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【9】リュミエールの怒り
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泉の奥底の穴ぐらでリュミエールは谷の異変に気付きピクリと身体を起こした。
「何だ?」
不穏な空気を感じ、リュミエールは嫌な予感にゆっくりと穴ぐらから移動する。
「龍神様~!!」
自分を呼ぶその声に聞き覚えがあり、リュミエールはげんなりとした様子でその場に留まった。
「また、伯爵か。あいつもしつこいな。どうせ雨が止んだからあの娘同様、また雨を降らせと言いに来たんだろ」
理由は分かりきっているが、しかし妙な胸騒ぎは収まらず、リュミエールは穴ぐらへ引き返そうとした身体をもう一度地上へと向かって移動し始めた。
(姿は見せない。少し様子をみよう)
リュミエールはそう決めると泉の中で伯爵の様子を伺った。
「龍神様! 大変申し訳ありませんでした! 貴方様から逃げ出した生け贄の娘の代わりに新たな生け贄をご用意致しました!」
「何だと?」
伯爵の言葉にリュミエールがピクリと反応する。
(逃げ出した? あの娘が私から逃げたというのか?)
リュミエールの中で苦い感情が押し寄せ、無意識にリュミエールの眉間に深い皺が刻まれる。
「ふ、ふん。先にあいつを拒絶したのは私だ。あいつが勝手に諦めて伯爵の所に帰っただけのことだろ。何故、私はそれを気に入らないと思っているのだ」
リュミエールは自分の初めて経験する感情に僅かながらに戸惑い、必死で気にしていない風を装った。
「龍神様、何卒次の生け贄をお納め下さい!」
「嫌よ! 離して!!」
伯爵とは別に切迫した若い娘の声にリュミエールが意識を地上へと戻す。
「あの娘の姉妹か」
(確か、金髪で青い目の美人と言っていたような……)
リュミエールはもやつく気持ちを奥に押し込め、新しい娘の存在に気持ちを切り替えると、新しい生け贄の娘の顔を拝もうと、水面からこっそりと顔を覗かせた。
「ん?」
リュミエールの顔が険しくなる。
伯爵に無理やり連れて来られたのであろうその娘は、逃げ出さないよう金色の髪の毛を伯爵に掴まれ、アメリアが美しいと言っていた顔は半分が殴られ赤黒く腫れ上がり、とても見れたものではなかった。
「愚かな。どうして伯爵家はこうも醜い娘しか用意出来ないのだ」
(……そして、何と汚い気を放つ娘なのだろう。この娘は私に悪い気を与える)
リュミエールは溜め息を吐くと、興が削がれた様子でがっかりしながら泉の中へと顔を戻した。
そして、二度と伯爵の声には耳を貸さないと決め、再び穴ぐらへと戻ろうとしたその時だった。
「逃げ出した娘は私が先程谷で始末致しました! どうかお怒りを鎮めて下さい!!」
一向に姿を現さないリュミエールに痺れを切らした伯爵が、アメリアについて自分が手を下したことを告げた。
「何だと?」
その瞬間、リュミエールの内側から激しい怒りの感情が沸いてくる。
(始末しただと? 折角私が神力を注いで綺麗にしたというのに、またあいつを醜く汚したのか……)
リュミエールの身体から放たれる神力で泉がゆらりと不穏に波打つ。
泉の変化に勘違いした伯爵は龍神からの反応があったことに喜び、更に言葉を続けた。
「龍神様がお望みなら逃げ出した娘も差し出します。始末したとは言いましたが、まだ僅かばかりですが、息はしております。亡骸となる前にこの場にお連れ致します!!」
「ひ、ひぃ!」
狂気じみた伯爵の言葉に隣にいたベラが恐怖の悲鳴を上げた。
そんな二人の目の前で泉の揺らぎは一層強くなり、やがて水面が空に向かって弧を描くように巻き上がった。
そして、谷の上空には暗い雲が覆い、雷鳴が轟き始めた。
「お、おお。ついに龍神様が雨を降らせてくれるぞ」
空の様子を見た伯爵が歓喜の表情で龍神が姿を現すのを今か今かと待ちわびた。
『愚かな人間よ。お前は人の道を踏み外した。お前の要求は到底叶えてやれるものではない』
伯爵の望み通り、水柱の中から龍へと姿を変えたリュミエールがその姿を現したが、その姿から放たれた言葉は伯爵が望むものではなかった。
『お前はこの国と共に勝手に滅びるがいい』
「そ、そんな龍神様! 私は貴方に言われるがままに私の娘達を差し出したのです! 貴方の言っていることは滅茶苦茶だ!」
『うるさい! 』
ピシャーーーン!!
リュミエールの一喝と同時に伯爵の身体に雷が落ちる。
「がっ!!!」
雷に打たれた伯爵は身体が焼け焦げ、白目を剥いてその場に倒れ込んだ。
「キャアアア!!」
隣にいたベラが黒焦げとなった伯爵の姿を見て、半狂乱に悲鳴を上げる。
リュミエールはそんなベラを無視し、すぐにアメリアの気配を注意深く探り始めた。
(どこだ? どこにいる? まだほんの僅かでも息があるなら助けることが出来るはず……)
リュミエールは焦る気持ちを抑え、神経を研ぎ澄まし、アメリアから僅かに洩れる気配を辿った。そして遂にボルド谷の入り口付近で彼女の姿を見つけることが出来た。
アメリアは伯爵に左胸を銃で撃たれ倒れていた。
リュミエールは龍の姿から青年の姿に変化すると、いつかの時のように再びその両腕にアメリアを抱き寄せた。
「おい、しっかりしろ! 聞こえるか? 」
リュミエールはぐったりしているアメリアに向かって必死に呼び掛けた。
「おい、私の声が聞こえるか? 聞こえているなら私にお前の祈りを捧げろ! 今の私ではお前を助けてやれる力がないのだ! お前の気を私に注いでくれ! 」
青白いアメリアの顔を見下ろしながらリュミエールが何度も呼び掛けた。
その一方でリュミエールは何故自分がこんなにも必死でこの娘を助けようとしているのか、戸惑っていた。
(こんな小娘一人、死のうがどうなろうが知ったことではない。
しかし、何故私は何度もこの娘を救おうとするのか……)
酷く罵り拒絶しても決して非道な神を見捨てず、 己を犠牲にしても国や家族を救おうとする尊い魂の持ち主。
そんなアメリアからもたらされる祈りの力はリュミエールが今まで味わったことがない程上質で、甘美なものだった。
(こんなにも自分の神力を極上に引き上げてくれる存在には今迄出会ったことがなかった)
アメリアを失いそうなこの瞬間、漸くリュミエールは気付いた。
「そうか、お前こそが真に私の番となるにふさわしい存在だったのか……」
リュミエールは一向に反応のないアメリアに向かってポツリと言葉を呟いた。
(出来損ないの私に足りないものを埋めてくれる存在……)
「おい、よく聞け。私にはお前が必要だ。お前が側にいてくれれば私は最高の神になれる。死んだ大地でも何でも蘇らせられる。お前さえずっと私の側にいてくれれば……」
リュミエールはアメリアに語りかけながら、アメリアに対する自分の感情についてようやく自覚した。
リュミエールにとってアメリアは、初めて生きていて欲しいと願った人間だった。
「死ぬな」
リュミエールは引き寄せられるようにアメリアへと顔を近付けると、その色を失い薄く開かれた唇に、自分の唇をそっと重ねたのだった。
「何だ?」
不穏な空気を感じ、リュミエールは嫌な予感にゆっくりと穴ぐらから移動する。
「龍神様~!!」
自分を呼ぶその声に聞き覚えがあり、リュミエールはげんなりとした様子でその場に留まった。
「また、伯爵か。あいつもしつこいな。どうせ雨が止んだからあの娘同様、また雨を降らせと言いに来たんだろ」
理由は分かりきっているが、しかし妙な胸騒ぎは収まらず、リュミエールは穴ぐらへ引き返そうとした身体をもう一度地上へと向かって移動し始めた。
(姿は見せない。少し様子をみよう)
リュミエールはそう決めると泉の中で伯爵の様子を伺った。
「龍神様! 大変申し訳ありませんでした! 貴方様から逃げ出した生け贄の娘の代わりに新たな生け贄をご用意致しました!」
「何だと?」
伯爵の言葉にリュミエールがピクリと反応する。
(逃げ出した? あの娘が私から逃げたというのか?)
リュミエールの中で苦い感情が押し寄せ、無意識にリュミエールの眉間に深い皺が刻まれる。
「ふ、ふん。先にあいつを拒絶したのは私だ。あいつが勝手に諦めて伯爵の所に帰っただけのことだろ。何故、私はそれを気に入らないと思っているのだ」
リュミエールは自分の初めて経験する感情に僅かながらに戸惑い、必死で気にしていない風を装った。
「龍神様、何卒次の生け贄をお納め下さい!」
「嫌よ! 離して!!」
伯爵とは別に切迫した若い娘の声にリュミエールが意識を地上へと戻す。
「あの娘の姉妹か」
(確か、金髪で青い目の美人と言っていたような……)
リュミエールはもやつく気持ちを奥に押し込め、新しい娘の存在に気持ちを切り替えると、新しい生け贄の娘の顔を拝もうと、水面からこっそりと顔を覗かせた。
「ん?」
リュミエールの顔が険しくなる。
伯爵に無理やり連れて来られたのであろうその娘は、逃げ出さないよう金色の髪の毛を伯爵に掴まれ、アメリアが美しいと言っていた顔は半分が殴られ赤黒く腫れ上がり、とても見れたものではなかった。
「愚かな。どうして伯爵家はこうも醜い娘しか用意出来ないのだ」
(……そして、何と汚い気を放つ娘なのだろう。この娘は私に悪い気を与える)
リュミエールは溜め息を吐くと、興が削がれた様子でがっかりしながら泉の中へと顔を戻した。
そして、二度と伯爵の声には耳を貸さないと決め、再び穴ぐらへと戻ろうとしたその時だった。
「逃げ出した娘は私が先程谷で始末致しました! どうかお怒りを鎮めて下さい!!」
一向に姿を現さないリュミエールに痺れを切らした伯爵が、アメリアについて自分が手を下したことを告げた。
「何だと?」
その瞬間、リュミエールの内側から激しい怒りの感情が沸いてくる。
(始末しただと? 折角私が神力を注いで綺麗にしたというのに、またあいつを醜く汚したのか……)
リュミエールの身体から放たれる神力で泉がゆらりと不穏に波打つ。
泉の変化に勘違いした伯爵は龍神からの反応があったことに喜び、更に言葉を続けた。
「龍神様がお望みなら逃げ出した娘も差し出します。始末したとは言いましたが、まだ僅かばかりですが、息はしております。亡骸となる前にこの場にお連れ致します!!」
「ひ、ひぃ!」
狂気じみた伯爵の言葉に隣にいたベラが恐怖の悲鳴を上げた。
そんな二人の目の前で泉の揺らぎは一層強くなり、やがて水面が空に向かって弧を描くように巻き上がった。
そして、谷の上空には暗い雲が覆い、雷鳴が轟き始めた。
「お、おお。ついに龍神様が雨を降らせてくれるぞ」
空の様子を見た伯爵が歓喜の表情で龍神が姿を現すのを今か今かと待ちわびた。
『愚かな人間よ。お前は人の道を踏み外した。お前の要求は到底叶えてやれるものではない』
伯爵の望み通り、水柱の中から龍へと姿を変えたリュミエールがその姿を現したが、その姿から放たれた言葉は伯爵が望むものではなかった。
『お前はこの国と共に勝手に滅びるがいい』
「そ、そんな龍神様! 私は貴方に言われるがままに私の娘達を差し出したのです! 貴方の言っていることは滅茶苦茶だ!」
『うるさい! 』
ピシャーーーン!!
リュミエールの一喝と同時に伯爵の身体に雷が落ちる。
「がっ!!!」
雷に打たれた伯爵は身体が焼け焦げ、白目を剥いてその場に倒れ込んだ。
「キャアアア!!」
隣にいたベラが黒焦げとなった伯爵の姿を見て、半狂乱に悲鳴を上げる。
リュミエールはそんなベラを無視し、すぐにアメリアの気配を注意深く探り始めた。
(どこだ? どこにいる? まだほんの僅かでも息があるなら助けることが出来るはず……)
リュミエールは焦る気持ちを抑え、神経を研ぎ澄まし、アメリアから僅かに洩れる気配を辿った。そして遂にボルド谷の入り口付近で彼女の姿を見つけることが出来た。
アメリアは伯爵に左胸を銃で撃たれ倒れていた。
リュミエールは龍の姿から青年の姿に変化すると、いつかの時のように再びその両腕にアメリアを抱き寄せた。
「おい、しっかりしろ! 聞こえるか? 」
リュミエールはぐったりしているアメリアに向かって必死に呼び掛けた。
「おい、私の声が聞こえるか? 聞こえているなら私にお前の祈りを捧げろ! 今の私ではお前を助けてやれる力がないのだ! お前の気を私に注いでくれ! 」
青白いアメリアの顔を見下ろしながらリュミエールが何度も呼び掛けた。
その一方でリュミエールは何故自分がこんなにも必死でこの娘を助けようとしているのか、戸惑っていた。
(こんな小娘一人、死のうがどうなろうが知ったことではない。
しかし、何故私は何度もこの娘を救おうとするのか……)
酷く罵り拒絶しても決して非道な神を見捨てず、 己を犠牲にしても国や家族を救おうとする尊い魂の持ち主。
そんなアメリアからもたらされる祈りの力はリュミエールが今まで味わったことがない程上質で、甘美なものだった。
(こんなにも自分の神力を極上に引き上げてくれる存在には今迄出会ったことがなかった)
アメリアを失いそうなこの瞬間、漸くリュミエールは気付いた。
「そうか、お前こそが真に私の番となるにふさわしい存在だったのか……」
リュミエールは一向に反応のないアメリアに向かってポツリと言葉を呟いた。
(出来損ないの私に足りないものを埋めてくれる存在……)
「おい、よく聞け。私にはお前が必要だ。お前が側にいてくれれば私は最高の神になれる。死んだ大地でも何でも蘇らせられる。お前さえずっと私の側にいてくれれば……」
リュミエールはアメリアに語りかけながら、アメリアに対する自分の感情についてようやく自覚した。
リュミエールにとってアメリアは、初めて生きていて欲しいと願った人間だった。
「死ぬな」
リュミエールは引き寄せられるようにアメリアへと顔を近付けると、その色を失い薄く開かれた唇に、自分の唇をそっと重ねたのだった。
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