【完結】醜いと王太子に言われ婚約破棄された私が悪の女王になるまで

久留茶

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「順調に回復しています。窓下の庭木に落ちたことが幸いでした。正直、二階の窓から飛び降りて大した大怪我もなく助かっただけでも奇跡です……」

 私の状態を見た屋敷の専属医が信じられないとでも言うように私に視線を向けた。

「言葉を濁さないのね……」

 私は昔から知る、ここ数年でめっきりと顔の皺の増えた馴染みの医者に、皮肉めいた言葉を投げ掛けた。

「……お嬢様の心情はお察しします。ですが、こうして助かったお命。どうか大切にされて下さい」

 医者として、切実な呼び掛けに私は言葉なく俯いた。

 退室する専属医の背中を見送ると私は側に控えていたアンナに声をかけた。

「世間では私は何と言われているの?  正直に答えて頂戴」

 私の質問に、アンナは困ったように私の表情を伺うように上目遣いにチラリと視線を向けた。
  私はそんなアンナの視線をじっと真正面から見つめ返すと、アンナは諦めたように肩を竦めながら、重たい口を開いた。

「はい……。世間では『真のプリンセス誕生』とイザベラ様のことを褒め称えております……。ジョルジュ王太子殿下とイザベラ様の婚約に国を上げてのお祝いムードです」
「……そう」

 多分私の悪評も溢れる程出回っているだろうが、流石にアンナの口からその事実を私に告げることは出来ないようだ。

「少し疲れたわ……」

 一人にして、と暗に示すようにアンナに向かって呟いた。

「ですが……」

 アンナはチラリと部屋の閉じられた窓に視線を投げる。

「大丈夫。もう飛び降りようなんて考えてないから。ただ眠りたいの」

 アンナを安心させるように私はうっすらと微笑んだ。

「はい。分かりました。何かあればいつでもお言いつけ下さい」

 ペコリと深くお辞儀をするとアンナは部屋から退室した。


 私は気だるさに引き摺られるように、何も考えずに再び深い眠りについた。



 * * *



「お嬢様、お食事をお持ちしました」

 それから身体が回復するまでの間、私は誰とも会わず部屋で一人で過ごした。

 部屋へと通す使用人はアンナのみを許した。

「また何も召し上がらなかったのですか……」

 手付かずの食事を見てアンナが心配そうな声を洩らす。

「食欲がなくて……」

 身体の方は本当に奇跡のように傷一つなく回復していたが、身体が一切食事を受け付けようとしなかった。

『醜い女』
『だらしない体型』

 食べようとするとパーティーで言われた言葉が甦り、その度に吐き気を催した。

「ですが、少しでも食べないと体力が回復しません……」
「ごめんなさい……」

 心から心配するアンナに申し訳ない気持ちで謝罪する。

「私に謝る必要なんて……。そうだ、身体も動けるようになったんですから、気晴らしに街にお出掛けになられてはいかがですか?  」

 アンナが手をポンと叩きながら妙案を思いついたというように、 私へと笑顔を向けた。

「街に?  でも……」

 私は世間での私の悪評を気にして躊躇った。

「大丈夫です。今日は街でお祭りが開かれているんです。市民は皆仮装しているので、お嬢様も仮面を着ければ誰もお嬢様の正体に気付きませんよ」
「でも……」
「大丈夫です!  私も一緒に参りますので行きましょう!! 」

 半ば強引なアンナに押しきられる形で私はあれよあれよと支度をさせられた。

 目立ちすぎない地味目のドレスに身を包み、私は数日振りに部屋から玄関へと降りていく。

 そんな私に屋敷の使用人達から好奇の視線が向けられる。
 私の脳裏にパーティーで嘲笑する貴族連中と使用人達の姿が重なる。

 この屋敷では、アンナ以外の使用人は私に対して風当たりが強かった。
 恐らくはイザベラの差し金だろう。

 イザベラは世渡りが非常に上手で、その愛らしい容姿も手伝って、屋敷にやってくるなり使用人達の心を見事に掴みとっていった。
 そして幼い頃から、私に虐められたと使用人に嘘の話を持ちかけて泣き出すと、たちまち私は使用人達から敵意を向けられ、冷遇されるようになった。

 当時からアンナが必死で私を守ってくれたが、アンナ一人では守りきれるものでもなく。
 きっとアンナだって使用人達から嫌がらせを沢山受けただろうに、アンナは私の前で決して辛そうな素振りを見せなかった。

「これはこれは、婚約を破棄された哀れなローズマリーお嬢様」

 公爵家のメイド長ベスがスッと私達の前に立ち塞がった。
 この屋敷の使用人達から私は嫌われ過ぎていて、お父様の助けもないことで、使用人達は好き勝手に私に嫌がらせを続け、ここでは私の立場など無いに等しいものとなっていた。

「ようやく部屋から出てこられたと思ったら、みすぼらしい庶民のような格好をされてどちらに行かれるのですか?  」

 女にしては大きな身体のベスが、私を見下ろし、口元を歪めながら声をかけてきた。




    
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