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【10】ジョルジュside
しおりを挟む私は中庭で疲れたようにベンチに座るイザベラの姿を見かけると彼女の元へと駆け寄った。
「王妃教育は順調かい? 」
そうじゃないことは知っていたが、それでも少しの進歩を期待して私は尋ねてみた。
「……何とか頑張っているわ」
私の前だけで許された砕けた口調でイザベラが答えた。
その顔からは疲れた様子が見て取れて、順調じゃないことが窺えた。
「あーあ、こんなにお妃教育が大変だなんて思ってもいなかったわ。私はジョルジュと結婚するだけで良かったのに……」
そう言ってイザベラが隣に腰を降ろした私の肩に頭を持たれかけた。
以前の私ならこんな幼い物言いも可愛いと思えたが、今は少しばかり事情が違う。
彼女のその言動と行動に僅かばかりの苛立ちを感じて、私はベンチからスッと腰を上げた。
「王妃を望んだのは君だ。お妃教育が終了しないといつまで経っても私達は結婚できない。もう少し、真剣に取り組んでくれないか? 」
少し突き放すような物言いになり、私はしまったとばかりに彼女へと視線を向けた。
案の定、甘やかされて育った彼女は打たれ弱く、その大きな瞳にみるみる内に涙が溜まっていく。
「そんな、私だって精一杯頑張っているのに……。ジョルジュの意地悪っ! 」
わぁっと彼女が両手で顔を覆い泣き出した。
私はいつもの光景にうんざりしながら彼女を宥めた。
「すまない。私も忙しくてイライラして君に強く当たってしまった。今のは私の本心ではない。君は君のペースで頑張ってくれればいいから」
そう言って私は彼女の涙を指でなぞって拭い取る。
「ジョルジュ……」
彼女が私の顔に見惚れ、頬をピンク色に染めた。
おもむろに彼女がそっと目を閉じる。
こんな場所で誰かに見られたらどうするんだ、と内心思ったが、今は彼女の機嫌を直すことが一番と考えて私はその幼さの残る唇にそっと口付けを落とした。
「何てみっともない姿なの」
突然私の背後から、二人の甘いムードに割って入る声が聞こえた。
中庭に植えられた庭木の陰から一人の女性が姿を現した。
私達二人は慌てて唇を離すと声のした方へと一緒に視線を向けた。
「お前は――!? 」
そこにはまるで別人のようなローズマリーの姿があった。
すっかり痩せたその身には身体のラインを強調するような黒いドレスを纏い、以前の控えめな彼女からは考えられ無いほどの派手なメイクを顔に施していた。
彼女の目力を一際目立たせるように黒のラインで目の回りをなぞり、真っ赤な血のような口紅はまるで憎しみに燃え上がっているかのようで。
恐ろしい程に迫力のあるその容姿に私は言葉を失い、ただただ目を奪われていた。
(何て目で私を見ているんだ)
まるで今にも私を殺してしまいそうな憎悪剥き出しのその瞳に、私は蜘蛛の糸に絡まった蝶のように身動きが取れなくなっていた。
「お姉様? 何そのおかしな格好は? 遂に気でも狂ったの? 」
私の腕の中でイザベラがローズマリーを卑下するように口元を歪めながら、皮肉めいた言葉をローズマリーへと投げつける。
イザベラの可愛らしく可憐な顔が一瞬醜く歪んで見えた。
私の中で彼女の像が少しずつ崩れ始めるのを感じた。
「――先程、国王にお会いしてきました」
イザベラの嫌味と存在を完全に無視するようにローズマリーが私に向かって言葉を続けた。
「もうこの国は私のものとなりました」
「何だって? 」
彼女の言葉を理解できずに私はイザベラから手を離し、慌てるようにローズマリーの元へと駆け寄った。
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