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【1】土地神リュミエール
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老婆の言葉を頼りに ラングラム伯爵はたった一人でドルガ谷に足を踏み入れていた。
確かに人から忘れられた場所と言われるだけあって谷は辺り一帯が草木で覆われ、前を進むのもやっとの道が続いていた。
しかし、伯爵はついに泉に辿り着くことが出来た。不思議なことに泉に近付くにつれ、自然と道が開けて行くような気がした。
「龍神様のお導きか……」
ごくりと伯爵は緊張で唾を飲み込んだ。
泉は谷同様、鬱蒼とした草木で覆われ、とても土地神が祀られているような場所には見えなかった。
しかし、それも老婆の話の通りであり、確かにここに龍神がいるのは間違いないように思えた。
草木で隠れ、見えない祠に向かって伯爵は膝を付き、手を合わせ、龍神に向かって祈りを捧げた。
「龍神様お願いします。どうかこの国に雨を降らせて下さい!」
幾分予想はしたものの伯爵の祈りに対し、周りはシンと静まり返っているばかりで、何の返事も聞かれない。それでも伯爵は最後の頼みの綱とばかりに、辛抱強く日が暮れるまで祈りを捧げ続けた。
――結局、伯爵の祈りも虚しく、泉からは何の反応も返っては来なかった。
無駄足だったか、とようやく伯爵が諦めて帰ろうとその場から立ち去りかけた時だった。
泉が微かに白く輝き始め、伯爵の目の前に霧のようなもやが立ち込めた。そして、そのもやの中に龍の影のようなものがぼんやりと浮かび上がってきた。
「り、龍神様!!」
伯爵は驚きと喜びに思わず飛び上がって叫んだ。
『久方振りに私に祈りを捧げるものがいると思ったら、何の面白味も無い中年の男か。あ~あ、出てきて損したわ。とっとと失せろ。そしてもう二度と私を呼ぶなよ』
気だるそうに龍神らしき影から声が掛けられるも、どうやらこのままだと本当に姿を消しそうな雰囲気だったので、伯爵は慌てて龍神を呼び止めた。
「ま、待って下さい龍神様!! 私はこのモルシェルの地を治める領主のラングラム伯爵と申します!! この度龍神様にこの地に雨を降らせて頂きたくお願いに参りました!!」
『何で私が神に対して信仰心の欠片もない民達のために雨を降らせてやらなければならぬのだ。ほら、とっとと帰れ』
もやの中、龍神が伯爵に対してシッシッと鬱陶しそうに手を払う仕草が見えた気がしたが、伯爵は必死で龍神に食い付いた。
「今までの非礼はこの国を治める者としてお詫び申し上げます。これからは毎日龍神様に祈りと供物を捧げます。どうか今迄のお怒りを解き、この国を救って下さい!!」
『祈りは鬱陶しいからいらんが、供物ねぇ……。雨乞いをしてくる程干ばつに苦しんでるのに私が満足する供物なんて捧げられるのか?』
意地悪そうに尋ねる龍神に、僅かながらでも交渉の手応えを感じた伯爵は言葉を続けた。
「ま、まだ我が邸宅に充分な食料の備蓄が有りますのでそれを龍神様に捧げます!」
『お前、娘はいるか?』
伯爵の言葉は無視し、龍神はワクワクするような様子で伯爵に娘の有無を尋ねた。
「えっ? は、はい。四人程おりますが……」
伯爵は一抹の不安に駆られ語尾を濁しながら答えた。
『美人か?』
龍神が間髪入れずに尋ね返す。
「は、はい。どの娘も国でも評判の美人揃いです」
そこは少し得意気に伯爵が答える。
『なら、お前の娘を私に捧げろ』
「え?」
得意気に答えた伯爵だったが、龍神の要求に一瞬で我に返る。しかし、そんな伯爵の答えなど聞かぬと言うように龍神は一方的に交渉を進め始めた。
『雨を降らせるのは娘を私に差し出してからだ。娘以外のものは受け付けない。いいか、明日中に娘を用意しろ。しなければもう二度とお前の前には現れないからな』
早口で一気にそれだけ言い終えると、龍神はさっさと泉の中に姿を消してしまった。
そして龍神が消えると同時に周りを覆っていたもやも晴れ、まるで伯爵を送り出すように谷の草木が分かれ、道が開かれた。
「そんな…。私はどうしたら……」
伯爵は龍神から言われたことを呆然と頭の中で反芻しながら帰り道を重い足取りで帰るのだった。
* * *
伯爵の気配が谷から消えると泉から龍神が再びひょっこりと姿を現した。
「久しぶりに女を味わえる♪ フフフ。明日が楽しみだ♪」
土地神であるこの龍神の名をリュミエールと言った。
リュミエールは神らしからぬ邪な表情で明日捧げられるであろう美しい令嬢を頭に思い浮かべ、嬉しそうに泉の周りで小躍りするのであった。
確かに人から忘れられた場所と言われるだけあって谷は辺り一帯が草木で覆われ、前を進むのもやっとの道が続いていた。
しかし、伯爵はついに泉に辿り着くことが出来た。不思議なことに泉に近付くにつれ、自然と道が開けて行くような気がした。
「龍神様のお導きか……」
ごくりと伯爵は緊張で唾を飲み込んだ。
泉は谷同様、鬱蒼とした草木で覆われ、とても土地神が祀られているような場所には見えなかった。
しかし、それも老婆の話の通りであり、確かにここに龍神がいるのは間違いないように思えた。
草木で隠れ、見えない祠に向かって伯爵は膝を付き、手を合わせ、龍神に向かって祈りを捧げた。
「龍神様お願いします。どうかこの国に雨を降らせて下さい!」
幾分予想はしたものの伯爵の祈りに対し、周りはシンと静まり返っているばかりで、何の返事も聞かれない。それでも伯爵は最後の頼みの綱とばかりに、辛抱強く日が暮れるまで祈りを捧げ続けた。
――結局、伯爵の祈りも虚しく、泉からは何の反応も返っては来なかった。
無駄足だったか、とようやく伯爵が諦めて帰ろうとその場から立ち去りかけた時だった。
泉が微かに白く輝き始め、伯爵の目の前に霧のようなもやが立ち込めた。そして、そのもやの中に龍の影のようなものがぼんやりと浮かび上がってきた。
「り、龍神様!!」
伯爵は驚きと喜びに思わず飛び上がって叫んだ。
『久方振りに私に祈りを捧げるものがいると思ったら、何の面白味も無い中年の男か。あ~あ、出てきて損したわ。とっとと失せろ。そしてもう二度と私を呼ぶなよ』
気だるそうに龍神らしき影から声が掛けられるも、どうやらこのままだと本当に姿を消しそうな雰囲気だったので、伯爵は慌てて龍神を呼び止めた。
「ま、待って下さい龍神様!! 私はこのモルシェルの地を治める領主のラングラム伯爵と申します!! この度龍神様にこの地に雨を降らせて頂きたくお願いに参りました!!」
『何で私が神に対して信仰心の欠片もない民達のために雨を降らせてやらなければならぬのだ。ほら、とっとと帰れ』
もやの中、龍神が伯爵に対してシッシッと鬱陶しそうに手を払う仕草が見えた気がしたが、伯爵は必死で龍神に食い付いた。
「今までの非礼はこの国を治める者としてお詫び申し上げます。これからは毎日龍神様に祈りと供物を捧げます。どうか今迄のお怒りを解き、この国を救って下さい!!」
『祈りは鬱陶しいからいらんが、供物ねぇ……。雨乞いをしてくる程干ばつに苦しんでるのに私が満足する供物なんて捧げられるのか?』
意地悪そうに尋ねる龍神に、僅かながらでも交渉の手応えを感じた伯爵は言葉を続けた。
「ま、まだ我が邸宅に充分な食料の備蓄が有りますのでそれを龍神様に捧げます!」
『お前、娘はいるか?』
伯爵の言葉は無視し、龍神はワクワクするような様子で伯爵に娘の有無を尋ねた。
「えっ? は、はい。四人程おりますが……」
伯爵は一抹の不安に駆られ語尾を濁しながら答えた。
『美人か?』
龍神が間髪入れずに尋ね返す。
「は、はい。どの娘も国でも評判の美人揃いです」
そこは少し得意気に伯爵が答える。
『なら、お前の娘を私に捧げろ』
「え?」
得意気に答えた伯爵だったが、龍神の要求に一瞬で我に返る。しかし、そんな伯爵の答えなど聞かぬと言うように龍神は一方的に交渉を進め始めた。
『雨を降らせるのは娘を私に差し出してからだ。娘以外のものは受け付けない。いいか、明日中に娘を用意しろ。しなければもう二度とお前の前には現れないからな』
早口で一気にそれだけ言い終えると、龍神はさっさと泉の中に姿を消してしまった。
そして龍神が消えると同時に周りを覆っていたもやも晴れ、まるで伯爵を送り出すように谷の草木が分かれ、道が開かれた。
「そんな…。私はどうしたら……」
伯爵は龍神から言われたことを呆然と頭の中で反芻しながら帰り道を重い足取りで帰るのだった。
* * *
伯爵の気配が谷から消えると泉から龍神が再びひょっこりと姿を現した。
「久しぶりに女を味わえる♪ フフフ。明日が楽しみだ♪」
土地神であるこの龍神の名をリュミエールと言った。
リュミエールは神らしからぬ邪な表情で明日捧げられるであろう美しい令嬢を頭に思い浮かべ、嬉しそうに泉の周りで小躍りするのであった。
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