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第七章

☆2

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あの塔で16年間、ティアは一人で暮らしていた。
人間と獣の血が混じる種族や純粋な人間は様々な能力を所有する。
嗅覚や聴覚が優れる者。魔法を使える者、ひらめきが優れ手先が器用な者。
ティアが誰も触れあっていないのに言葉を話せていたのは、その何かしらの能力があったからであろう、とレミィは推測した。そして、哀れに思う。

(…あれが初めて人に向けた思いだとしたら)

彼女の胸を突くような泣き声。
ティアの放ったたどたどしく悲しい言葉。

毎晩、自分に擦り寄り眠るティアのあどけない寝顔を思い出した。毎朝、おはよう、と蕾が綻んで咲いた花のようにティアは微笑む。
その度に愛しい気持ちで胸が締め付けられた。
化け物と詰った事が悔やまれて仕方がない。
何度も後悔している。きっとこの先も。
だが、改めてすまない、と謝っても彼女の心の傷を広げてしまうようで安易にその事を触れることが怖くてできなかった。
嫌われるのが怖い、という幼稚な感情。

ふわふわとした、彼女との会話は和む。

きれいな花を一緒に見てきれいね、と琥珀色の瞳をうっとりと濡らすティアは可愛らしい少女だと思う。

夢の中にいる、と思い込んでいる儚い微笑み。
おやすみなさいをいう彼女はいつも寂しそうだった。
だから、おはよう、をいう彼女はいつも嬉しそうで、堪らない。

(初恋かもしれない、この場にいない相手の事を考えるなんて…可愛いと思うなんて…俺らしくない)

ふ、と苦い笑みを口元に滲ませた時に鋭い視線を感じた。
壁に背をもたれ掛け腕を組みこちらを睨んでいる少年。黄金色の毛並みの獣耳で少年特有の意思の強さを感じさせる瞳が印象的だ。

少年と視線が合う。少年が寄り掛かった壁から背を離して口を開き掛けたとき、

「レミィちゃーーーーん、大変よお!キティちゃんがいなくなっちゃったのおおお!」

クラシカルな音楽を楽しむ雰囲気をぶち壊す声。
エメラルドだ。俺の姿を見るなりこちらに突進してくる。

「…じいさん、徘徊でも始めたのか?」

少年が俺よりも早く反応する。
その声にエメラルドは俺から少年へと方向転換する。

「あ、あの時の!ごめんなさい!おじいちゃんじゃないのよ、子猫ちゃんなの!」

「…孫、とりあえず落ち着け!」

少年の両方の腕をガシッと掴むとゆさゆさと揺すってエメラルドは混乱しながら事情を知らない少年に説明しようとする。が、当然何が何だか分からないであろう。


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