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第0章

パンと少年と姉

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あの時から…いいえ、その前からぼくは馬鹿でした。
本当に馬鹿で何度も思い出しては情けない涙が泉のようにわき出て、枯れたと思ったのにまた出てきて本当に情けない気持ちになります。

「おねえちゃん、ぱん、たべないの?」

焼き立てのパン。ぼくは姉から渡されたパンを2つに割ろうとしました。
でも、姉がぼくの手にそっと自らの手を添えて首を横に振りました。

「おねえちゃんはさっき食べたの。それは全部君が食べていいんだよ」

姉の細く白かった指は毎日、油で汚れた皿をたくさん洗ってかさかさと赤く固くなっていました。
それでも頭を撫でてくれると心地よく安心しました。
柔らかく膨らんだまだ温かなパン。
ぼくはそのパンを夢中で食べました。

両親は大きな戦いがあった時、死にました。

姉はぼくを離さず、ぼくも姉から離れませんでした。

勉強を覚える前に働かなくてはならず、姉は読み書きも計算も知らなくてもいい料理店の皿洗いの仕事をしました。
ぼくも働くと言ったけど、身体に必要なモノを自分の中で作れない病気になっていて、姉はぼくが働くのを許してはくれませんでした。

「おねえちゃん、しってる?かみさまにおそなえしている、ぱんをぬすんでる、ひとがいるんだって」

「…そうなんだ」

「かみさまのものをぬすむなんて、ひどいね」

「……そうだね」

「ぬすむなんて、さいてい。そんなわるいやつにはかみさまのてんばつがくだるよ!」

「……」

ぼくは何も知りませんでした。
皿洗いの賃金なんて雀の涙ほどのもので。
ぼくが飲んでいる薬は姉がご飯を食べるのを我慢していたり、生活を切り詰めて買っているもので。
神様にお供えしているパンは、ぼくはたくさんお供えしているものだと思っていたけど、一つだけで。
その時、知らないといけない多くの事を知りませんでした。

その次の日、姉は馬車にひかれて死にました。

パンを盗んで逃げている途中だった、と知らされました。

最後にぼくが見た姉の顔は、本当に寂しそうで悲しそうで、声を出して泣きたいっていう顔でした。

ぼくは馬鹿です。姉の後を追いかけて謝りたい。
でも、そうすると姉は今度こそ泣くでしょう。
馬鹿!ってぼくの頬をぶって声をあげて泣いてしまう。
ぼくは馬鹿だけど姉を泣かせたくない。
姉を泣かせる馬鹿にはなりたくない。

だから、神様。ぼくにチャンスを下さい。

ぼくはどんな苦しいことも耐えてみせます。
どんな危険なことも、あなたの奴隷のようになんでもします。

だから、神様、ぼくを選んでください。


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