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「ねえ、たっくん。ユミコってだぁれ~?」

「ああ、バイト先の先輩。シフトかわってくれって頼まれちゃってさ」

ランチタイムが終わった昼過ぎのファミリーレストランは空いている。
恋人同士の若い男女がフライドポテトとドリンクバーで長時間居座っていた。綺麗に整えられた爪に赤いマニキュアを塗っている細い指が何気なく向かいに座っている彼氏、と思われる青年の携帯電話を持つと操作する。
甘えた声でお洒落な女の子が彼氏に探りをいれる。
たっくんは淀みなく着信履歴に残っていたユミコについて説明した。

(……携帯見ないと安心出来ないのか)

今時の若い子は彼氏彼女の携帯電話を勝手に開いて中を見るのが特にルール違反にはならないらしい。浮気とか疚しいことがないなら、別に見てもいいだろう、というが彼らの言い分。
その言い分は分かる。けど、香澄は自分の携帯電話を触られるのが嫌だった。

たっくんは中々のいい男である。付き合うまでお洒落な女の子はライバルと女のバトルをして、見事勝ち取ったのだろう、と想像してみる。
そのユミコが本当にたっくんの先輩で、シフトの変更を頼まれただけ、ならいいと思ったのが最後で香澄は二人のカップルについて考えるのに飽きた。
口元に手をあて欠伸を噛み殺した。

眠い、最近は気分が高揚して眠れていない。
恋人の充彦にプロポーズされてから。

香澄は幼い頃事情があり施設に預けられた。
娘を事故で亡くした裕福な夫婦が、死んだ娘に似ている香澄を気に入ってくれた。運良く里親が見つかり本当の我が子のように育てて貰えたのは奇跡に近い。

すごく田仲夫婦には感謝している。

だから、真由美さんが得意だったピアノを頑張って弾けるようになった。
だから、真由美さんがなりたかった学校の先生に頑張ってなった。

でも、これからようやく自分の人生を歩める。

幸せになれるのだ。

「香澄先生!」

視線から外していた本の存在を思い出して香澄は栞を挟んでテーブルに置く。ちょうどその時、声が聞こえた。賑やかな声。
顔を上げると女の子二人と男の子一人が立っていた。学生服姿ではなく私服だと印象が変わる。
女の子はうっすら化粧をほどこし華やかで、男の子は年頃のファッションを楽しんでいる。
声を掛けてきた子達は香澄が受け持っていたクラスの子だ。

「遅れてすみません!のっこが香澄先生に渡すプレゼント持ってくるの忘れちゃって」

「遅れる連絡してくれてたし、のんびり待ってたから大丈夫よ」

香澄は優しい声色になるよう意識して生徒達に告げた。昨日の卒業式をもって寿退職して高校教師生活に終止符を打った。香澄の夢は可愛いお嫁さんになることで、家庭に入り旦那様に尽くして幸せであったかい家庭を築くこと。

涙と笑顔を浮かべる卒業生達を手を振り見送った。
真由美さんの亡霊をやっと下ろせる、きっと彼女も成仏してくれるはずだ。と、感慨深い思いを這わせ学校を見上げた。
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