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【5】
しおりを挟む「……ちょっと街まで出掛けてきます。馬車を用意して下さい」
アンナがベスに警戒しながら、私を庇うようにスッと前に立つ。
「生憎、馬車はイザベラ様が婚約者であるジョルジュ王太子殿下に呼ばれた為、お城へと出払っております。せっかく庶民のような格好をされているのです。庶民のように外で馬車を拾ったらいかがですか?」
ふふっと私を馬鹿にしたようにベスが鼻で笑うと、周りの使用人達もくすくすと私を嘲笑する。
私は再び人々の悪意の渦に呑み込まれ、激しいトラウマに襲われた。
脳内に王太子から罵倒された言葉や、周りから聞こえてくる嘲笑の声が響いてきた。
記憶は止まることなく、悲しみに泣き崩れる自分の姿、そして窓から身を投げた時の感覚が一気にフラッシュバックしてきた。
私は今立っている場所が足元から崩れ、深い闇の底に自分が沈んで行くような錯覚に陥った。
堕ちて堕ちて、闇の底まで堕ちそうになって、私の中で鎖がブツリと切れたような感覚にハッと意識を取り戻した。
身体の奥底から沸々と湧き起こる怒りの感情が奥底まで堕ちそうになった私をぎりぎりで踏みとどまらせた。
悲しみに囚われていた感情がスーッと心の奥底に消えていく。
私は徐々に冷めていく己の感情を冷静に受け止めて、ゆっくりと目の前の光景を見据えた。
「お嬢様に対して何て失礼な……っ!! 」
「アンナ」
わなわなと怒りに震えるアンナの手を私はそっと掴み彼女を後ろへと下がらせると、目の前のベスを睨み付けた。
食事が食べられず、すっかり痩せ細った私の身体をベスは面白そうにまじまじと眺めたあとで、ニヤリと口元に意地悪そうな笑みを浮かべ、私の背丈に合わせ前屈みになると私に対して口を開いた。
「おやおやまぁまぁ、お嬢様ったら随分とお痩せになったじゃありませんか。怪我の功名とは良く言ったものですね」
バシッッ!!
「黙りなさい! 」
ベスの嫌味に対してこれ以上の無礼は許さないと、私は彼女の頬を力いっぱい叩きつけた。大きなベスの身体が不意のビンタに驚いてぐらりと揺らめいた。
「たかがメイド長の分際で誰に向かってそんな口を利いているの?」
バシッ!
私は周りの者達に見せつけるように、もう一度彼女の頬を叩き、制裁を与えた。
衝撃に耐えきれず、ベスの大きな身体がどさりと床に倒れ込んだ。
突然の出来事にしぃんと辺りが静寂に包まれる。
私の迫力に周りの空気がピリリと張り詰めた気配を感じたが、私は周囲の者達の動揺する様子など気にも止めずに、私に叩かれたせいで口端が切れて血が滲むベスの顔を蔑むように見下ろした。
「そのでかい図体をとっとと退かして塞いでいる道を開けなさい」
「く、くそっ! 王太子に捨てられた惨めな女のくせに……っが!? 」
尚も口応えするベスに対し、私は床に突いたベスの手をヒールで力一杯踏みつけた。
「何度言えば分かるのかしら? 誰に向かってそんな口を利いてるのかと言っているの。お前の脳味噌は家畜以下のようね」
「う、あぁぁ……」
(お嬢様……? )
そんな私の姿にアンナは圧倒されていた。
まるで深い深淵の底から生まれてきたような、黒いオーラを纏う非情な屋敷の主人を前に、使用人達は何も言えずに震え上がっていた。
(以前のお嬢様なら気に入らないことがあるとすぐにヒステリックに喚き散らし、その度に使用人達からは『我が儘で傲慢な気位だけの高い女』と陰で罵られていた。
しかし今、無礼な使用人達を前に厳しく叱責するお嬢様の姿は、なんと堂々としていて気高く、そして美しいのだろう……)
目の前のローズマリーの姿にアンナは感動と興奮で身体が震えていた。
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