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第一章 魔王

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ごろん、と窓から城の中へと入り込むとアホウはカビ臭い空気に噎せ込んだ。
不満げな幼い低い声で唸る。

「う~……」

アホウの濁りがない大きな青い瞳は縦に開いて白く光り暗い部屋のなかの状況を確認した。
白い棉埃が積もっている。
空っぽの部屋でここには家具一つ置いていない。何もない埃まみれの部屋だ。
ぶるり、と雨で濡れた小さな身体を震わせた。アホウはからだをあっためる何かないのか、と思いつつその部屋を出て何かを探し始めた。
かちり、とドアノブをひねってると微かな音が響いた。明らかに先ほどの部屋とは違い流れ出る空気がキレイだ。くしゃみが出ない。
アホウは部屋の中に入った。
そこには大きなフカフカなベットがあった。
目の前のベットに飛び込んでみたい、とアホウの好奇心を刺激する。
へらへらと絞まり気のない笑顔で近寄るとそこに先客がいるのに気づいた。
誰かがベットに横たわっている。

美しい長い黒髪をしたヒトガタの魔物だった。
白い肌に整った鼻筋と薄い唇、上向きの睫、目を閉ざしているが美丈夫だと分かる程。その寝顔に老若男女すべての者の目を奪うだろうが、アホウは顔立ちよりも長い髪が気になった。小さな手を伸ばして無遠慮に引っ張る。

ぎゅーーーーー!!!

手に持った髪を全て引き抜こうとする。畑にあるキャベツをもぎ取る時みたいに。

「……っ、何をする、無礼者めが!」

目をカッと見開くと目覚めた男にアホウは睨まれる。
突然の大きな怒鳴り声に首をすくませアホウは髪を引っ張るのを止めた。
亀のように首を引っ込めたが怯える様子もなくアホウは目覚めた男を見てぷーっと頬に空気を入れて顔を真っ赤にすると、ぷっと息を吐き出してゲラゲラと品が欠けている大きな笑い声を上げて腹を抱えて転がり回った。
目を見開いた男の顔がアホウのツボに入ったらしい。

そこには殺されるかも、という恐怖心などない。

何とも楽しげな笑い声で涙さえ浮かべている。
男は口許をへの字に曲げてアホウを真っ直ぐに見据えた。嘲笑ではなく、ましてへつらっている笑みでもない。純粋に可笑しくて堪らない、という感じの幼い子供の笑い声だった。

男は呆れた様子でため息を吐き出した。

「お前は一体何者なんだ。私の事は知っているのか?」

こんなに近くで人の顔を見たことがない。
男はかつてこの星のすべての魔力を己のものにして人間、魔物、動物を支配していた。
魔王、と呼ばれ恐れられる存在だったから、膝まついてこうべを垂れている姿しか見たことがなかった。

「あう~~」

アホウは目を丸くした。怒鳴られることはあっても、話しかけられることは今までなかった。
数回瞬きを繰り返して男を真っ直ぐに見つめた。

純粋な丸い目玉が二つ男をうつしている。
そこには恐怖も、悲しみも、怒りも、命乞いをする弱者の弱さもなにもなかった。

ザーザーーと雨が激しく窓を叩いている。
しん、と静まり返った雨の日の空気は冷たい。
アホウはぶるり、と身を震わせると魔王のベットに潜り込んだ。
そして、目を閉ざして眠り始めた。
予測不可能な行動に魔王は困惑する。
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