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【7】
しおりを挟む街はアンナの言った通り、お祭り一色のムードだった。
町中の建物一帯には鮮やかなガーランドが張り巡らされ、通り道には花が飾られていた。
出店もあちこちに出ており、美味しそうな匂いが私の鼻腔を刺激した。
人々は様々な仮装で街を闊歩しており、街に着く頃と私もアンナも仮面を被って民衆の中へとひっそりと紛れ込んだ。
「お嬢様、私の側を離れないで下さいね」
人の多さにアンナが慌てたように私に告げた。
人の波に合わせ、ゆっくりと歩きながら私は祭りの様子をぼんやりと眺めていた。
まるで別世界。
陽気な音楽に不可思議な格好をした群衆。
私は祭りの雰囲気に圧倒され、その賑わいに感動した。
そのまま歩いて行くと、人だかりの出来ている空間へとやって来た。
私は一歩後ろを歩くアンナに少しだけはしゃぎながら尋ねた。
「あれは何をしているの? 」
アンナはああ、と呟くと
「あれは劇が演じられているんですよ。お祭りの名物の一つです。毎年、その年の話題のネタを劇団員達が演じるのです」
「そう……」
私は興味を抱き、ふらりとその輪の中に入っていった。
そこで私は衝撃の光景を目撃した。
『お前のような醜い女は私の妃に相応しくない』
『何と酷いお言葉か! わたくしのどこが醜いとおっしゃるのですか! 』
『黙れ! 貴様の悪行は全て私の耳に届いているのだ!!』
それは些か演劇用に誇張されていたが、確かに私とジョナサン王太子との婚約破棄の場面だった。
醜いと罵られた哀れなローズマリー令嬢役の演者は元々が美人なのであろう。
メイクでわざと顔を滑稽に仕立て上げていた。
まるで夜の闇のような真っ黒なドレスを身に纏い、目の周りは黒く塗り潰され、血のような真っ赤な紅を引くその容姿は、まるで絵本に登場する魔女か悪魔のように感じられた。
劇は続き、簡易的に作られた舞台の玉座の足元でローズマリーが城の兵士に取り押さえられると、舞台袖からゆっくりと可憐な美少女が姿を現した。
ヒロインの登場に観衆からワァッと声援が上がる。
『私はこの心優しく美しいイザベラと結婚し、この国を豊かにしていく! 』
『ジョルジュ王太子殿下はイザベラに騙されているのです! その女は聖女の仮面を被った悪魔のような女なのです! 』
目から血が出そうな程にローズマリーがイザベラへと憎しみの視線を向ける。
とても迫真の演技に人々はローズマリーへの恐怖心で口を閉ざし、固唾を呑んで演劇に魅入っていた。
『あんまりです! 私は散々、公爵家でお姉さまからの酷い仕打ちに耐えて来ました。本当の悪魔はお姉様です』
ワッとイザベラが王太子の胸に泣きついた。
可哀相なヒロインの姿に観客からポツリと声が洩れる。
「魔女を処刑しろ……」
「そうだ! 悪魔のようなローズマリーを処刑しろ! 」
一人の観客の声に釣られて大きなうねりが生まれ出した。
私には観客のその声さえも演劇の一部のように思えた。
そして物語はクライマックスを迎える。
『 この薄汚い雌豚め! ここはお前のような者がいる場所ではない。さっさと私の前から消えよ!! 』
兵士に取り押さえられながらローズマリーが退場する。
悪役が消えた玉座には主役の二人が寄り添い、皆に温かく見守られながら、永遠の愛を誓い口付けを交わす。
そこで物語は幕を閉じた。
周りからは拍手喝采が起こっていた。
「お、お嬢様、あちらへ行きましょう」
私の後ろに付いてきたアンナが、凍り付く私の姿を見て、この場から急いで離れさせようと袖を引っ張るが、私はその場から動かなかった。
(一体私が何をしたと言うのだろうか。
醜い家畜は愛を求めることすら罪なのか)
まるで事実とは異なるが都合の良い風に書き替えられた演劇の内容で、歓喜する人々が滑稽に思え、私は笑いが込み上げてきた。
「プッ! アハハハハハ!! 」
私の笑い声が舞台を取り巻く民衆達の耳に響いた。
人々が笑い声のする方へと視線を向ける。
「お、お嬢様! 」
アンナが私の異様な様子に焦って、力ずくでその場から引っ張り出した。
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