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1巻
1-1
しおりを挟む1 プロローグ
夜が更けて寒くなってきたので、布団を敷いて横になる。
「さぁ寝るぞ。お前たち」
周りにいる飼い猫たちに、そう声を掛ける。
猫たちはのそのそと私の側にやって来た。そして私の頭の両脇に二匹、両腕の下に二匹、胸の上に一匹、両足の間に一匹といういつもの位置で丸まる。
猫たちの様子を確かめつつ、私も目を閉じて眠りにつく。
◇◇◇
朝になり、そろそろ起きるかと思って目を開けようとしたら……あれ? 目が開かない!? それに体を起こそうとしても、うまく動かせない。
拘束されてるわけじゃないのに、どういうことだろう。
喋ろうとしてみても「う~」という声が漏れるだけで、言葉にならない。
不思議に思いながらもなんとか動こうとジタバタしていたら、遠くから足音が近付いてきた。
「バン!」と勢いよくドアが開く音がして、直後に誰かに抱っこされる。
えっ? 私は男だし、そんなに背が低いわけでもないのだが。なのにこんなに軽々と抱き上げられるなんて、一体何が起きているんだ?
驚いているうちに、柔らかいものを口に含まされる。柔らかいものからは、牛乳みたいな液体が出てきた。
空腹だったのでつい飲んでしまったけれど、なんだったんだ? それにできれば、固形物を食べたいものだ。
だが食べ物をくれるということは、とりあえず危険はないのか?
色々と疑問が湧くが、満腹感からそのうち眠くなり、意識を手放してしまった。
しばらくそんな感じで、一週間ほど寝たまま過ごした。
相変わらず目は開けられないし、言葉を発することもままならず、体も動かせない。
ただ食事については、私が「う~」と声を上げるたびに抱っこされて、例の牛乳みたいな液体を飲ませてもらっている。
その際に人の話す声のようなものが聞こえるが、何を言っているのかは分からない。でも、なんとなく日本語ではないような気がする。
ふと一緒に暮らしていた猫たちが気になった。元気にしているだろうか?
そんなことを考えているうちに、またしても意識が遠のいていった。
そうやって過ごすうちに、更に数日が経ったと思う。
開かなかった目はなんとか開けられるようにはなったものの、ぼんやりと光を感じるだけだ。
そして視覚がはっきりしないだけじゃなく、言葉も不明瞭にしか聞こえない。
一体私の身に何が起きているんだろう。
そろそろ、ここがどこなのか知りたいのだが。
それからまた数日が経ったところで、ようやく目が見えるようになった。
それで分かったのだが、私の世話をしてくれているのは、外国人っぽい顔立ちをしたご婦人だった。彼女はこちらに近付いてきたかと思うと、おもむろに私を抱き上げる。
以前も言ったが私は男だし、それほど背が低いわけでもない。そんな私を抱えるなんて、どうなっているんだ?
慌てていると、視界の端に手が見えた。どうやら私の手らしいが、なんだか小さい。まるで赤ちゃんの手ではないか。
試しに閉じたり開いたりしてみたら、思い通りに動く。やっぱり、私の手で間違いないようだ。
私は赤ちゃんになってしまったのか……? というか、大人だった私が、なんらかの原因で赤ちゃんに生まれ変わったのか?
ならつまり、転生したってこと!?
ショックすぎて、また意識が遠のいていく……
◇◇◇
私――マギーは、生まれたばかりの赤ちゃんの世話を終えたところだ。
赤ちゃんを抱っこしてリビングに戻ると、夫のトミーが声を掛けてくる。
「この子、目が開いたんだな~。これからどんどん成長するんだな」
トミーは嬉しそうだけど、私はちょっと心配なことがある。
「でもトミー。この子、少し様子が変なのよ。目が開いたのはいいけど、自分の手を閉じたり開いたりして、すごくビックリしたと思ったら気絶するみたいに眠ったのよ?」
「生まれたての赤ちゃんが、そんなことするわけないだろう。お前の気のせいじゃないのか?」
トミーったら、まともに取り合ってくれないわ。本当なのに。
「ね~、もう弟の名前決まったの?」
「決まったの?」
そう尋ねてきたのは、私の二人の息子たちだ。
あら、そういえば赤ちゃんの名付けがまだだったわね。
ちなみに息子たちの名前は兄がサム、弟はクリスっていうの。
サムたちに尋ねられて、トミーはなぜか得意げに答える。
「よし、今決めた。赤ちゃんの名前はケインだ! これからお前たちは、ちゃんとケインの面倒をみてくれよ」
「「うん!」」
元気よく返事をしたサムとクリスは、私の腕の中にいるケインを覗き込む。
「ケイン、兄ちゃんだよ」
「よろしくね~」
そして二人して、にっこりと微笑んだのだった。
2 異世界に転生しました?
私が転生して、あっという間に一年ほどが経った。
周囲の人々の言葉は、今はなんとか理解できる。
だけど、何語なのかはまったく分からない。
もともと外国語は得意じゃないから確かなことは言えないが、英語でもフランス語でもない気がする。
ところで私が寝ているベッドの側には、以前と同じ、外国人のような顔立ちのご婦人がいる。たぶんこのご婦人が、この世界での私の母親なのだろう。
母はこの一年、私に向けて繰り返し「ケイン」と呼びかけてきた。
つまり、私の名前はケインなのだろうな。
そんなことを考えていたら、母が急に呪文のような言葉を呟いた。すると母の目の前に、球形の光が現れる。
これって、まさか魔法? ということは、ただ転生したわけじゃなく、まさかの異世界転生か!?
私は前世で、活字中毒と呼ばれるほど色々な本を読み漁ってきた。周囲に薦められ、ラノベも数多く読破している。なので、これが噂の異世界転生か! とすぐに理解できたのだ。
ラノベの異世界転生といえば、魔法を使う物語が多かったな。
母が魔法を使っていたんだから、私も魔法を使える可能性があるんじゃないか? そう思って、ラノベでよく登場した『体内の魔力』を探ってみる。
定番だと、心臓や丹田に魔力の源があることが多い。だがしばらく探っても、それらしきものはなかった。
ラノベだとすんなり見つかっていたのにな。なかなかうまくいかない。
魔力の源を探すのはいったん諦め、試しに指先に魔力が集まるイメージをしてみた。
すると体の中から、何かが指先に向かって動く感触がある。もう一度試したら、指先と腹部の中心で、熱が行き来するのを感じた。
お! この熱が魔力? ということは腹部が魔力の源だろうか?
今度は発見した魔力が小さい塊になるようイメージし、体の中で動かせるかやってみる。
しかしまたしても、うまくいかなかった。
こういうのは、『チート系』の転生でないと難しいのだろうか?
自分がチートであるかどうかは、異世界転生ならアレで確かめられるはず。そう思って、これもラノベでは定番の概念である『ステータス』が表示できないかと念じてみる。
が、何も現れない。
もしかしてこの世界には、『レベル』とか『スキル』とかの概念はないのか?
うーん、ならせっかく魔力らしきものがあっても、すぐに魔法が使えるわけではなさそうだ。
だけどとりあえず寝ているだけだから、幸いにも時間はたくさんある。気長に練習して、いつか魔法を使ってみせるぞ。
私は一年前と違って、寝返りもハイハイも、掴まり立ちもできるようになった。乳児だった以前よりは自由が利くから、練習もしやすいだろう。
こうして数日が過ぎ、私はいつものようにベッドで寝ている。
そろそろ部屋の中は飽きたから、外に出たいものだ。
しかし、私は赤ちゃん。ハイハイできるようになったとはいえ、まだ一人で部屋から出ることはできない。それに母が一緒にいても、部屋の外には出してもらえないのだ。
庭で日光浴とか、赤ちゃんの発育には大切だと思うんですけど?
外の様子も気になるし、なんとか外に出てみたい。
どうしたものかと思案していたら、ドアの隙間から視線を感じた。
どうやら兄たちがやって来たようだ。
今世の私には、二人の兄がいる。彼らのことは、まとめて兄ズとでも呼ぼう。彼らが私の部屋に入ってくることはほとんどないから、まだ名前も分からないんだ。
兄ズのうち、長兄っぽいやんちゃそうな方が私をじっと見つめる。そしてドアを更に開き、中に入ってこようとした。
すると、次兄っぽい真面目そうな方が慌てた様子で長兄に囁く。
「お、お母さんが……お母さんに……!」
たぶん、母親に黙って部屋に入ったら怒られると伝えたいんだろう。
次兄は必死に長兄の腕を掴み、引き止めようとしている。どうやら、兄ズはこの部屋に入るのを禁じられているようだ。
しかし、私は外に出たいんだ。申し訳ないが、可愛い弟の役に立ってもらおう。
長兄に向けて両腕を伸ばし『抱っこして!』とアピールしてみる。
私の仕草に興味を持ったのか、長兄が近付いてきた。
よしよし、もう少しで手が届く……と思っていたら、突然体が宙に浮く。
お、魔法が発動して浮いたのか? すげ~! なんて思った私が甘かった。
私が浮いたのは魔法なんかじゃなく、兄ズの侵入に気付いた母が部屋に入ってきて、長兄より先に私を抱っこしただけだった。
「コラ! ここに来ちゃダメって言ったでしょ!」
兄ズはやっぱりこの部屋への立ち入りを禁止されていたようで、母からそう叱られる。
次兄は「僕は止めたよ!」と言いながら涙目になってしまっていた。
私が誘惑したせいで、申し訳ない。
しかし、なんで外に出ちゃダメなんだろう。家の外に出たら、危険がいっぱいなのだろうか?
そういえばラノベでは、幼児の死亡率がやたら高いことが多かった気がする。その理由は、赤ちゃんはすぐ病気にかかってしまうからだ。
母は病気を警戒して、私を外に出してくれないのだろうか。
そんなに病気が流行っている世界なら、自分の身の回りを清潔にするよう心がけた方がよさそうだ。
そのためには、ひとまずラノベ定番の生活魔法『クリーン』の習得に挑戦してみるか。
魔力を体内で動かす練習を数日間続けた結果、どうやら私は魔力量が増えたようなのだ。なので今なら、クリーンを使える気がする。
ちなみに魔力が増えた理由は、ラノベの定番の魔力循環――体内で魔力を循環させてるうちに、魔力量が増えるってやつだろうか?
とにかく私は目を閉じ、意識を集中させた。風呂上がりの状態をイメージしながら、魔力を高め、体中を巡らせる。
そして、何日か練習を重ねたある日のこと。
クリーンと念じたら、風呂上がりのようなサッパリ感が体を包んだ。お尻の不快感も、一切なくなる。
そう、赤ちゃんである私はオムツをしている。
そのオムツの中まで綺麗になってしまったのだ。クリーンってすごい。
しかし結構な量の魔力を消費したようで、体がだるい。
魔力を増やす訓練が必要だな、なんて思いつつ、疲れてそのまま眠ってしまった。
◇◇◇
私――マギーは、夫のトミーと一緒にケインのオムツを替えにやって来た。
だけど、ケインの様子がおかしい。
「トミー、ケインのオムツが綺麗だわ。今日はまだ替えてなかったのに。しかも、服が着せる前より綺麗になってる!」
「たまたまだろ? 気のせい、気のせい」
トミーったら、いつもまともに取り合ってくれないんだから!
◇◇◇
私――ケインは、微睡みから目覚めた。
さて、魔力の量をどうやって増やすか考えようか。
魔力循環は続けるとして、魔法も試してみよう。魔法を使いこなせるようになれば、魔力の消費量を減らせるかもしれない。
クリーンが使えるなら、他の魔法だって使えるだろう。
ところで、以前母が使っていた光の球を出す魔法は、『ライト』という灯りの代わりとなる生活魔法らしい。この世界ではクリーンやライトなど、生活に必要な簡単な魔法であれば、誰もが使えるようだ。
さて、なんの魔法を練習しようか。火魔法は危ないから、風魔法だろうか? だが風は目に見えないから、発動しているか分からない。
光魔法は、急に明るくなったら練習しているのがバレてしまう。土魔法は汚れそうだから、ダメ。
となると、残りは水魔法かな? 試しに『ウォーター』と念じたら、目の前に水の球が浮かんだ。
おお~、成功した! 思わずパチパチと拍手してしまう。
すると集中が切れたせいか、水球が落ちてきて弾け、服を濡らす。
魔力を使いすぎたせいか、私は体がだるくなり、また眠ってしまった。
◇◇◇
私――マギーは、ケインの部屋に来ている。
さっき、部屋から変な音が聞こえたのよね。
「って、なんで濡れてるの!?」
ケインはなぜか、全身ビショビショになっていた。これ、おねしょじゃないわよね?
まさか、サムたちの悪戯? でも、サムたちがここに入った形跡はないし……
その後、私は帰宅したトミーに、この不思議な体験を話した。
「……ってことがあったのよ。トミー、あなたどう思う?」
「濡れてたのは寝汗のせいじゃないか? 気にしすぎだよ」
まったく、トミーったら話にならないわ!
◇◇◇
私――ケインは、反省していた。
水魔法を使ってみたはいいけど、あんな風にずぶ濡れになっていたら、母が気味悪がるだろう。
水とか火とか属性のある魔法の練習は、影響が大きいからダメだな。代わりに魔力を体外に出して、操作する練習でもしてみるか。
というわけで、魔力の球を作れないかやってみることにした。
まずはピンポン球くらいの大きさをイメージし、魔力の球を作ってみる。
お~、できた! でも、この大きさでは見づらいな。魔力球は透明だから、よ~く見ないとどこにあるか分からないのだ。
そうだ、色をつけられないだろうか? そこで水色をイメージしてみたところ、目の前の魔力球が水色になった。
おお、イメージ通りだ。なら、動かすイメージをしたら操作できるのか?
目の前の魔力球に『動け!』と念じてみたが、動かない。
あれ? この方法は違うようだ。
今度は頭の中で、ベッドと水平方向に動くようイメージしてみる。
すると魔力球は、空中を少しだけ横に動いて止まった。
今度は上や下に動かしてみる。おお、結構思った通りに動いているぞ。
次に私の頭上で円を描くように動かしてみると、これも成功する。
そこで試しに、もう一個魔力球を出せるかやってみたら、今出ている魔力球が消えてしまった。
意識を逸らしてしまったせいか? うーん、同時に二個出すには練習が必要みたいだな。
そんなことをやってるうちに魔力切れを起こしたみたいで、またしても意識が遠のいていった。
3 三歳になりました
魔力球での練習を繰り返すうちに、いつの間にか三歳になっていた。
「ケイン、もう三歳になったし、そろそろお外に出てみようか?」
母さんの提案に、歓声を上げる。
「おそとにでられるの!? やった~!」
側にいた兄ズも、飛び跳ねながら母さんに尋ねる。
「「母さん、ケインとお外で遊んでいいの?」」
「いいわよ。ただし、お庭だけでね。ケインが怪我しないよう、注意するのよ。頼むわね、お兄ちゃんたち!」
「「任せて! ケイン、いくよ!」」
兄ズに右手と左手をそれぞれ握られ、庭に出る。
ちなみに、ようやく兄ズの名前が判明した。
長兄がサム、次兄がクリス。サム兄さんは『面倒見はいいが脳筋ぎみの長男』、クリス兄さんは『長男の後始末をする心配性で思慮深い次男』という感じだ。
「「じゃあ、ケイン! 遊ぼう!」」
テンション高く呼びかけてくる兄ズ。
前世ではそれなりの年齢だった私にとって、兄ズと遊ぶのは子供をあやすような感覚だ。
しかし今世でスムーズに生活するには、精神年齢を体に合わせていく必要があるだろう。少しずつ慣れていかなければ。
とりあえず、一人称を『私』から『僕』にしてみるか。
「きょうは、なにしてあそぶの?」
僕の問いかけに、サム兄さんとクリス兄さんがそれぞれ答える。
「いつもは家の外で、友達と遊んでいるからな~」
「サム兄さん、今日はケインと遊ぶんだから、小さい子でもできる遊びじゃないとダメだよ」
「にいさんたち、ぼくおもいっきりはしりたい!」
僕が言うと、サム兄さんが頷く。
「そうだな、ケインは今までずっと家の中にいたし、とりあえずかけっこするか!」
「よしケイン、いくよ!」
クリス兄さんがいきなり僕の手を握り、走りだした。
それを見て、サム兄さんが追いかけてくる。
「じゃあ、かけっこじゃなくて、おにごっこだ! ま~て~」
「「きゃははは!」」
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