このVRMMOは色々と異常な気がする

酒屋陣太郎

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第一部

第1話 凄惨、洞窟に潜む悪魔

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 ――20XX年、未来のVRゲームは更なる進化を遂げていた。
 VRヘッドギアを被り目を閉じるだけで、脳に電気信号が送られ、ゲームの世界に入り込んだような仮想空間の映像を、さながら現実のごとく見れるようになっていた。
さらに、ゲーム内で感じるあらゆる五感が、VRヘッドギアを通して現実の体で感じた事のように、自分の脳内に反映されるのだ。
 ゲーム内の操作はと言うと、VRヘッドギアが脳波を感知し、体を動かさずとも頭で意識するだけで、VR世界内のキャラクターを、現実の自分の体のように動かすことができるようになっている。
 こうしたフルダイブ型のVRゲームであり、クリアした者に賞金が支払われるという『ブラックスワン』という名のゲームを、一人のプレイヤーが始めるところから話は始まる……。




 その『ブラックスワン』の世界の森の中を、一人の少女が歩いている。
その彼女の姿は、このゲームでは回復職の一つである『メイド』の恰好をしていた。
彼女は初心者らしい地味な服装をしていて、その装備は弱そうに見える。
そして何かのクエストの為なのか、地図を見ながら歩いていた。
(リベルタスの街の東の森を抜ければ、ゴブリンの洞窟があるはずです……)
彼女はそう思いつつ、森の中を進んで行く。
そして森の終わりが見え始め、奥に山肌が見えてきた。
間もなく森を抜けられるようだ。
「キャッ!」
だが彼女は突然悲鳴を上げた。森を抜けた先に見えたもの……。
そこにいたのは、太い木の枝に逆さに宙吊りにされた、戦士風の男だった。
彼の足にはロープが絡んでおり、どうやら獣を捕らえる罠にかかっているらしい。
「……ヘルプミー……頭に血が……」
その男はそう言って助けを求めてきた。

 彼女はその男の足に絡みついているロープを外し、彼を地面に下ろした。
「大丈夫でしょうか?」
彼女は彼を心配し、そう尋ねた。
「ありがとう、助かったよ。罠にかかって宙吊りにされて死ぬかと思った」
「回復魔法、必要ですか?」
「いや、大丈夫だ。俺は『クロウ』っていう。クエストの目的地へ歩いていたら獣用の罠にかかってしまったみたいだ」
「私は『リノ』って言います。クエストの目的地に向かう途中で、ここを通りがかったのです」
「そのクエストって、『洞窟に住むゴブリンのリーダーを倒せ!』かな?」
「はい」
「じゃあ一緒にやらないか? 一人で倒せる魔物なのか分からんし」
「あっ、はい、お願いします。私、回復職なので攻撃力が低いんです」
「俺は戦士だ。攻撃も防御も任せてくれ」
(罠にかかって死にそうだったのに、大丈夫でしょうか……)
リノはそう思ったが、一人では心細いので、クロウという戦士について行った。

 二人が出会った場所より少し歩くと、目的地であるゴブリンの洞窟を見つけた。
その洞窟の中は鍾乳洞になっており、周囲の壁や天井は薄くぼんやりと光っていて、内部を照らしていた。
あちこちにあるつららは、ゆっくりと水滴を落とし、時々その音が響き渡る。
明かりが無くても奥へ進むのは難しくなさそうだ。
 二人は敵がいないか警戒しつつ、洞窟の中へ入り、進んで行った。
洞窟を進み道を曲がると、その先には敵の魔物がいた。
その魔物は、小柄で緑色の肌、薄い頭髪、垂れ下がった耳、爬虫類のような目、大きな口、ギザギザの歯、そんな生き物だ。いわゆる『ゴブリン』だろう。
洞窟の先には、そのゴブリンが二匹いたのである。
 二人は小声で相談する。
「俺が先に攻撃するから、リノちゃんは援護を頼む」
「二匹いるのですが、大丈夫でしょうか?」
「この洞窟の中は狭い、囲まれることは無いだろう。それに俺は『白いカラス』というカッコいいスキルを持っている」
「えっ? それって……」
リノはクロウに何か聞こうとしたが、彼は先に洞窟を進んで行った。
 その彼が数歩進んだ所で、敵のゴブリン達に気づかれたようだ。
魔物達は手に石斧を持って、こちらに襲いかかって来た。
「俺に任せろ!」
そう言った彼が数歩進むと、床が抜け、落ちて行った。……落とし穴だ。
「うわっ!」
そう叫びつつ彼は、ゴブリン二匹と揉み合いになりながら、暗闇に消えて行った。
 リノはその様子に唖然としていたが、彼の様子が気になり、穴に近づいてみた。
「きゃぁっ!」
だが穴に近づくと足場が崩れていき、リノも落とし穴に落ちてしまったのだ。

 その穴はスロープ状になっていて、リノは左右に振られながら滑り落ちて行った。
やがて彼女は落とし穴を抜けてどこかに落ちた。クロウの背中の上である。
「きゃっ!」
「ぐはっ、痛い……」
「すいません……」
リノは慌ててクロウの背中から降りた。
そこには上にいたゴブリン二匹が、首の折れた死体となって転がっていた。
「いてて……、やっぱり何かあるな、このスキル……」
クロウは腰を抑えつつ立ち上がった。
「これは一体……?」
リノはそのゴブリンの死体に驚きながらも、彼の傷の手当てを始めた。
「ああ、説明してなかったな。俺のスキル『白いカラス』ってのは、何かの失敗をしても結果的にうまくいってしまう、幸運の象徴みたいなんだ」
「青い鳥が幸運の象徴ならわかりますが、白いカラスってありえない物の例えじゃないでしょうか?」
「そうなのか? よく分からんけど。今日キャラ作ってゲームを始めたら、何故かそういうスキルを持っていたんだ」
「それって才能スキルの事でしょうか?」
「才能スキル? そういうのがあるのか。このゲームを始めてから、道で転んだらお金を拾ったり、罠にかかったと思ったら君に助けられたり、何故か運がいいんだよ」
「私も詳しくないのですけど、才能スキルっていうのはキャラ固有のスキルで、たまにそういうのを持っている人がいるらしいです」
リノはそう話しつつクロウの手当てをして、話し終わる頃には手当てが終わった。

 彼らが落ちた場所は小部屋のようになっていて、正面には壊れかけの木の扉らしきものが見え、後ろを振り返ると自分達が落ちてきた穴がある。
その穴は非常に滑りやすくなっていて、ここを登って引き返すのは無理そうだった。
リノは自分たちが落ちてきた穴の覗き込み、ため息をついた。
(ここを登るのは無理みたいですね……)
「リノちゃん、こっち」
クロウの声が聞こえてそちらを見ると、彼の足元に木の箱があった。
リノはそこに近づきながら尋ねる。
「これは何でしょうか?」
「分からん、宝箱かもしれんから、開けてみよう」
「罠とか……」
リノは罠がかかってないか心配して何か言おうとしたが、クロウはすぐに箱を開けてしまった。
「罠がかかってるかもしれないので注意した方がいいですよ」
「えっ、そうか、スマン」
リノはクロウの警戒の無さに呆れていたが、幸いにもその箱に罠はかかっていなかったようだ。
 その箱の中には皮製の靴と、巻物らしきものが入っていた。
クロウがその皮製の靴を手に取ると、スクリーンを開き、その靴を調べた。
「これはDランクの『ステップブーツ』だな。回避力が上がるらしい」
 次にリノが巻物を取ろうと手を触れると、突然巻物が破裂して、光る粉のようになって辺りに舞い落ちた。
「きゃっ!」
「どうした?」
「巻物の中を見てしまいました……」
「巻物を使ってしまった感じ?」
「はい……、今メニューを見てみます」
そう言ってリノもメニューを開き、調べ始めた。
……彼女の所有スキルの項目に、『銃術F』という項目が追加されていたのだ。
「銃?」
「そうみたいです……」
「銃なんてあったんだ?」
「お店で売ってましたよ。ただ、一番安いのでも十万シルバーとか」
「うへぇ、高いな」
「はい、弾は一個千シルバーからでしたような」
「初心者が手を出していいものでは無いみたいだな」
「はい、ですが勝手にレアみたいな巻物を使ってしまってすいません」
リノはクロウに頭を下げて謝った。
「いや、いいよ。じゃあ靴は俺が貰っておあいこにしよう」
「すいません、ありがとうございます」
彼女は再び頭を下げた。
 その時突然、背後の扉が開いた。
そこに立っていたのはゴブリンだが、上にいた者とは服装が違う者だった。

「敵か!」
クロウはそう言って立ち上がると、剣を抜いて戦う構えを見せた。
そのゴブリンは片手を挙げて、〝ゴブッ、ゴフゴフッ〟と何か叫んだ。
どうやら仲間を呼んだらしい。扉の向こうから複数の魔物の足音が聞こえる。
 二人は緊張しながら戦う構えをみせると、そのゴブリンはこちらに向かって来た。
その彼がこちらの部屋に入ろうと足を進めると、その足に何かが引っかかる。
すると突然、扉の側面から何かガスのようなものが噴き出し、彼を包んだ。
彼はガスを振り払いながら、こちらへ進もうとするも、足の方から徐々に石になってしまい、石像のように動かなくなってしまったのだ。
「石化ガスでしょうか……?」
リノがそう呟くと、扉の奥からさらに他のゴブリンが次々と入って来た。
もちろん、彼らも扉の側面からガスを浴び、二人に近づく前に石になってしまう。
そして辺りに静けさが戻ると、二人の目の前にはゴブリン達が石像のように直立したまま固まっていたのだ……。
「何だこれ……?」
「みんな石化してしまったのでしょうか……?」
「そうみたいだけど、この服装違いの奴は何だろう?」
「もしかしたら、ゴブリンのリーダーかもしれません」
リノはそう言ってスクリーンを開き、クエストジャーナルを見た。
「……クエスト達成してますね……」
「じゃあ、こいつがクエスト対象のゴブリンリーダーか……」
「戦わないで倒してしまいましたね……」
「みたいだな……、街に戻ってクエストの報告しようか……」
「あっ、そういえば、石化ガスはどうしましょう?」
「う~ん……、さっきの箱を被せればガスを防げるかな?」
クロウはそう言うと、木の箱を持ってきて、ガスの噴出口へ被せた。
「よし、俺が先に行ってみるから、リノちゃんは次ね」
彼は数歩下がり、助走をつけて扉の奥へ駆けて行った。
石化ガスは噴き出たものの、箱に遮られて扉までは来なかったようだ。
安全を確認したリノも、続いて扉を駆け抜けた。

 扉の向こう側は、誰かの部屋のようになっていた。
この部屋は三つの小部屋に繋がっていて、部屋の左手には大きい椅子があった。
その椅子の向かい側には、なだらかな登りの道が見える。
おそらく、ここがゴブリンたちの住処だったのだろう。
 二人は出口を求め、その登りの道を進んで行った。
道はゆるく右の方に曲がっていて、元いた部屋が振り返っても見えなくなる頃、次の部屋が見えてきた。
二人は慎重に進み、その部屋を身を隠しながら覗いた。
その部屋にはゴブリンなどの敵はおらず、さらに先へと向かう通路のほか、右手の壁には鉄格子のようなものがはめられていて、その向こうにも同じ部屋があるようだ。
……その鉄格子の向こうは牢屋だろうか。

 二人は部屋の中に入ってみた。罠もなく、敵もいない、はずだった。
突然、獣の咆哮のような叫び声が聞こえ、鉄格子に何かの生き物がぶつかって来た。
大きな音がして二人がそちらを見ると、見たことの無い魔物がいたのだ。
 その姿は、赤い体と背中に黒い翼があり、顔は猛獣のようで頭に角が生えている、悪魔のような姿をした生き物だった。
その悪魔は、鉄格子の向こうの牢屋に捕らわれているようで、こちらを睨んでいる。
「驚いたな、何だこの魔物……」
「悪魔みたい見えますね……」
「まさかこんな序盤から?」
「でも、この牢屋に扉みたいなのもないですし、こちらには来られないみたいです」
「そうみたいだな、牢屋に入ってるみたいだし、スルーしようか」
「そうですね、強そうですし」
 鉄格子の向こうの悪魔らしき魔物は、さらにもう一度体当たりをした後、こちらを一睨みし、牢屋の奥の方へ走って行った。
「あれ? どっか行っちゃったぞ?」
クロウは鉄格子へ近づいて、奥を覗いてみた。
「どこへ向かったのでしょうか?」
リノが尋ねた。
「あっ! 鉄格子の向こう牢屋じゃない! 陰のほうに通路が二本伸びてる!」
「えっ!? もしかしたら、こちらの部屋と同じような形なのでしょうか?」
「となると、向こうの部屋の通路はどこに繋がっているんだ?」
 二人は少し考えたあと、こちらの部屋にも通路が二本あったのを思い出し、まだ歩いてない方の通路に目を向けた。
「あの通路……、どこに繋がってるのかな?」
「……なんとなく、分かってしまったのですが……」
「俺も……」
「やっぱり……ですよね……」
 まだ通ってない通路の奥から獣ようなの咆哮と、何者かの足音が聞こえてくる。
その足音が徐々に近づいて来ると、通路の奥に先程の悪魔の姿が現れたのだ。
「これ、逃げたいんだけど……?」
「その場所が……」
「ですよね~……」
確かに、二人が引き返しても、そこにあるのは落とし穴の出口だけだった。
とりあえず二人は、武器を持ち戦う姿勢を見せた。

 その悪魔は、もう一度獣のような咆哮で叫ぶと、こちらに走り迫って来た。
二人は、この強そうな魔物がこんな所にいるのはおかしいと思ったが、ゆっくり考える時間は無かった。
 その悪魔があと数歩でこちらの部屋に入りそうな距離に迫る……。
不意に彼の足元の地面から無数の釘が飛び出し、彼の足に刺さった。
〝ガァァッ〟 と彼は悲鳴をあげたが、足の痛みに耐え、さらに前へ足を踏み出す。
次の瞬間、通路の両脇から無数の矢が飛び出し、彼の体にに何本も突き刺さった。
〝グァッ〟 彼は地面に片膝を落とすも、こちらを睨みつけ、立ち上がろうとする。
しかし今度は通路の上から槍が何本も落ちてきて、彼の体を貫いた。
〝ビヒュッ〟 と口から血を吐き出して倒れ、ついに彼は動かなくなってしまった。
だがこの悲劇はここで終わらず、次は通路の天井からギロチンが落ちてきたのだ。
そのギロチンは彼の首を刎ね、大きな鈍い音を出して地面に突き刺さる。
 そして、静かになった部屋には、無情にもその悪魔の頭部が転がっていた……。

 クロウはこの凄惨な現場を指差し、リノを見て言った。
「何だろう、これ……?」
「何でしょうね……?」
「どうやら倒してしまったようだけど……」
「さっきのゴブリンリーダーも戦わずに倒してしまいましたし……」
「どうしてこんな事になったんだ……?」
「……そういえば、私達、落とし穴に落ちましたよね?」
「うん」
「それで、この洞窟の一番奥に出てしまったのではないでしょうか?」
「……そうか、俺らは奥から入って来たから、魔物達が勝手に侵入者撃退用の罠にかかったとか?」
「多分……、そうかもしれませんね……」
「……とにかくだ、深く考えても分からんものは分からん。世の中には人智を越える出来事が稀に良くあるからな」
「……そうですね、深く考えないようにしましょう」

 その悪魔の体は時間と共に消えて、その場所には鞘に収まった長剣が残った。
「とりあえず、戦利品を貰おう」
そう言って、クロウは剣を拾い上げた。
「その剣はクロウさんに差し上げますよ。私は装備できませんし」
「いいのかな? 何か悪いね」
「いえ、私は『銃術』のスキルを覚えてしまったので」
「じゃあ、ありがたく貰っておくよ」
彼はそう言って、その剣を抜いてみた。
突然、その剣の先から雷が飛び出し、大きな音を立てて洞窟の壁を突き抜けた。
その場所には大きな穴が開き、洞窟の外の青い空が見えていた。
「何だこれ……」
「雷……ですかね……?」
クロウはスクリーンを開き、その剣を調べた。
「これは『雷神剣』っていう、Sランクの剣らしい……」
「Sランクですか……」
「……とにかく、出口も出来たし、街に戻ってクエスト報告しようか……」
「……そうですね」
二人は目の前の出来事に呆然としつつも、そこの穴を抜けて、街へと戻って行った。


 リベルタスの街へ戻り、クエストを報告して報酬を受け取った二人。
とりあえず酒場へ向かい、食事を取って休憩する事にした。
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