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第一章 魔王
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しおりを挟む甘く柔らかな香りに包まれた優しい世界。人間の国から戻って数時間もたっていないが恋しい。
子供達の泣き声が耳に張り付いている。胸が痛くなりしめつけられる。
穏やかな時間をともにした者が泣くのは辛いと知った。
三つ目が魔王、と呼ぶのをきいて魔王と一緒に花をみた子供達は後悔しているだろう。悪夢にならないといい。
(私の帰りを待つものはいないが、私がまた話したい人間はいる……)
勇者や王様、リサ、子供達……もう一度話したい。
穏やかなあの空間が懐かしくてたまらない。
魔王はため息を洩らした。時間は戻らない。正確には魔王が望めば魔力でなんでも叶えられる。
しかし、心は手に入らない。
心は見えず本当のことが分かるのは声と声がまじわって繋がっている時だ。
「魔王様、よく戻られました」
そっと声をかけるのは髪も肌もなにもかもが白い女の魔物だった。
「……戻りたくて戻ったわけではない」
思わず不満を持ったそっけない声が出る。それをきくと白い女は可笑しそうにくすくす、と声を洩らして笑った。
魔王は笑う女の声に釣られて後ろを振り向いた。
「魔王様、随分と変わりましたね。表情がなく操り人形のようでしたのに、そんな不満そうな顔をして……まるで本当の子供のようですわ」
白い女は口元に穏やかな笑みを浮かべていた。
その笑みを見た瞬間、魔王の暗く沈んだ気持ちがふわり、と浮上する。
「お前は何者だ?」
戸惑った魔王の気持ちが声を上擦らせた。
「……わたくしはこの星のうつわ、です。エネルギーがおさまる場所。魔王様を慰めるものですわ」
どきり、とした。
白い女を抱き寄せて、魔王の腹のそこで暴れ出てくるエネルギーをすべて注ぎ込みたくなる。
幼く小さな魔王のからだに熱が芽吹いた。
とても荒々しくもあり、切なくもあり、焦れったいからだの奥で燻る熱であった。
「……魔王様はまだ幼い。この星を愛することができたなら、わたくしはあなたのすべてを受け入れ星と一つになりましょう」
美しい微笑みを浮かべ白い女は魔王の頬を優しく指先で撫でて甘い声で甘美な世界に誘うような天使のように告げた。
そして白い女は光輝いてすっと音もなく消えた。
魔王は爪先から頭のてっぺんまで痺れるような感覚に震えてしばらくその場から動くことが出来なかった。
魔王の初めての、恋であり、愛したい、愛されたいという感情を知った。
それは悲しみや辛さに長い間とらわれていた魔王にとって、とても幸福ですばらしい大切な一時であった。
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