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第一章
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アムネは青紫色に変色した唇を微かに震わせた。
僅かに口は開くが声を出すことは出来なかった。
力が失われた細い息だけが虚しく洩れて消えていく。
意識も先程より遠くなっている。
どうやら父親に対する怒りだけではこの死を乗り越えられないようだ。血を大量に失い生命力が体から抜けていく。
声かけに反応することが出来ないアムネの様子を見て子供は眉を下げてかわいそう、と呟いた。
「……わたしのいのちをわけてあげます」
目蓋に置かれた小さな手からふわっと柔らかな心地好い気が流れてくる。
不思議な力で傷つけられた体が癒されていく。それはアムネにとって初めての体験であり、視界は奪われていて見えてはいないが神の奇跡を目の当たりにする心境であった。
暫くしてからそ、と子供はアムネの目元から手を離した。
長い睫毛を震わせてゆっくりとアムネは目を開けた。そこには、肩まで伸びる真っ白な艶やかな髪をしたアムネが想像した通りの幼い子供がいた。
大人しそうな可憐な花のような『女の子』だ。華奢な真っ白な体から嗅いだことがない甘い匂いがする。
「……助かった。ありがとう」
「いえ。ほんとうはあなたがきずつくまえにたすけれたらよかった、とおもいます」
瞳を伏せて子供は己の勇気のなさを恥じていた。
恐らく、アムネの父親が放った刺客に襲われていた所を目撃したのだろう。
興味や関心を向けなかった父親が、命を奪うと思ったの経緯について知らない。悪魔に身を落とした男の考えが分かったらたまらない。
アムネでも恐ろしいと思ったのだ。きっと、この幼い子供も恐ろしいと思ったのに違いない。一歩も動くことなど出来なかっただろう。
「俺はアムネ。君の名前を教えてくれ。君は俺の命の恩人だ」
「わたしはロッカといいます」
アムネ、という名前を聞いては、っとした表情を浮かべた。
一瞬躊躇いの色がロッカの瞳にうつる。しかし、意を決してアムネを真っ直ぐに見つめた。
「アムネさま、どうかわたしにちからをおかしください」
本当に偶然であった。ロッカがここに辿り着いたのも命を助けようと咄嗟にアムネの目元に手を添えたのも偶然。
命の恩人になるつもりもなかった。このアムネの命を助けた偶然を利用するのに一瞬の躊躇いを感じた。
しかし、アムネという名前を知ってしまった。彼がこの近辺の村人から『魔王』と恐れられている少年だ、と。
「もちろん。ロッカから一つ命をもらったんだ。俺の力ならいくらでも貸すさ」
「……っ、…ありがとうございます」
緊張で固くなったロッカの表情が柔らかくとける。ロッカは自らの胸に手を当てほっ、と胸を撫で下ろした。穏やかな水海のような瞳が潤んでいる。
「で、俺は何を倒せばいいの?」
アムネは自分の力を貸して欲しい、イコール何かを破壊する頼み事だと思っていた。例えば村を襲ったゴーレムを倒して、とか。
父親の刺客に呆気なくやられたが、そこらの悪魔や魔物や人間よりも言葉は稚拙になるがかなり強いと思う。
魔王、と呼ばれる程の膨大な魔力を所持しているのだから。
「わたし、いえにかえりたいんです」
ロッカは小さく首を横に振った。
迷子なのか、と頼りなく心細そうな様子のロッカを見て納得する。アムネのロッカに対する声かけが迷子の子猫ちゃんに接するような優しい声色へと変化した。
「ロッカの家ってどこにあるの?」
「あそこです」
ロッカは幼く小さな指を天に向けた。森の木々で空は覆われて見えないが、その先は空で…雲の上にはもう一つの国があるらしい。そんな話を母親から聞いたことがあるが、それは幼いとき寝る前に読んでくれた絵本の中の話だ。
僅かに口は開くが声を出すことは出来なかった。
力が失われた細い息だけが虚しく洩れて消えていく。
意識も先程より遠くなっている。
どうやら父親に対する怒りだけではこの死を乗り越えられないようだ。血を大量に失い生命力が体から抜けていく。
声かけに反応することが出来ないアムネの様子を見て子供は眉を下げてかわいそう、と呟いた。
「……わたしのいのちをわけてあげます」
目蓋に置かれた小さな手からふわっと柔らかな心地好い気が流れてくる。
不思議な力で傷つけられた体が癒されていく。それはアムネにとって初めての体験であり、視界は奪われていて見えてはいないが神の奇跡を目の当たりにする心境であった。
暫くしてからそ、と子供はアムネの目元から手を離した。
長い睫毛を震わせてゆっくりとアムネは目を開けた。そこには、肩まで伸びる真っ白な艶やかな髪をしたアムネが想像した通りの幼い子供がいた。
大人しそうな可憐な花のような『女の子』だ。華奢な真っ白な体から嗅いだことがない甘い匂いがする。
「……助かった。ありがとう」
「いえ。ほんとうはあなたがきずつくまえにたすけれたらよかった、とおもいます」
瞳を伏せて子供は己の勇気のなさを恥じていた。
恐らく、アムネの父親が放った刺客に襲われていた所を目撃したのだろう。
興味や関心を向けなかった父親が、命を奪うと思ったの経緯について知らない。悪魔に身を落とした男の考えが分かったらたまらない。
アムネでも恐ろしいと思ったのだ。きっと、この幼い子供も恐ろしいと思ったのに違いない。一歩も動くことなど出来なかっただろう。
「俺はアムネ。君の名前を教えてくれ。君は俺の命の恩人だ」
「わたしはロッカといいます」
アムネ、という名前を聞いては、っとした表情を浮かべた。
一瞬躊躇いの色がロッカの瞳にうつる。しかし、意を決してアムネを真っ直ぐに見つめた。
「アムネさま、どうかわたしにちからをおかしください」
本当に偶然であった。ロッカがここに辿り着いたのも命を助けようと咄嗟にアムネの目元に手を添えたのも偶然。
命の恩人になるつもりもなかった。このアムネの命を助けた偶然を利用するのに一瞬の躊躇いを感じた。
しかし、アムネという名前を知ってしまった。彼がこの近辺の村人から『魔王』と恐れられている少年だ、と。
「もちろん。ロッカから一つ命をもらったんだ。俺の力ならいくらでも貸すさ」
「……っ、…ありがとうございます」
緊張で固くなったロッカの表情が柔らかくとける。ロッカは自らの胸に手を当てほっ、と胸を撫で下ろした。穏やかな水海のような瞳が潤んでいる。
「で、俺は何を倒せばいいの?」
アムネは自分の力を貸して欲しい、イコール何かを破壊する頼み事だと思っていた。例えば村を襲ったゴーレムを倒して、とか。
父親の刺客に呆気なくやられたが、そこらの悪魔や魔物や人間よりも言葉は稚拙になるがかなり強いと思う。
魔王、と呼ばれる程の膨大な魔力を所持しているのだから。
「わたし、いえにかえりたいんです」
ロッカは小さく首を横に振った。
迷子なのか、と頼りなく心細そうな様子のロッカを見て納得する。アムネのロッカに対する声かけが迷子の子猫ちゃんに接するような優しい声色へと変化した。
「ロッカの家ってどこにあるの?」
「あそこです」
ロッカは幼く小さな指を天に向けた。森の木々で空は覆われて見えないが、その先は空で…雲の上にはもう一つの国があるらしい。そんな話を母親から聞いたことがあるが、それは幼いとき寝る前に読んでくれた絵本の中の話だ。
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