行は再び武器を取り周囲を警戒する。
「下だ! 船の下に何かいる!」
誰かがそう叫んだ。船の下の海面を見ると、黒い影が見える。
程なくして、その黒い影が海面に上昇してきた。
船の前方で道を塞ぐように、巨大なイカのような魔物が現れた。
――『大王イカ』である。
その大王イカがこちらの船を見ると、触手を伸ばし船に襲いかかってきた。
五人はそれぞれ触手を攻撃し始める。
クロウは名剣『フルティン』を振るい斬りかかるも、水属性のため効果は薄い。
そうして戦っているうちに、敵の触手に剣を弾き飛ばされてしまう。
剣は床を滑りつつ遠ざかっていき、フルティンはエリーの足に踏まれ、止まった。
エリーがフルティンを拾い、クロウに投げ返す。
「剣落とすなよな! それに槍のほうがいいんじゃないか?」
「すまん、槍持ってくる!」
クロウは持って来た槍、『バイデント』を取りに船室へ戻って行った。
四人はそれぞれ大王イカと戦い続ける。他の冒険者も戦闘に加わってきたようだ。
そして、クロウが槍を持って帰ってきた頃には、戦闘は終わっていた。
「あれ? もう終わった?」
「大王イカは海の中に逃げていったよ」
「あれが今回のクエストの対象なのかしら?」
「今見てみますね。……違うようですね。クエストは達成されていません」
「違うのか? その敵はどこだ……?」
辺りを見廻して警戒する五人。だがその耳に何かが聞こえてくる。
……誰だろう……、……女性の……歌声だ。
「セイレーンよ!」
フェイが注意を促す。五人は耳を塞ぎ、セイレーンの声を聞かないようにした。
リノは船室へ戻り、荷物の中から耳栓を持ってきて、皆に配った。
一行はセイレーンの歌声を聞かずに済んだが、船の船員はそうでは無い。
徐々に航路を外れ、セイレーンの声のする方へ向かってしまう。
次第に船は、セイレーンのいる岩礁目指して進んで行く。
(マズイな……)
五人はそう思った。このままではこの船が岩礁にぶつかってしまうだろう……。
そうして彼らが戸惑っていると、フェイが確信を持った顔で、一歩前へ進み出た。
「ウチに任せて! 召喚! 出でよ! 風の精霊!」
現れたのは、口ヒゲを生やし、全身タイツで胸毛をアピールするおっさんだった。
「これは……」
「誰だよ……?」
「『風の精霊・不レディ』よ! さあ! 歌いなさい!」
風の精霊・不レディは歌いだした。
〝オーーレハオウージャーダ、トモダチヨ~♪〟
〝タタカーーイツヅケ~ル~、オワリマデ~♪〟
彼の魂の熱唱にセイレーンは怯んだが、彼女も負けじと声量を上げる。
不レディも負けずに声を張り上げ歌った。
〝オーーレハオーウジャ♪ オーーレハオーウジャ♪〟
「魂の歌声だな……」
「女王みたいな名前の人だね……」
「でもレディじゃ無いのですね……」
「王者の風格だな……」
程なくして、不レディとセイレーンの歌勝負の決着はついた。
〝マケーターラオワーリ♪ オーーレハオーウジャ♪〟
〝セカイノ~ーーーー♪〟
ついにセイレーンは不レディの歌声に負け、岩礁から飛び降り、命を絶ったようだ。
「さすがレジェンドね……」
フェイは感動していたが、彼のファンはフェイだけのようだった……。
セイレーンの歌声が止むと、定期船は通常の航路へ戻り始めた。
快適な船旅に戻るのかと思いきや、三度海面に異変が生じた。
再び船の下に巨大な黒い影が現れ、定期船の警鐘が激しく鳴り出す。
一行と他の冒険者達も戦闘準備に入る。
巨大な黒い影がさらに大きくなり、海面下より触手が伸びてきた。
その触手は先ほどの大王イカより、長く、太い。
それより大きな生き物だというのがすぐに分かった。
船上の者達は皆、触手相手に戦い始めた。
「こいつ、『クラーケン』だ!」
冒険者の誰かがそう叫んだ。
……そしてクラーケンの触手と戦い続ける一行。
彼の触手は一度切り落としても、時間が経つとまた生えてくるらしく、その数が一向に減らない。
ヒナが触手を切り落とし、その場所をフェイの魔法で凍らせても、海に沈んだ触手が再び出てくる頃には、その触手が復活しているのだ。
「触手が減らない!」
「斬ってもすぐ生えてくる!」
「むぅ……、触手の切り口を焼ければ……」
「誰か炎の魔法を使える人がいないでしょうか?」
「某の刀では斬るだけで精一杯だ!」
そうして戦っているうちに、船上の冒険者は一人二人と数を減らしていく。
ついに残ったのは五人だけとなってしまった。
触手はさらにうごめき、船を掴もうと船体に絡みつく。
五人の触手を斬る速度が徐々に鈍くなり、押され始めてきた。
「こいつの頭は無いのか!?」
「海の下でしょ!」
「炎の精霊じゃ、力負けしちゃうわね……」
「きゃあっ」
リノが触手に捕まってしまうが、即座にヒナが触手を斬り、助ける。
「ありがとう」
「礼は後だ!」
戦いつつも何かいいアイディアは無いかと考えを巡らせる……。
その時、クロウが何か閃いたようで、皆に向けて叫んだ。
「そうだ! 触手を縛ろう!」
「どうやってだよ!」
「追いかけられたらうまく逃げるんだよ!」
「……そうね、やってみる価値はあるわね」
「はい!」
「分かった!」
五人はそう言って、船に絡む触手を斬りつつ、触手から逃げ回ることにした。
一行はクラーケンの触手から逃げつつ、それが絡まるように誘導する。
二本以上の触手が絡んだところで、船にあった銛を突き刺し、動けないようにする。
それを何回かやり続けると、次第に動いている触手が減ってきた。
突如、海面から水しぶきがあがり、クラーケンがその頭を出してきた。
彼は絡まった触手を動かし、引っ張ったりねじったりしている。
その触手の動きが、自分の触手の絡まりをほどく方向に変わったようだ。
五人は動いている触手をさらに絡まるように誘導し、銛で刺して押さえつける。
そうするうちに、彼の触手は全て絡まってしまい、身動きできなくなってしまった。
触手を縛られ万策尽きたクラーケンは、大きな口を開け、船を飲み込もうとする。
だがフェイの魔法が彼の目に刺さり、動きが止まってしまった。
そこを狙って、クロウが『バイデント』をクラーケンめがけて投げつける。
その二又の槍が彼の眉間に突き刺さると、彼は悲痛な表情で顔を歪ませた。
クラーケンは触手の絡まりをほどくことも出来ず、眉間に槍を刺され、
〝自分、不器用ですから……〟
そう言い残して海面下へ沈んで行った。
クラーケンが海に沈んでいくの見守る五人……。
「カッコいい魔物だったな……」
「シブいね……」
「高クラーケンだったわね……」
「雪国の駅長をやって欲しかったですね……」
「次は是非、任侠物が見たいところだ……」
五人はクラーケンが海に沈んでいくと、他の冒険者の救助を始めた。
海に落とされた他の冒険者達も無事なようで、一人二人と船に上がってきた。
……その後、平穏を取り戻した定期船の上。
「お? クエ達成したな」
クロウはスクリーンを開き、そう言った。
「あれがボスだったんだね。指輪もらえるよ!」
エリーはクエスト報酬のアイテムを思い出し、喜んだ。
「ぜひ仲間に欲しかったわ……」
フェイは残念そうだ。
「あっ! 槍刺さったままだった!」
クロウは船から海面を覗くも、彼はもう沈んでしまったようだ。
「でも、うまくいってよかったですよね」
リノはクロウを慰めて言った。
「これでこの船も航路に戻るだろう」
ヒナはそう言って、故郷の『イトの国』の方角を見つめた。
かくして、彼らはその船旅を終え、『イトの国』の港へと入って行く。
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当作品は小説家になろう様で連載しております。
章が完結次第、一日一話投稿致します。
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ビースト・オンライン 〜追憶の道しるべ。操作ミスで兎になった俺は、仲間の記憶を辿り世界を紐解く〜
八ッ坂千鶴
SF
普通の高校生の少年は高熱と酷い風邪に悩まされていた。くしゃみが止まらず学校にも行けないまま1週間。そんな彼を心配して、母親はとあるゲームを差し出す。
そして、そのゲームはやがて彼を大事件に巻き込んでいく……!
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無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
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