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もうあたりは暗い。しかも雨が降っている。女の姿をすぐに見つけることが出来なくて焦りが強まる。
喧嘩で大勢に囲まれた時よりも平常心を保てない。
嫌な予感がしてならない。
俺は幼い頃から嫌な予感程的中していた。
自分の心臓が大きく脈打つのを感じる。
ふと、白くぼんやりとしたものを視界にとらえた。
今にもこの世から消えそうな小さな細い背中。
身を投げ出そうとしている。俺は全力で走り、腕を掴んで引き戻した。

「……お前、何やってんだよ!死ぬとか馬鹿じゃないのか!!」

今まで感じたことがない怒りの感情でいっぱいになる。声が裏返り恰好悪いけど、それに構わず大声で怒鳴り付けた。

「……っ、もう嫌なの!もう頑張れない!生きてる方が馬鹿馬鹿しい。何も知らないくせに、私の事なんて放っておいて、死なせてよ!!」

女は俺を睨んだ。だけど、その瞳に俺がうつっていない。ここにはいない誰かを睨んでいた。
生気がなかった蒼白い顔に血がのぼって赤くなる。俺が強く抱き締めており、身動き一つ出来ない状態に気がつくと今度は俺を真っ直ぐ睨んだ。
子供が駄々をこねるように暴れる。
怒気が孕んだ声に涙が滲んで、悲痛な叫びへと変わる。

「もう、いや、……っ…もう、希望なんてもてない。……楽になりたいの」

女は泣いていた。
女の涙ってやつを初めて目の前にして俺が芽生えた怒りが小さくなって消えていく。
暴れる気力を無くした女を腕を掴んで引き離した。
俯いて唇を震わせ奥歯を噛み締めている。泣き声を耐えている。

「悪いけど、俺はあんたを放っておけない。とりあえず冷静になってそれでも死にたいならもう邪魔しない。……今は、邪魔する。雨の日に自殺するなんてなんか寂しいだろ」

女はもう言い返す気力もないらしい。俺は肩を抱くと立つように促した。のろり、と女は立ち上がる。危うい足取りだ。身体が触れると冷たい。
俺は自分の家へと向かった。
女の足取りは重く、丸で何かを引き摺っているかのようだ。

(道で通り過ぎるだけの関係で、俺はこいつの事なんて何も知らないけど…本当に身投げするまで追い詰められたんだってのは、分かった。……これが運命ってやつなのか、…だとしたらかなり厄介!)

仲間からはクールな奴だと言われている俺が、雨にずぶ濡れになって怒鳴って、会ったばかりの女を死なせなくないって思っている。
いつもの俺が今の俺を馬鹿かよって笑っている。

家に着くと直ぐに風呂をわかした。浴槽にたっぷりとお湯をはる。
女はずぶ濡れのまま立っている。
このままでは二人とも風邪を引いてしまう。

「先に風呂はいれよ」

「……何もしたくない、もう何もしたくない…」

俺はため息を吐くと女の服に手をかけた。抵抗する様子もなく全部脱がせた。裸にすると俺も濡れた服を脱ぎ捨てる。

「じゃあ、あんたはなにもするな。俺が勝手にする……無気力なマネキンみたいなやつに変な気起きねぇし、…身体をあっためるだけだ」

有無を言わせず姫抱きにして浴室へと直行する。
ドブン、と湯槽の中に入った。冷えた身体が一気にあったまる。ビリッ全身が震えた。
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