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【3】
しおりを挟む婚約パーティーから逃げるように屋敷に戻った私は部屋に閉じこもると鍵をかけ、悔しさと悲しみで泣きに泣いた。
何日閉じこもって泣き続けたのだろう。
心配した使用人が声をかけるも私は無視し続けた。
私の様子はお父様の耳にも入っているだろうが、お父様は姿すら見せなかった。
(この先私は一生この国で笑い者として無様に生きていくだけ……)
窓の外の夜の闇にぽっかりと浮かぶ月に引き寄せられるように、私は部屋の窓を開け、その身を投げた。
* * *
『お母様、何で私はお母様の側にいてはいけないの? 』
幼い頃の私がまだ元気だった頃のお母様に話しかける。
お母様は困ったような顔をして微笑んだ。
『私の側にいるとあなたに悪い影響が出るといけないから……』
『悪い影響って何? 私お母様の側にいたいよ』
『ごめんね。お母様が弱いせいであなたに寂しい思いをさせて』
悲しそうなお母様の顔に私の方が悲しくなってくる。
『でも、そうね。あなたには話をしておかなくてはいけないわね。今はなくてもあなたにもいずれこの力は受け継がれるだろうから……。あのね、お母様の家には代々伝わる能力があって――――』
泣きそうな私を見てお母様が決意したかのように口を開いた。
『え? 何? お母様、聞こえないわ』
大事な部分の音が突然消えると、私はお母様に向かって訴えかけた。
私の呼び掛けは虚しく、徐々に薄れていくお母様の姿に必死で私は手を伸ばした。
* * *
全身の身体の痛みに私はハッと目を覚ました。
見慣れた天井が視界に飛び込んできた。
「目を覚まされましたか!? お嬢様!! 」
横で聞き慣れた声がし、痛む身体に気を付けながら声の方に視線を移す。
視線の先では涙目のメイドのアンナが濡れたおしぼりを手に持って驚いている様子が窺えた。
アンナはこの屋敷で唯一私に良くしてくれているメイドだった。
アンナは私の額に浮かんでいた汗を優しくそっと拭うと労るように声をかけた。
「先生を呼んできます」
慌ててその場から離れようとするアンナの手首を咄嗟に私は掴み、身体の痛みに思わず眉をひそめた。
「私、いったい……」
今の状況が把握出来ず、混乱する意識の中で私はアンナに問い掛けた。
「ああ、お嬢様。私がお嬢様を外で見つけた時からあなたは五日間も意識が戻らなかったのです」
アンナはとても言いにくそうにそう告げた。
「外で……? あ……」
私の記憶がゆっくりと甦ってきた。
(そうか、私婚約パーティー後、窓から身を投げて……)
「死ねなかったのね……」
突然現実を突き付けられ、絶望感にぽつりと私がそう呟くと、堪えきれない様子でアンナがワッと泣き出した。
「死ぬなんて考えないで下さい!! 私がどれ程心配したことか……。奥様が死ぬ前に私にお嬢様のことを託されたのに……。これでは私が死んだ後、あの世で奥様に合わせる顔がありません!! 」
アンナは元々お母様に遣えていた専属のメイドだった。
彼女は15歳の時にお母様の生まれ育った伯爵家で働き始め、そこで二年間を過ごした後、お母様と共に公爵家へとやってきた。
アンナと私は一回り程年が離れていたが、まるで友人のような、もしくはそれ以上の家族のような存在であり、唯一私が心を許している人間だった。
「とにかく先生を呼んできますから、安静にしてて下さいね」
そう言うとアンナは部屋を出ていった。
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