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第二章 アイ
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しおりを挟むアイはハッ!と目を覚ました。
寝室の奥に眠る髪も肌も纏う空気も真っ白な白い女。
その女の寝顔を何とも表現できない表情で見守る、黒髪のあのひと。
名前も分からず、アイはそのひとが魔王であることも知らなかった。
あのひとにアイと呼ばれ、アイはそのひとをタマゴサンドとかおにぎりとか呼んでいた。
昨日のことなのに凄く昔のようで、アイは眉をしかめた。泣きそうになったからだ。堪えているのにじんわりと涙が目尻に滲んでくる。
アイの中で止まっていた時が目まぐるしく動いている。なにも知らなかった時の自分は、もう幻のように感じられる。遠い。手を伸ばしてももう掴めない。
「おい、どうした?泣いているのか」
幼い子供の声が聞こえる。
顔をあげると黒髪の幼い男の子だった。アイを心配そうに見つめていた。その瞳に見覚えがあった。
このこは、間違えなくあのひとだ。
アイの意識があれからもう少し昔に飛んで戻っていた。
「おい、じゃなくて、アイ。アイって名前」
「……アイは何故泣きそうになっていた?」
そのこは真面目な顔をして頷いて素直に言い直した。
「名前、きいてなかったから。すごく大切なひとの名前」
「そうか」
「……名前、教えてほしい」
アイに名前を尋ねられ、幼いあのひとは困ったように首を傾げた。
「名前、か。私には名前というものはない……しかし、そうだな、名前というものがあったら呼ばれたい。唯一のプレゼントであり、それはなくなったりはしないものだから」
「じゃあ、アイが名前をプレゼントしてあげる!」
「……その時を楽しみにしている」
ほんのりと頬を赤く染めて笑った。
その微笑みはとても可愛らしいものだった。
アイは幼いそのひとを思わず抱き締めた。
「アイに見せたいものがある」
幼い手がアイの手を掴んで走り出した。
そこには色とりどりの花が咲いていた。
どれも美しく、誇り高く、どれもみんな素晴らしくて、生き生きとしていて輝いている、天に花びらを向けている。
「……雨というものは恵みである。ひとの涙は悲しくても流れるが嬉しくても流れる。情けないとかみっともないという涙は堪えろ。だけど、……悲しいとか寂しいという涙は我慢する必要はない。涙と一緒に流すのがいい。花という感情は、涙で潤い豊かにする」
「花が感情?」
アイは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「こいつら、笑っているように見えないか?」
咲き誇る花達。確かにそれは花達の満面の笑みに見えてアイは笑った。
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