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遊虎りん

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42 悪夢④

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「おい、ユイまだ洗濯物してんのか。お前とろくせぇな」

長男のガイの声だ。悪意がある言葉がユイの胸に突き刺さる。こんなやつ無視しないと、と思いながらも睨んでしまった。
いつもなら目を逸らしなにも感じない人形のように対応出きる。だけど、この村から一歩外に出ると女も男と一緒に笑ったり自由に生きているという話を聞いたら何だか我慢するのも馬鹿馬鹿しくなった。
元々のユイの気性は大人しい従順なものではない。
母の理不尽な死を目の前にして、むくりとそれが膨らみ始める。

「……何だその目は、生意気だな!!」

ガイは幼い妹の真っ直ぐな瞳にどきり、とする。視線で息の根が止まりそうになった。
初めての反抗的な妹を見て動揺してしまった自分が恥ずかしくてそれを隠すため怒鳴り付けるとユイを蹴飛ばした。
ばしゃん、と大きな音を立てユイは冷たい川へと倒れる。ガイは容赦なく倒れ、蹴られた腹を押さえて身動き取れないユイの胸ぐらを突かんで顔を殴ろうとする。

「……姉ちゃん!ガイ兄さん、止めろよ!!」

サイルがガイの腕を掴んで殴ろうとする手を止めた。

「邪魔するな!」

ガイがサイルの腕を払う。バランスが崩されてサイルの足が滑り、川の中へと落ちた。そこは川のなかでも深く流れが早い。幼い弟の身体は呆気なく流される。

「……サイル!!」

ユイは慌ててサイルに手を伸ばすが間に合わなかった。弟を助けようと追い掛けるが川の流れは早くユイも溺れる。
大量に川の水を飲んだ。意識が遠退く。
気がついたら濡れた体のまま家の隅に転がっていた。

「お前のせいでサイルは死んだ。溺れ死んだ。お前が死ねば良かったのに!!」

意識を取り戻してユイは身を起こすとガイが近寄り怒鳴り付けると頬を強く打った。
サイルは溺れ死んだ、と聞いてユイは目の前が真っ暗になった。
溺れてたユイは他のところから来た男が助けたという。
弟の死をみんな悲しんだ。父親は引き上げられたサイルを見るなり泣き崩れた。
丁重に葬られ立派な墓を作った。

「……ユイがサイルを殺したんだ」

兄弟から毎日責められた。ユイはなにも言い返せなかった。それは本当の事だ。目の前で流されていく弟の姿はふとした瞬間に思い出してユイの心を苦しめた。
冷たい川で溺れた弟。この村を出る。強い男になる、と幼いながらも頼もしく語っていたサイル。
いつもそっと寄り添ってくれた優しい弟。
弟の死を悲しいと思った瞬間、母が優しく頭を撫でてくれた事を思い出した。
そして、漸く母のために涙を流すことができた。
ぽろぽろと涙が溢れる。
母親が死んでも泣けなかった自分は死んだ。

(……お母さん、サイル…ごめんなさい)

何で自分が生きているんだろう。
悲しい。今までは諦めて感情が麻痺していた。痛いとか苦しいとか感じなかった。それなのに今は死んでいた感情が目覚めて感覚が鮮明で、生きているのが不思議だ。

なぜ自分に死んでいない?

なぜ自分はのうのうと生きているんだ?

母に続いて弟が呆気なく目の前で死んだ。
悔しい。みすみす何も出来ずに死なせてしまったのが悔しくて、堪らない。

「……私が、…私が母さんとサイルを殺したんだ!うあああああ!!!!!」

自分が憎い。殺したいほど自分が憎い。感情が自分に対する怒りで爆発する。
呆気なく人は死ぬ。母や弟と過ごす時間を大切にしてきただろうか。
従順な母は娘を売ると父に言われたら反対する、とは思っていなかった。
母は自分を裏切ると思い、自分が母を裏切ってた。

サイルは優しいが兄には歯向かうことはしないと思っていた。

母と弟を信じていなかった。

「…ごめんなさい、ごめんなさい…っ、…死なせてごめんなさい…ごめん……!」

謝って天国へ召された二人がたとえ許してくれても、自分を絶対に許せない。だけど、ユイは謝り続けた。謝る言葉しか口からでなかった。
声が枯れて水分が全部なくなって、悲しくて辛くて胸が潰されそうになってユイは目を見開きて空を見上げた。

自分は簡単に死んでは駄目だ。
死んで楽になっては駄目だ。

「……私は死なない、…死んで楽にならない!生きて苦しんで…呆気なく死ぬ人間を助ける。強く、誰よりも強くなる。母さん、サイル…私を許さないで」

諦めるなんて、弱いまま死ぬなんて楽する事は二人を殺した罪を背負う自分には許されない。
ユイは何よりも強くなる、と誓った。

自分が死ぬときは、誰かを助けて死ぬときだ。

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