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第十章

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◇◇◇

「プリシアよ、それは本当に必要なのか?」

新しい豪華な宝石のネックレスで首元を飾っている王妃プリシアに気がついた国王ゼウスが控えめに声をかける。

「必要です。わたくしは何よりも光輝かないといけませんから、何か問題がありますか?」

「いや、必要ならいい」

剣呑な眼差しを受けてゼウスはたじろぐ。プリシアは微笑むと自室へと戻っていく。その後ろ姿を見てゼウスはため息を洩らした。

(……己が情けない)

妻が怖い。戦略的な結婚で二つ年上のプリシアに頭が上がらない。
美しいプリシアが美しく着飾るのを許していた。だが、最近は以前よりも購入頻度が高く目に余る。
ふと、城の屋上へと足を向ける。ここからだと塔が良く見えるのだ。

(……生きているだろうか)

初めての子供。娘。この腕に抱くことさえしなかった、我が子。死んだことにした事にゼウスは酷く後悔をしていた。
獣の顔をしていたことには驚いたが、自分も獣の耳と尻尾を持っている。半獣も全獣も同じようなものではないか。

(全獣、なんて言葉はないか)

青い空だ。今日の空は格別に青い。白い雲が良く映える。

(私は王に相応しくない、と思う。だが、普通の家に生まれたのならきっと…まともに生きてはない)

王の仕事は何とか回りの力を借りてこなしてはいるが、それ以上は出来ない。もし、普通の家に生まれたのならサポートがなく一人で何でもやらないといけないのであろう。
一度、美味しい寿司の店にお忍びで若かりし頃、兄に連れられて行ったことがある。
寿司職人は次々に注文されるモノを的確に作って客に提供していた。

(私だったら、握っている最中に全て忘れる)

すごい、寿司職人すごい。

働いて賃金を稼いでいる人間はすごい。

魚の形に見える雲が流れてきた。腹が空く。
ぐーっと腹の虫が鳴る。貧困を理解しようと思い立ち朝食を食べなかったのだ。
腹が空く、という体験を初めてした。

(腹が空くと、力が出ない。やる気も出ない。宝石を買うよりもパンやおにぎりをたくさん買って貧しい民に与えた方がいい)

子供にも分かる事だ。プリシアにどう話したら理解してくれるだろうか。

(私はちっぽけな事しか出来ない。出来ない、出来ないと嘆くだけだ。情けない。兄上が生きていたなら……何故、病魔は私の方にとり憑かなかったのだろう)

ため息が洩れる。考えても仕方がない。
兄も天国で呆れているだろう。

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